かつての騒がしさも完全復活
大迷宮の近くにある町のような拠点群に正式な名称はないが、大迷宮の隣町という愛称が付けられており、正式な名前として決まりそうな程に定着している。
そんな隣街を歩く者達こそが、ついに完全再結成された勇者パーティーの七名。平均年齢九十歳の超高齢者集団である。
目立つため一旦は別行動になった白い海原の面々がいれば、更なる老人集団と化していたことだろう。
「余裕がある」
ララの魔法のお陰で大戦から着こんでいる鎧が、他人からは違う物に見えているエアハードだが、彼が見ている光景もまた七十年前とは大きく違う。
「今日死ぬ。明日死ぬ。昨日死んでいた筈だという感じがしない。空への恐怖もない」
数多くの強者が堂々と街を歩き、意識が空へ向いていなかった。
全ての生ある者に等しく訪れた死の権化が敗れても、その傷がすぐ癒えるはずもない。エアハードは大戦直後に大迷宮へ潜ったため、多くの人間が青空を喜びながらも、赤く染まることを心底恐れ震えていた光景で時間が止まっていた。
なにせ当時は久方ぶりに訪れた夕空が、大魔神王復活の兆しとして少なくないパニックを引き起こした程であり、人々が日常を受け入れるためには少しの間が必要だった。
「そうじゃのう……うん? どうしたんじゃ?」
フェアドも昔を思い出して空を見上げ……。
ピタリと足を止め、自分を兜の隙間越しに凝視してくるエアハードに疑問の声を漏らした。
「……具合が悪いのか? 熱は? ララ、診てやってくれ」
エアハードから返ってきたのは心配する声だ。なお体調を心配しているのにエルリカではなく、ララに話を振る当たり、エアハードもまた聖女とは名ばかりなことを知っていた。
「なんと言うか……仕方がないと言うか……」
これにはエルリカも自覚があるようで、空を見上げながら自分の過去を思い出していた。人を診るよりも殺す方が得意な聖女など前代未聞だろう。
「ぶふぅっ。だっはっはっはっはっはっはっ!」
珍しいことが起こった。
あのサザキが飲んでいた酒を噴き出し、腹を抱えて大笑いを始めたのだ。
「誰か会う度にこのやり取りしてるぞ! 九十超えてんだから口調が変わるに決まってるだろうが!」
「だから当時のお前を知ってる奴からしたら違和感しか感じねえんだって」
なぜエアハードが自分を心配しているか察したフェアドは、もうこのやり取り何回目だとうんざりした。しかし、マックスに言わせるとこれは仕方のないことであり、エアハードの味方をしていた。
(エルリカには兆候があった。しかし、フェアドの方は全く合っていない)
賢明にもエアハードは思ったことを口にしなかった。
大戦の最後期にエルリカは人としての感情を取り戻し始めており、柔和な老婦人になっていても、まあ、そういうこともあるのだなと納得した。
しかしながら、邪魔するものは蹴っ飛ばす。困ったらとりあえずぶん殴る。この二本柱で行動していたフェアドが、好々爺のような口調になっているのは予想外も甚だしく、エアハードは本気で心配したのだ。
(本当に大丈夫なんだろうな?)
「問題ないよ」
更にエアハードはまだフェアドの体調を疑っており、ララに目配せをしたが返答は簡潔なものだった。
「懐かしいですねえ」
「うむ。まさに記憶通りの筋肉」
「いえ、まあ……そうなんでしょうね」
微笑むエルリカにシュタインが同意したが、勿論認識はすれ違っている。
エアハードは他人と殆ど交流しないくせに、妙なところで気を利かせることが多々あった。エルリカはそれを思い出していたのだが、シュタインの方は変わらぬ筋肉に感服しているようである。
「ああそうだ。伝え忘れてた。俺とララ。フェアドとエルリカは結婚したからよ」
「……」
気を取り直して歩き出そうとしたエアハードは、何気なしに放たれたサザキの言葉で再び足を止めた。
終戦後すぐにいなくなったエアハードは仲間の結婚を知らなかったが、これもまた、まあそうだろうなと納得をしていた。
だが別の問題が発生したため、踵を返すと大迷宮の方へ向き直った。
「おめでとう。手ぶらだから何かを取ってくる。大迷宮なら何か価値がある物も落ちてるだろう」
「まあ待て。落ち着け」
「筋肉を鎮めるのだ」
「あー懐かしい」
エアハードの頭の中では、流石にいい大人が祝福の言葉だけではマズいだろう。幸い、色々と眠っている大迷宮が近くにあるのだから、なにかを取ってこようという発想になった。
しかしそれを予期していたのか、フェアド、シュタイン、マックスが彼を囲んで引き留めた。この一連の流れは随分慣れを感じさせるため、大戦中でも似たようなやりとりが繰り広げられたと分かる。
「そう言えばひ孫がどうのこうのと言っていたな。そちらも必要だろう」
「お菓子に喜ぶ年齢の子供に、大迷宮の何を渡すつもりだオイ!」
「お前とエルリカの子供なら、相応しい武器は早くから探さないと見つからないぞ。そうは思わないかエルリカ?」
「それはそうですけど、まだ幼子ですから」
唐突にエアハードは、大迷宮の中でフェアドが言っていたことを思い出して突破しようとしたが、パーティー内でツッコミ役を担当していた勇者は、非常に常識的なことを言って押し留める。
だがエアハードも引かずエルリカに同意を求めたが、たどたどしい文字の手紙を書いてくれたひ孫と武器のイメージが繋がらず、苦笑するしかなかった。
「その通り。俺もファルケの武器で随分困った。だよなララ」
「実感があるね」
一方、エアハードの言葉は息子の武器で苦労したサザキに刺さったようで、ララも当時を思い出して遠い目になる。
「いいから一旦落ち着け!」
世界の誰が知る。
その世界を救った勇者が、個性的なパーティーメンバーに振り回される姿など、想像もつかないだろう。
ララの魔法で色々と誤魔化している勇者パーティーは、完全復活した途端にかつてと同じようにまた騒がしくなってしまった。
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