第32話
「城くんは何も知らない。これはほんと」
「下級生は参加できないルールだからね。決まりは守られるものだ。うちの学校では」
黒いマントが風に揺れて、内側の赤がのぞいてる。脇に抱えたシルクハット。顔の半分を覆い隠している銀の仮面。なんで泥棒って、――タキシードなんて着てるんだか、私にはちっともわかんない。目立つよ、だって、そんなかっこでうろうろするなよ……。
「いつからいたんですか?! びっくりしたな。それに、そのかっこって」
「アルセーヌな方のルパンだよー。すごいでしょー」
「ワーォ。どうやって作ったんですか? 体育祭用ですよね、当然」
「その前にちょっと使ったけど、ま、そのつもり」
「うらやましーだろー、さえこー」
「似合うよ。偉いよ。見事な力作だよ」
「思いのほかうまくできたから、試してみちゃったってわけ。だまされたわよー。相当数の人間が」
大喜びな城くんと、あきれ果てた様子で椅子に座って足を組んださえこちゃんの会話を、私は聞いているようでじょうずに聞けていなかった。仮面の向こうは、ちゃんと見れば確かに雪見ちゃんか月見ちゃんに見えて、そのことがやたら悔しかった。それさえわかったら、あんなのちっとも怖くなんてなかった。雪見ちゃんか月見ちゃんが暴れてるんだってわかりさえしたら、追いかけられたってなんでもない。
だけどみんなにも秘密だったんだ。そうだよね。だまされたって、今言ったの、そういうことでしょ?
……あれ。
「松宮くんと、ケンカしてたの、あれは」
「あー」
制服を着てるのが雪見ちゃんだって、なんとなくわかってから名札で確かめた。ルパンなのは月見ちゃんだ。扮装な靴はかかとが高いから、ちょっと背が高くなってる。二人は口を見合わせて口々に、
「あいつはわかってたよ。ねぇ」
「うん。ちっとも本気でかかって来なかった。ほんとそゆとこがムカつく男だよ」
「それを見越して本気でかかったりしてた自分にもまた、腹など立ててみたり」
「絶対かわしてくれるだろうという安心感から、思い切りやらせていただいちゃったもの」
「かわいくないのよね。アルセーヌ様に逆らう? 一般市民のくせに。美女をさらって逃げるとこまでやらせてくれるのが人情ってものじゃない」
「ルールタビーユでも気取ってんじゃないの? あの推理小説オタク、ほんとオタクだから」
――なにを言ってるんだ……、この二人は。正直なところ、本気で私はそう思ってくらくらしてた。いろいろわかんないことあったけど、今が一番わかんない。この人たち、ほんとに変だ。
昨日のあのバトルは、ホンキだった。少なくとも、ルパン様の方は。それで松宮くんは、――松宮くんには、それがわかってて……。なんだそれは?!
あの人、ちゃんとわかってた?! だと?! なにそれ?!
昨日のあの段階で、あれが月見ちゃんか雪見ちゃんだったって知っていたんだ。一緒に逃げてるみたいなふりをして、私を助けてくれてるふりをして。知ってたくせに。本当のことを。
「まー、だけど、葉月が今考えてるほど悪いやつじゃないよ」
「だからってとってもいいやつとも言い難いけどね」
「落ちるとこまで落ちてるんだから、もうやめなって」
うつむいて考えてた私の頭の上で、そんな言葉が交わされていた。だけど、こんなに血が上ったアタマじゃ、ちっともちゃんと考えたりはできない。悪いとかいいとか、そんなじゃすまないような気もする。私はだまされいたってこと? 松宮くんに? 松宮くんだけじゃなくて、……月見ちゃんや雪見ちゃんにも……?
真っ暗になりそうだった私を、雪見ちゃんの言葉がすくい上げてくれた。今までにないくらい。今までで一番優しく聞こえる声でそう言ってもらえなかったら、私はどうなっていたかわからない。どうって、……考えるのが怖いくらい。
「あのね、葉月。私たちは今日は話すつもりだったんだよ。これは信じて。本当だから」
「これ以上黙ってるのは、精神衛生上良くないからね。口から病気になりそうだ」
「隆一朗の顔が楽しみだし、さえっちに先越されるのもしゃくだし」
「越せるとこだったんだよね。ほんとはあんたたちの出し物が出る前にばらしちゃいたかったな」
「さえこもしゃべる? なんなら」
「いーわ、もう。桂木、コーヒー牛乳」
「はいはい」
さえこちゃんは傍観姿勢に決めたらしい。目がちょっとだけ覚めたみたいな顔になって、私にすまなそうに笑いかけた。
仮面を外した月見ちゃんがすすめてくれたイスに座る。座って初めて立ってて疲れてる、んじゃないかもしれないけど。こんな疲労感って言うか脱力感、なんて言ったらいいんだか。
城くんが飲み物を運んできて、私たちは輪になって座ってた。今日二杯目のコーヒーはホットコーヒー。なんでこんな変な格好した人とお茶しなきゃなんないんだろう、私。文化祭でもないのに、もう。
「今日辺り、続々脱落者が出るとこだと思うんだけど、先陣ってことで」
「トップ脱落ってのもカッコイイじゃない? 何事も先頭先頭」
「りょーしんの痛みに耐えかねるべきなんだよ、みんなだって。言っとくけど、雪見たち、派手すぎだかんね」
「存在がすでに派手なさえこに言われたくないよね。よーちゃんのシナリオ、あんたなしじゃ失敗でしょ、あれ」
「嘘は言ってないよ」
「ま、確かにさえっちはね」
「さて。それじゃ語りましょうか」
「この事件の真相を」
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