ずっと好きだった国民的アイドルの幼馴染を諦めたい俺は、おそらく今日も失敗した。

沙月雨

振られたい男VS付き合いたい女

第1話 幼馴染と恋愛するなんて考えは古い




ある、五月の朝。



「く、ふぁあ」



俺―――――天羽凪あもうなぎは伸びをしながら、やっと着慣れてきた高校のブレザーに腕を通す。



「さみぃ。春はあけぼの、なんて絶対ウソだろ」



ずずず、と鼻をすすってブレザーのボタンまで閉めると、五月にしては肌寒い風が頬をかすめた。

白を基調としたものに青のラインが入っているブレザーは、最難関高校ながらもデザイン性も重視しているらしい。



(…………高校にしては、おしゃれな制服だよな)



そんなことを思いながら、ようやく暖かくなってきた朝の道を少しだけ早歩きで歩いていると、不意に肩を叩かれる。

不審な顔をして振り返ると、肩を叩いた張本人は顔を見せずに、異様に甲高い声だけが聞こえた。



「ん?」

「オレです、オレ」

「……………すみません、オレオレ詐欺は間に合ってますので」



最近は不審者が増えているらしいしな、と心の中で呟いてから、あまり余計な人とは関わらないようにしようと足早に歩を進める。

我ながら不審者への対応が完璧だと自画自賛していると、後ろから「おい!」と聞きなれた声がして、俺は無視することができずに振り返った。



「しつこいですね……………って、なんだ陽翔か」

「なんだも酷いが、普通気づけよ」



ひくりと引き攣った笑いでどついてきたそいつ―――――伊吹陽翔いぶきはるとは、何度かべしべしと俺の頭を叩いてふんぞり返る。

その後に俺がその手を払いのけると、そいつはどこか悟りを開いたような顔でふっと遠い目をした。



「……………オレ、お前の目の前に立っていたんだけどな」

「すまん、気づかんかった」

「素直でよろしい。はよ、凪」



さっきとは打って変わって快活に笑った陽翔は挨拶をすると、その横からサイドポニーテールをした女子が顔を出す。

高めに結ばれた長い髪を揺らしながら、本条ほんじょう星那せなはにっこりと笑った。



「なー、おはよう」

「おはよう、本条。だが何度も言うけど俺の名前は『天羽凪』だ」

「つまりなーでしょ?」

「陽翔、翻訳」

「オレにすべてを任せようとするな」



そういって、陽翔は本条の首根っこを掴み、ぽいとそこら辺に放り投げる。

ふう、これで落ち着いて学校に行ける、といった陽翔の顔が、次の瞬間苦痛に歪んだ瞬間を俺は見た。



「っぐ………………本条!」

「バカ伊吹、自業自得だよ」



ふふん、と得意げに笑い、本条は綺麗に上に伸ばしていた足を下げる。

ブルリと震えた俺達を見て何を思ったのかほくそ笑んだ後、そいつは何かを探すようにきょろきょろと周りを見渡した。



「あれ…………れーは?」

「玲於奈なら、今日一日アイドルとして雑誌の撮影だと思うぞ」



六時まで帰ってこないんだったけ、と呟くと、本条と陽翔はピシリと固まる。

じゃあ今日の夜ご飯はオムライスかなあ、と考えている間、二人はこそこそと顔を寄せて囁き合っていた。



「ねえ、これで付き合ってないの?スケジュール予定まで把握してるのに」

「ああ、これで付き合ってないらしいな。スケジュール予定まで把握してるのに」

「「え、夫婦じゃん」」



真顔で何かを言ったらしい二人は、俺の顔を見てまた何かを言い始める。

だがさっきの内容を聞いていなかった俺は何を言っているのかがわからなくて、ただただ仲が良さそうに話している二人を見た。



「お前ら、マジで付き合ってないの?」

「「こっちのセリフだわ」」







◇◇◇◇◇








「でー、ここはエリザベス女王が…………。説明するのだるいから各自自習でいいか?」




あれから結局三人で登校し、一時間目の授業を受ける。

だが、面倒くさがりな世界史担当兼担任の先生は、開始10分でそんなことを言い始めた。


それを見ていた前の席の陽翔が、「あっ、いいこと思いついた!」と小さな声を上げる。

そのまま瞳を輝かせて俺の方を振り返った陽翔に顔を顰めると、そんなこともお構いなしにそいつはそのまま身を乗り出した。



「なあ凪、いいこと思いついたんだけど、」

「お願いだから俺を巻き込むなよ」

「つまんねーやつ」

「本望だな」



唇を尖らせながらそいつは体を前へと戻し、俺の机ががたりと動く。

その拍子に、ペン回しをしていた俺のシャーペンがカシャンと音を立てて落ちた。



「先生!廊下に校長先生が!」

「なんだとそれを早くいえ伊吹!…………じゃなかった、で、ここには逸話があってだな…………」

「すみません、ウソです」

「はい、伊吹はここの問題を答えるように」

「なんでえ!?」



シャーペンを拾っていると、そんな伊吹のバカな悲鳴が俺の鼓膜に響く。

俺が顔を顰めると、伊吹がしぶしぶと教室の前に出てチョークを握っているのが見えた。

『フランスの内乱後』と書かれたその黒板には、(    )朝の成立と書いてある。

ブルボン朝の成立、と俺が呟くと同時に、伊吹が「これって高三の範囲じゃねえの!?」と叫んだ声が重なった。



