第3話:聖女の弱点



 その戦い・・・・は、あまりにも一方的だった……。


「それでは先鋒戦――はじめっ!」


 審判の女性が開始を告げると同時、


「「はぁああああああああ……!」」


 カースとバザックは同時に走り出す。


「どっせい!」


 先手必勝とばかりに放ったカースの斬撃は、


「はっ、遅ぇよ!」


 いとも容易く避けられてしまい……。


 そこから先は、ずっとバザックのターン。


「おらぁ!」


「おっふ……」


「ぜりゃぁ!」


「ごぱっ」


「どりゃぁ!」


「ちょ、たんま……へぶッ!?」


 息をつく間もない三連撃。

 カースはそれらを全て顔面で受け止め、そのままばたりと倒れ伏す。


「――勝者バザック・ドーミー!」


 試合時間、僅か十秒。

 武闘会における『最短敗北記録』を大幅に更新した。


「よ、弱い……っ」


 ルナは驚愕に瞳を揺らし、


「あの思わせぶりな台詞せりふは、いったいなんだったの……?」


 ローは冷めた視線を送り、


「この実力で、何故聖騎士学院に合格できたのでしょう……」


 サルコは純粋な疑問を呈し、


「完膚なきまでに叩きのめされていましたけど、大丈夫なのでしょうか……?」


 ウェンディは心配そうに呟き、


「まぁ、妥当な結果だな」


 レイオスは予想通りとばかりに頷いた。


 ルナたちが呆然とする中、担架に載せられたカースが、目の前を通り過ぎる。


「いや無理やて、ボクが勝てるわけないやん……。普通、常識的に考えて、さ……っ」


 彼は心のうちを吐露し、医務室へ運ばれて行くのだった。


「さぁさぁお次は次鋒戦――レイオス・ラインハルトVSギャリック・ランパード! 両者、舞台へお上がりください!」


 審判の指示を受け、レイオスは舞台へ向かう。


「レイオスさん、頑張ってくださいね」


「下手打たないでよー」


「負けたら承知しませんわよ」


「ファイトです」


 パーティメンバーから声援を受けたレイオスは、


「まったく、誰にモノを言っている」


 不機嫌そうに呟き、次鋒戦に臨む。


 一分後、


「――勝者、レイオス・ラインハルト!」


 レイオスは無傷の勝利を収めた。

 彼は聖騎士学院で五本の指に入る実力者。

 天賦の才を持ちながらたゆまぬ努力を続けるこの男が、こんなところでつまずくわけもない。


「お見事です」


「まっ、ここは固いか」


「さすがはラインハルト家が長子、素晴らしい戦いぶりでしたわ」


「これで一勝一敗、勝負はイーブンに戻りましたね」


 パーティメンバーから称賛を浴びたレイオスは、


「ふんっ」


 さも当然だと言わんばかりに鼻を鳴らした。


 先鋒戦と次鋒戦が終わり、次はいよいよ中堅戦。

 武闘会憲章によって『先鋒と次鋒は聖騎士学院の生徒が、中堅は聖女学院支援科の生徒が、副将と大将は聖女学院聖女科の生徒が就く』ことになっている。


 すなわち次の戦いは、我等が聖女様の出番というわけだ。


「さぁてお次は中堅戦――ルナ・スペディオVSケイティ・オルツェンの戦いを始めます! 両者、舞台へ上がってください!」


 審判の案内を聞き、


「ふぅー……」


 ルナは長く深い息を吐く。


「ルナ、怪我だけはしないようにね」


 ローは主人の無事を祈り、


「ルナ、あなたの力を見せ付けるのです!」


 サルコはグッと拳を握り、


「ルナさん、リラックスですよ!(大丈夫、だよね……? うっかり力加減を間違えて、相手を殺しちゃったり……しないよ、ね?)」


 ウェンディは内心ひやひやしながら声を掛け、


「ルナ……お前の本当の力、見極めさせてもらうぞ」


 レイオスはその眼を鋭く尖らせた。


 ルナは緊張した面持ちでコクリと頷き、石舞台へ続く階段へ足を掛ける。


(イメージトレーニングは完璧。練習通りにやれば、絶対に大丈夫……!)


