8-6 回想:就活と花見酒
◇
「絶対人数配分ミスったな。買い出しの方が3人だった」
蒼汰は両手に持ったコンビニのビニール袋を重そうにしながら、恨み節のように言った。
「俺的には、単純に蒼汰がお酒を買い過ぎただけな気がするけど……」
大学の目の前には大きく縦に伸びる公園があり、そこは智章の通う大学の学生たちのお花見スポットになっている。ちょうど新歓の時期と重なることもあって、この公園はたくさんの学生で朝から夜遅くまで賑わっている。
4年生になって全員がサークルを引退したこともあって、今年はゼミの5人でお花見にきていた。無事に場所の確保ができた後、ジャンケンで負けた智章と蒼汰がお酒とツマミの買い出し要員としてコンビニまで行くことになったのだった。
集まったのが遅い時間だったこともあり、すっかり空は真っ暗だ。
「いいだろ、別に。足りなくなってまた買い出しに行くのも面倒だし」
「今日の蒼汰、やけに張り切ってるね」
「当たり前だろ。最近は毎日が就活一色なんだから」
蒼汰はそう言ってくちびるを尖らせる。確かに、4年生に学年が上がってから、明らかに周りでは就活を意識させる出来事が増えた。インターンや業界説明会、中小企業や外資系を中心に、すでに面接を始めている企業も多くある。
「確かに、毎日気が滅入るよね。俺なんて、就職先が見つかる気がしないし」
「智章ならいくらだってあるだろ」
蒼汰が適当なことを言う人間ではないとは分かっている。だが、就活のことで蒼汰から励まされたくはなかった。
「そんな簡単に言わないでよ。俺は蒼汰みたいにコミュ力ないし」
コミュ力だけではない。すべての面で蒼汰に勝てない。
あっさりと良い企業に就職を決めるのは、蒼汰のような人間だ。自分ではない。
「別に、智章がコミュ力ないとは思わないけどなぁ」
「それに、蒼汰はインターンだって行ってるんでしょ? すごく忙しそうにしてるじゃん」
「まあな。インターンって職場体験くらいかと思ったら、思ったりガチなんだよな」
最近の蒼汰のSNSは、インターン先のことばかりだった。智章はそれを、ずっと複雑な気持ちで眺めていた。
「ジンのキャラ設定は固まりそう?」
思い切ってそれを訊いてみた。ゲームの制作もだいぶ進んできたが、まだ不完全な設定がいくつもある。ジンはお助けキャラのような立場になることだけは決まっていたが、細かい設定が固まっていない。
「悪い、ちょっと考える時間なくて……」
「そうだよね。忙しいのにごめん」
蒼汰がそれどころではないことは分かっていた。それでも訊いたのは、きっと罪悪感を与えたかったからだ。
就活やインターンが優先になることなんて、学生として当たり前のはずなのに。
「いや。忙しいなんて言い訳だから」
「けど、キャラを考えるのはシナリオ組の仕事かなとは思うし……」
「そうかもだけど、ジンに関してはオレの仕事だろ? 1人1キャラ考えるっていうのは、詩月の強い希望なんだから」
そうだ。
だから梨英はメイを考えて、彩人はアインスを考えた。メイの物語は、悪くないストーリーに仕上がったという自信があった。
「そうだね。せっかくだから、胸を張って合作だって言えるものを作りたいよね」
そんな話をしているうちに、場所取りをしている3人が見えてきた。向こうも智章たちに気づいて、梨英が大きく手を振っている。
思わず、笑みがこぼれた。
最近では、少しずつ5人全員で集まれる時間が減っている。だからこそ、今日を楽しみたいという気持ちは強かった。
「お待たせ」
智章と蒼汰がレジャーシートに上がると、3人はお疲れ様と出迎える。
「は? ちょっと待て、買い過ぎじゃね?」
彩人がビニール袋の大きさに気づいて驚いた。続いて、梨英も顔をしかめた。
「うわ。マジでどんだけ買ってんの?」
「いいだろ、別に。大学の前で花見酒なんて、今年で最後なんだから」
「ありがとう。足りなくなるよりいいよね」
拗ねる蒼汰を慰めたのは詩月だった。蒼汰は「だよな」と言いながら、自然と詩月の隣に座った。