「これ、前出したら天羽は解けたぞー」

「あいつは絶対人生二週目です」

「バカなこと言ってないで早く解けよ」



べしり、と持っていた特大定規で頭をはたかれ、伊吹は救いを求めるような目でなぜか俺を見る。

面倒だったので、斜め前に座る本条に「ブルボン朝の成立だ」と囁くと、本条は少し悩んだのちに『35億』のポーズをした。


いやそれブルゾン、と言った俺のつぶやきはまたもや伊吹の歓喜の声によってかき消され、その本人はいそいそと答えを書き始める。

案の定(『ブルゾン』)朝の成立、と書かれたそれは、担任によって大きな×を付けられた。



「はっ、なんで!?」

「おい本条、それはブルボンじゃなくてブルゾンだ」

「………?あ、そっか」

「おい、犯人はお前か、アホ本条!」

「まあ、余計なこと言った伊吹が悪いよね」

「…………それは、まあ」



その言葉に、それはそうと俺が頷くと、裏切り者お!と言いながら伊吹がプリントの束を渡されているのが見える。

これ、帰りまでに全部終わらせて提出しろよー、と伊吹に言った担任は、どこか楽しそうに唇の端を上げていた。








◇◇◇◇◇









「――――――なあ、これまだ終わらないの?凪、大丈夫か?もう帰っていいぞ?」

「まあ、乗りかかった泥船だしな」

「もしかしなくても巻き込んだこと根に持ってるな?」



くそう、泥船だよ何も文句が言えりゃしねえと呻いた陽翔のつむじをつついて起こしてから、俺は再び作業に戻る。

なんだかんだで伊吹のことを貶しながらも一緒に作業をしてくれている本条は、「そういえばさ」と話を切り出した。



「なーって、玲於奈のことどう思ってるの?」

「そうだな、振られたい」

「そっかー、振られたいのか―……………………んん?」



その言葉を最後に、本条がさっきの動作のまま固まる。

陽翔も俺の言葉を聞いてしばし固まると、結局作業をするのが俺だけという状態になってしまった。



「あ、やべえ。一瞬意識がどっか行ってた」

「待って。ちょっと待って」



頭が痛いというように抑えている本条は、ぐっと唇をかみしめて俺の目を見る。



「振られたい?」

「ああ」

「付き合いたい、ではなく?」

「変に希望を持つのは嫌だろ」



俺が淡々とそう返すと、二人は「なるほど~?何となく掴めてきたぞ」と言って作業を再開した。

ホッチキスのパチンパチンという音が響く中、陽翔が本条とこそこそと話していた顔をあげて聞きにくそうに口を開く。



「お前、なんでそう思うようになったの?」

「早くこの気持ちを消したくてな。とりあえず、気持ちが伝わってほしいとは思ってる。告白はなしで」

「ハードル高くね?…………個人的に、どう振られたいとかは?」

「ちょっと何聞いてんのバカ伊吹」



本条が陽翔のみぞおちを鉄肘で殴りつけるのが見えたが、陽翔自身は答えを聞きたそうだったので俺は真面目に考えた。

そして数秒後、自分の中で考えをまとめながら考えを言う。



「目標は振られること。できれば引き伸ばすことなく潔く、隣に将来有望なイケメンがいたなら尚良し」

「いや、将来有望なイケメンっておm」

「ちょっと伊吹黙ろっかー」

「ぐえっ」



本日二度目の肘鉄をくらった陽翔はそのままノックダウンし、机へと突っ伏す。

完全に痛そうに見えたそれをやった本人は涼しげにそれを見ると、ポケットから取り出したスマホを見てにっこりと笑った。



「じゃ、なー。いってらっしゃい」

「は?どこに、っていうか誰と―――――」

「あ、凪!」



本条に背中を押され、やや無理やり教室から押し出されて廊下に出る。

戸惑いながら振り返った本条は「結果は後日聞かせてね」と笑って右を指さした。


だが、指示通り横を見ると、そこにはいるはずのない幼馴染が立っていて。

あっけに取られる俺に、国民的アイドル玲於奈は目を輝かせてオレに言った。




「――――よし、凪!これから一緒にゲームセンター行こう!」

「おい、アイドル活動はどうなった!?」






                 俺と彼女が結婚するまで、1年と223日





――――――――――――――――――――――――――――




始めましての人も、すでに他の作品を読んだことある人も、こんにちは。


日にちを具体的に表して、しかもカウントダウンをする作品ってあんまりないんじゃないかなあと思いながら書いてみました。

この作品は、「自殺しようとしている国民的アイドルの幼馴染に「お前の何にでもなってやる」と言ったら、次の日夫になっていた件。」のサイドストーリーとなります。

本編は結婚してから後の二人の日常がメインで、こっちはあくまでサイドストーリーですので、読んでない人はぜひ本編の方も読んでみてください。


また、本編からこっちに来てくれた方もありがとうございます。

本編も本当にっ不定期ですが、自分なりに頑張っていくので応援してくれたらうれしいです。

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