7-3 にぎやかな時間
彩人から電話で呼び出された智章は、慌てて彩人の家の最寄り駅まで向かった。彩人から送られてきた位置情報を頼りに向かうと、そこはなんと、駅前すぐの繁華街にある、とある大衆居酒屋だった。
(え? これ、合ってるよね……?)
恐る恐る店内に入ると、入り口付近の座席に彩人を見つける。同じテーブルの向かいには、どういうわけか梨英の姿もあった。
「あのさ、なにしてんの……?」
彩人からの助けを求める叫びに驚いたが、当然ながら危機に陥っている様子もなく、完全に拍子抜けをしていた。
智章に気づいた梨英は、真っ赤にした顔で手を振った。
「お、智章も来たな。蒼汰は来らんないの?」
「えっと……。まともな社会人は、こんな時間に集まれないと思うんだけど……」
梨英の正面に座る彩人は、全身でやれやれというオーラを作っている。テーブルの上には、ツマミになりそうな料理と、お酒の入ったジョッキが2つ置かれている。
冷めた顔の彩人とは対照的に、梨英はすでにデキあがっている様子だ。
「おい、甲斐。お前弦巻に俺のこといろいろ話しただろ」
彩人は、いかにも不貞腐れた声を出した。
「え、ダメだった?」
「ダメに決まってるだろ! お前がバラしたせいで、俺は朝から弦巻に絡まれっぱなしなんだよ……」
詳しく話を聞くと、どうやら彩人は朝から梨英の鬼電を受けて、強引に駅前まで連れ出されてしまったらしい。そして、そのままの流れで、早い時間から空いている居酒屋に引きづり込まれてしまったとのことだ。
「まあいいんじゃない? 彩人だって、梨英と会うのは大学ぶりだよね?」
言いながら、とりあえず手前にいる梨英の隣の席に座る。まさかお酒を飲むわけにはいかないが、出社まではまだ少し時間がある。
「だったらなんだよ。俺はもう、このまま弦巻とは一生関わらずに済むと思ったのによ……」
「久しぶりに会ったっていうのに、本当に遠慮がないな。仮にも2年間を一緒に過ごした仲間にその言い草はひどくない?」
「別に、たまたま同じゼミに入ったってだけだろ」
彩人と梨英は、いつも意見が衝突しては言い合いをしていた記憶がある。そんな2人が今向かい合って座っているのを見て、どこか感慨深い気持ちになった。
それからふと、平日の昼間から当たり前のように居酒屋にいる梨英が気になった。
「それより、梨英は今日仕事ないの?」
「あたしは今日も休みー。休むことで、オッサンどもにあたしのありがたみを教えてやろうと思って」
梨英に作曲を頼むため、蒼汰と2人で仕事を手伝った日のことを思い出す。
梨英は若手や女性という立場を理由に上司からいいように使われていて、さらに音楽イベントで使う楽器に整備前のものを届けるように指示をされたのが、この前の土曜日のことだ。それから5日が経って、今週もすでに木曜へ突入した。
「梨英がいなくなって、今頃みんな慌ててるよ」
「それならいいんだけどさ。まあ、それでもわかんないようなら、その時はあたしも覚悟を決めるよ」
「なんか、弦巻も大変なんだな」
ぼそっ、と小さな声で彩人が言った。
そのつぶやきを梨英は聞き逃さなかった。
「当たり前だろ。会社員だって楽じゃないんだよ。フリーランスだって大変かもしれないけど、正社員になれば万事解決なんてもんじゃない」
「ちっ、分かってるよ。俺だって別に、そんな風に思ってるわけじゃねえし」
2人の言い合いも、もはや懐かしいくらいだ。当時はこの2人の関係性が頭痛のタネだったが、今となっては見ていて面白いと思えるほどだ。
(やっぱり楽しいな)
席に座っている以上、なにか注文しないわけにもいかなくて、テーブルに備え付けのタッチパネルからウーロン茶を頼む。
梨英と彩人はまだ何か言い合いを続けているが、2人の会話に付き合っていたら、半休の時間が終わってしまう。
智章はふと思い出した風を演じて、「そうだ」と強引に話題を切り替えた。
「アインスのイラストありがとう。おかげですごくいい物語になったよ」
「あんな感じで良かったか? ダメって言われても、俺の中で決定してるから修正しないけど」
彩人の言い方に思わず笑ってしまう。もうすっかりアインスへの情熱を取り戻したようだ。
「もちろん。あそこにいたのは、間違いなくアインスだったよ」
「なら良かったけど。昨日はずっと絵のことしか考えてなかったせいで、今朝は夢にまで出てきたんだからな?」
あ、と思った。
もしかしたら、この話の流れは。
「ふーん、どんな夢?」
梨英が訊いた。ゲームの世界に転生した時のことを、梨英は今でも夢だと思っている。
この話を止めるべきか、一瞬判断に迷った。
「なんか、俺がキャラの中に入って、一緒に冒険をしてたっていうか……。物語の中に入ってた感じ?」
「うそでしょ……。それにすっごい似た夢、あたしも見たんだけど」
梨英の言葉に対して、彩人は「うげ」と言いたげな顔を作った。
「俺の夢は、なんか夢っぽくなかったっていうか、本当にゲームの世界に入り込んだ感じだったんだよ。ちょうど”牧場”の話のクライマックスで、みんなで化物みたいなボスと戦って……」
「うん」
「結局、最後にはクラウスが死ぬんだけど、もしかしたら俺は、これを見届けるために絵を描いてきたのかもしれねえって思った」