 実はルナ、この日に備えて『秘密の特訓』をしていた。


 今よりさかのぼること六日前――。


「うーん、困った……」


 私室のベッドに寝転んだルナは、一人頭を悩ませる。

 サルコに『どうしても』とお願いされ、武闘会出場を決めたのはいいものの……。


 聖女様、依然として手加減が苦手。

 先日戦ったナターシャクラスの――人間世界における最上位魔法士が相手ならば、殺さないようにすることはできるかもしれない。


 しかし、今回の相手は学生。

 当然ながら、まるで勝手が違う。


「まず、圧勝し過ぎるのは絶対にダメ」


 そんなことをすれば、聖女バレの可能性がグッと上がってしまう。


「かと言って、わざと負けるのはもっとダメ……」


 武闘会は五人VS五人の団体戦。

 そんなことをすれば、みんなに迷惑を掛けてしまう。

 わざと負けるぐらいであれば、最初からこの話を断るべきだ。


 つまり、今求められているのは――『聖女バレしないよう、自然な形で勝つこと』。


「んー、何かいい方法はないかな……」


 上体を起こしたルナは、本棚をじーっと見つめ、おもむろに一冊の本を手に取る。

 それは所謂いわゆる『最強系の悪役令嬢の小説』。

 どうやら、ここになんらしかのヒントがないか、と考えたらしい。

 彼女の知識の源泉は、悪役令嬢の小説に偏っており、酷く不健全な状態にあるのだ。


 その後、武闘会のことなどすっかり忘れ、楽しい物語に没頭すること一時間、


「こ、これだ……!」


 とあるワンシーンを読んだルナに大きな衝撃が走る。


 それは主人公である悪役令嬢が、自身に差し向けられた暗殺者の首をトンッとチョップして、かっこよく倒す場面。


「そうだよ、こうすればよかったんだ!」


 首の裏をトンッとチョップすれば、人は簡単に気を失う。

 こんな簡単なことにどうして今まで気付かなかったのだろう。


 現実リアル虚構フィクションの区別が曖昧な聖女様は、ババッと立ち上がり、その場で首チョップの練習を始める。


「よっ! ほっ! はっ!」


 音速を超える凶悪な手刀が、ビュンッビュンッビュンッと空を断つ。


「わ、わふぅ……?(ご主人、また大魔王を倒しに行くのか……?)」


 まるでジャブのように繰り出される殺人チョップ。

 部屋の端で歯磨き用のおもちゃをかじっていたタマは、どこか不安気な表情で主の特訓を見つめる。


「相手がこうきたら……こう! 逆にこっちからきたら……こう! 後ろからきたら……こう!」


 イメージトレーニングは順調に進み、彼女のチョップはついに光の速度へ到達する。

 それはあまねすべてを断ち斬る最強の一撃。

 もしもこんなものが一般生徒の首を捉えれば……目も当てられない凄惨せいさんな悲劇を生むだろう。


「よし、ばっちり……! これで武闘会は乗り切れるはず!」


 そして現在――。


「両者、準備はよろしいですね? それではルナ・スペディオVSケイティ・オルツェン――はじめっ!」


 審判がバッと手を振り下ろし、中堅戦が始まった。


 ルナはいつも通り隙だらけの棒立ち、対するケイティは二つの魔法を発動する。


「<尖石円舞ストーン・サークル>×<烈風憑依ウェア・ウィンド>!」


尖石円舞ストーン・サークル>で自身の周囲に鋭く尖った小石を展開、それらを<烈風憑依ウェア・ウィンド>で高速旋回――石と風による『攻防一体の鎧』をまとった。


「高等技能『二重詠唱デュアル・スペル』か。土と風の魔法を同時に扱うなんて、けっこうやるじゃん」


 ローは感心したように呟き、


「異なる二属性の同時展開は、暴発の危険があるというのに……。あのケイティという生徒、よほど魔法技能に自信を持っているようですわね」


 サルコは称賛の言葉を送り、


「……そんな優秀な奴が、どうして支援科にいるんだ?」


 レイオスは怪訝な表情で眉を曲げ、情報通のウェンディが説明を始める。


「ケイティ・オルツェン、魔法の大家オルツェン家の三女。天才的な魔法センスを持ち、若くしてあらゆる属性魔法を手繰たぐるエリート。特に魔法技能は極めて優秀で、同世代から頭一つ抜けています。ただ……魔力量が足切りに引っ掛かり、聖女科には入れなかったようです」