智章も、ゴツゴツした地面を気にしがらレジャーシートに座る。あまり眺めのよくない場所だけれど、肝心なのはそこではない。
「ま、余ったら蒼汰が男気で全部飲むんだろ」
5人で輪になって座って、ひとり一本缶を手にする。一斉にプシュと小気味いい音を立ててフタを開けると、それから「お疲れ」のかけ声で乾杯をした。
みんなで飲むお酒は美味しい。この公園の桜は毎年見ているけれど、今年の桜は特別になりそうだ。
しばらくして、蒼汰が話題を切りだす。
「どう、3人は順調?」
なにが、とは言わなくても今の時期の大学生は全員が分かっている。
今、どこのグループでも話題に上がるのは就活のこと。それがこの時期の当たり前の景色だ。
だが、この5人の場合は少し違っていた。
「私は全然かなぁ」
詩月は曖昧に笑う。梨英はムッとした表情で不満を示した。
「こんな時にやめろよ、気が滅入る」
「それも分かるけどさ。逆に、話して発散させるのも大事だろ?」
「けど、ここには就活する気がない猛者もいるからな?」
梨英の一言で、蒼汰は驚いて彩人を振り返る。
「え。彩人、あれ本気だったのか!?」
「うるせえ。俺はお前たちとは違うんだよ」
彩人は、イラストレーターになることを本気で視野に入れて動いていた。一般の企業もいくつか見ているという話もあったが、目指していることは間違いない。
(彩人はすごいな。俺なんて、いつも先にリスクを気にしてばかりだ)
「それより、あたしが昨日上げた音源聴いてくれた?」
梨英はそこで強引に話題を切り替えた。
あっ、と思った。そうだ。今日梨英に会ったら、感想を言おうと思っていたのに。
「聴いた聴いた! すごくカッコよかった!」
昨日、梨英が上げたのは、道中のボスとの戦闘曲だ。梨英らしいギターが主体のメロディがとても気に入っていた。
「私も聴いたよ。なんとなく、普段の梨英のバンドの曲っぽくて、すごくカッコよかった」
「まあ、悪くなかったんじゃない?」
梨英の新曲は、詩月からも彩人からも好評だ。感想を求めて、梨英が蒼汰を見た。
「蒼汰は?」
蒼汰の顔が気まずそうに変わるのが見て取れた。
「ごめん。まだ聴けてない……」
「は? 帰ったらすぐ聴け。マジで最高に仕上がったから」
「それより、彩人はいつ頃アインスの顔を描けそう?」
彩人がアインスの顔に詰まってから、もうしばらく経つ。これまではあまり急かさないようにしてきたが、話の流れでつい訊いてしまった。
「いや、悪い。いくつか案を考えてはいるんだけど、ちっとも納得いくのができなくて」
「アインスは、彩人くんのこだわりだもんね」
詩月が微笑ましそうに笑う。詩月からはいつも、本当にゲーム作りを楽しんでいる雰囲気が伝わってくる。
「そういうこと。最高の設定ができたんだから、絶対に納得のいくデザインに仕上げたいんだよ」
アインスとクラウスのキャラクターは、彩人からの助言のおかげもあって、最高の設定ができあがった。
あとは、これをもとにきちんとしたストーリーを作っていかなければいけない。
「これはますます、私たちが最高の物語に仕上げてあげないとね」
詩月からのアイコンタクトを受ける。それだけで強く気持ちが昂った。
(ああ、早く家に帰って話を考えたい)
5人で過ごす時間も楽しいけれど、こうして創作の話をしていると、お酒を飲んでいる場合ではない気がしてきてしまう。幸せなジレンマだ。
「うん」
蒼汰は缶のビールを飲み干すと、小さな声でつぶやいた。
「すげえなぁ、みんなは」
彼の小さなその声は、すぐに他の盛り上がる声にかき消されていった。
桜を肴にした創作者たちの談義は続く。
だが、4年生に進級したこのタイミングを境に、5人が集まれる機会はパタリとなくなって、このお花見が純粋に語り合うことのできた最後の時間となった。
◇
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