彩人の言葉にも熱がこもる。
あの世界の中でもハンスの姿を通じて聞かされていたが、実際に彩人の言葉として聞くと、胸が熱くなる想いだった。
ずっとサワーを飲み続けていた梨英も、今は手を止めて耳を傾けている。
「大学を出てからずっと人に言われた絵ばっかり描いてきたけどさ、夢の中で出会ったアインスやクラウスはちゃんと人間だった。俺が描きたいのは、誰かのためのなにかじゃなくて、俺が描きたいと思える1人のキャラクターなんだ」
彩人の手元にあるお酒はまだ少ししか減っていない。これがまだ1杯目なら、決して酔った勢いで出てきた言葉ではないはずだ。
「そういえば、俺の夢に甲斐みたいなヤツも出てきてたな。なんかモブの兵士みたいな格好のやつだったけど、トモアキって呼ばれてた」
その言葉に驚いたのは梨英だった。あのモブ兵士がトモアキだということを、梨英は知らないはずだった。
「うそ!? そのモブ、あたしの夢にも出てた。名前は知らないけど、あんなキャラ、ゲームにいたっけ?」
梨英は視線を智章に向けて問いかける。
「いや……。そんなキャラは作ってないよ」
「マジかよ……。弦巻も同じ夢を見てたとか」
「同じキャラが夢に出るとか、そんな偶然あるのかよ」
2人とも、判明した夢の事実に驚きを隠さない。智章はひとり、動揺を必死に隠した。
(まずい、あの世界のことが2人にバレるんじゃ……)
いっそ、2人に全部打ち明けてしまおうか。今なら2人とも、俺の言うことが嘘ではないと信じてくれるはずだ。
一瞬、そんなことを本気で考えた。けれど、あの世界のことを打ち明けるためには、詩月のことに触れなければいけない。それを伝えられるだけの準備は、まだ整っていない。
そして何よりの気がかりは蒼汰の存在だ。蒼汰を差し置いて、2人にだけ伝えることには抵抗があった。
ちょうどその時だった。
「ウーロン茶お待たせしました〜」
ジョッキを運ぶ店員の声が会話の流れを断った。どうも、とそれを受け取って、空いたお皿を渡すうちに、すっかり場の空気も変わっていた。
「そういえば、今日は半休取ってなにしてたんだ?」
ふと、彩人がそんなことを訊いてきた。今日が前半休であることは、ここに来る前に伝えてあった。
詩月のことは、まだ言えない。
「うん、ちょっと用事でね」
智章は誤魔化すと、彩人は「ふうん」と興味もなさそうに反応をした。誤魔化されたことに気づいて、それでも気づかないフリをしてくれたのだろう。
(なんだか、話せないことばっかりだな)
詩月のこと。あの世界のこと。2人には話せないことが、まだ多くあった。
いつか2人にも、すべてを打ち明けられる日がくるのだろうか。
それから1時間ほど懐かしい時間を楽しむと、いよいよ出社しなければいけない時間が近づいてくる。
名残惜しさはあったが、そうも言ってはいられない。
「ごめん、そろそろ行かないと」
席を立とうとすると、梨英がすっかり据わっている目で抗議の視線を向けてくる。
「なんだよ、智章も仕事サボればいいのに」
「さすがに勘弁してよ。半休取るのも結構勇気がいったんだから」
「半休も全休も変わんないだろ」
「全然変わるから困ってるんだよ……」
頭痛のタネは、なにもゲーム作りのことだけではない。東京開発不動産への提案が大詰めになっている今、急に休みなんて取ってしまったら、後で円香から何を言われるか分かったものではない。
「いいだろ、もう。甲斐も帰るなら、もうお開きにしようぜ」
「なに言ってんだよ。彩人はこのまま夜までだからな」
「だからなんでだよ!」
言い合う2人を横目に見ながら智章は席を立つ。確実に足りるように1,000円札を3枚テーブルに置いて、お店を後にした。
「おい、甲斐! この裏切り者!」
「つまんないし、とりあえず蒼汰に電話でもかけてみるか」
店内を出る直残、そんな梨英のつぶやきが聞こえた。
今はだんだんとお昼休みの時間になる頃だろうか。もし蒼汰がその電話に出てしまえば、きっと昼休みがまるごと潰れることになるだろう。
そんなことを想像したら、思わず口元が緩んでしまった。
智章は急ぎ足で会社へと向かう。
(もし休みが合えば、蒼汰も入れて4人でまた集まりたいな)
5人全員で集まることはもう叶わない。その事実は受け入れるしかないのだろう。けれど、詩月のことは、まだどこか現実感を伴っていないような感覚もしていた。
それから電車に10分ほど揺られると、会社の最寄り駅まで到着する。出社時間まではまだ少しあるが、また早足で会社までの道を急ぐ。
オフィスの手前まできたところで、ふと水を買っておいた方がいいことに気づいた。
(はあ。今から仕事か……)
見慣れた職場近くの景色に、一気に現実へ引き戻される。そんな憂鬱を抱えながら、一つ路地を外れたところにある自動販売機の前へ向かった。
そこで飲み物を選んでいる時のことだった。
(あれ、この声って……)
ふと、路地の奥から聞き覚えのある男の話し声が聞こえてきた。どうやら、誰かと電話をしている最中らしい。智章はとっさに息を殺す。
偶然にも聞こえてきたその会話の内容に、思わず自動販売機のボタンを押す手を止めてしまった。
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