 ウェンディは、皇帝よりつかわされた密偵。

 王国聖女学院へ配属される前、全生徒の情報は調べ終わっているのだ。


 一方、ケイティの卓越した魔法技能を目にしたルナは、驚愕に言葉を詰まらせていた。


「土と風の魔法を同時に……っ」


 それもそのはず、聖女様の魔法技能は控えめに言って……『ゴミ』。

異界の扉ゲート>や<聖龍の吐息セイクリッド・ブレス>に代表される高位の魔法は、その膨大な魔力にモノを言わせて無理矢理に成立させているだけ。

 彼女の魔法技能はあまりにもつたなく、大魔法士シャシャをして「もうこれ・・は、救いようがないわ」とさじを投げるレベルだ。


(私にもこんな魔法センスがあれば、もっと綺麗な魔法を使えたのかな……)


 大味で粗雑な魔法しか使えない自分、微細かつ精緻な魔法を使えるケイティ。

 ルナがたくさんの羨望とひとすくいの嫉妬を抱いていると、ケイティが好戦的に目を光らせる。


「私はこの武闘会で、自分の力を証明して……正しい場所へ、聖女科に戻るの! 魔力量なんかで、私の将来さきを決めさせはしないッ!」


 その激情に呼応するように、彼女の魔力が大きく上昇。


「……っ」


 ルナは思わず、一歩後ろへ後ずさる。


(この魔法、マズいかも……っ)


 彼女は珍しく、苦しそうな表情を浮かべていた。


 ケイティはジワリジワリと距離を詰め、ルナはそれに応じて後退し……ついに舞台端まで追い込まれてしまう。


「う……っ(もう逃げる場所が……!?)」


「さぁ、これで終わりよ!」


 模擬刀を抜き放ったケイティは、凄まじい速度で距離を詰める。


「私の勝ちだ……!」


 必殺の間合いに入った彼女が、渾身の一撃を振り下ろしたその瞬間、


「ふぇ、へ、へ、へーくっしょん……ッ」


「えっ、きゃぁ!?」


 まるで天災のような突風が吹き荒れ、ケイティは競技場の外壁に激突――そのまま意識を手放した。


(……や、やっちゃった……っ)


 聖女様、お鼻が少し弱い。

 土と風の魔法によって舞い上げられた土煙が、敏感な聖女ノーズを刺激した結果、途轍もない大砲くしゃみが発射されてしまった。


「「「……えっ……?」」」


 競技場がなんとも言えない空気に包まれる中、


「しょ、勝者ルナ・スペディオ!」


 審判は一拍遅れて勝敗を宣言し、実況解説が素早く状況を分析する。


「こ、これは……恐れていた事態が、起こってしまいました! ケイティ選手の二重詠唱デュアルスペルが失敗し、魔法が暴発してしまったようです!」


 非常に珍しい幕切れを目にした観客たちは、そぞろに騒ぎ出す。


「私、魔法が暴発するところ初めて見た……っ」


「ひぇー、怖ぇな……。魔法の暴発って、あんな酷いことになるのか」


「あの魔法士さん、なんか変な液体で濡れてるけど……大丈夫かな?」


 落ち着かない空気が漂う中、倒れ伏したケイティのもとへ、医療班が駆け付ける。


「うっ、これは酷い……っ」


「なんだ、妙なベタベタした汁が……?」


「馬鹿、気安く触るな! 魔法が暴発したんだぞ!? どんな暗黒物質ダーク・マターが生み出されてるか、わかったもんじゃない!」


 聖女様の鼻水と唾液に塗れたケイティは、そっと担架に載せられ、慎重に医務室へ運ばれていくのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【※読者の皆様へ】

右上の目次を開いて【フォロー】ボタンを押し、

作品トップページにある『☆で称える』の+ボタンを3回押して、

本作品を応援していただけると本当に嬉しいです……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る