現実世界~7日目~ 「詩月の秘密」

7-0 回想:3年生の夏合宿。そして、詩月の記憶。

 あれは3年生の夏のことだった。

 智章の所属するゼミでは、毎年の夏合宿を伊豆で行うのが恒例だった。

 合宿の主な目的はそれまでの研究成果の発表にあるが、当然それだけがすべてではない。1日目の発表を終えて夕食を済ませると、ゼミの全員で海辺へ繰り出し、東京から持ってきた手持ち花火を楽しんだ。

 1泊2日の合宿では、1日目に3年生が、2日目には4年生が成果発表をするのが恒例だった。まだ次の日に発表を控えた4年生とは対照的に、智章たち3年生は大いにはしゃいだ。

 手持ち花火を持って走り回る蒼汰。ロケット花火を彩人に向かって放つ梨英。それぞれが、思い思いに合宿の夜を楽しんでいた。夜の浜辺には、彼らのシルエットが浮かぶ。


(あれ?)


 ふと、砂浜と歩道をつなぐ階段に腰をかける詩月が見えた。最初は全員ではしゃいでいたはずだが、身体が弱い詩月は少し疲れてしまったのだろうか。

 智章は線香花火を2つ持って詩月の隣に座った。


「みんな元気だよね。さっきまで成果発表でぐったりしてたのに」

「本当にね。智章は混ざってこなくていいの?」

「俺は眺めてるだけでいいや。みんなが楽しんでるのを見るのが好きなんだよね」


 決して、一緒にはしゃぐことが苦手なわけではない。ただ、少し遠くから全体を眺めると、なんだか得も言われない気持ちになる。

 その不思議な気持ちに、詩月は共感で返した。


「それ、少し分かるかも。わたしの場合はみんなに合わせるのが難しいっていうのもあるけど、みんなが楽しそうにしてるのが好き」


 詩月とは春に出会って4ヶ月程度だが、少しずつ見えてきた性格があった。詩月はいつも、自分ではなく他人ばかりを気にかけている。


「なんていうか、詩月は本当に優しいよね」

「え、急になんで?」

「だって、ゲーム作りでもあんまり主張しないし、みんなでキャラを考えようなんてアイディアも普通出てこないよ」


 詩月は智章と同じ、ライターとしてこのゲーム作りに加わっている。ただ、詩月は他のチームメンバーの意見を気にするばかりで、作品の内容そのものに意見をすることはほとんどなかった。

 詩月から出てくるアイディアはいつも、“みんなで創る”を達成するための意見ばかりだ。


「そうかな。わたしはただ、みんなが考えた方が良い作品になると思うから」

「詩月の意見だって大事だよ。俺はいつも書きたいものとか、入れたいシーンとか詰め込み過ぎちゃうからさ。詩月はいつも冷静なコメントをくれるし、すごく助かってる」


 智章は言いながら、線香花火を詩月に差し出した。詩月は「ありがと」と小さく言って、それを受け取った。

 持ってきたライターに火をつけて、それから2人同時に線香花火の先を燃やした。

 しばらくの間、パチパチと弾けるそれを2人でじっと眺めた。いよいよ激しく燃え始めた頃、ふと詩月がつぶやく。


「わたしは、智章が羨ましいんだ」

「え?」

「どんどんアイディアが出てくる智章はすごい。それに、情熱を持ってる。誰にでもできることじゃないんだよ?」


 その声は真剣だった。

 きっと、お世辞や雰囲気で言っているわけではない。


「別に、羨ましく思われることなんて……」

「ううん。だって、最初にゲームを作ろうって提案して、まさかあんな本気の企画書を出してくるなんて思わなかった。だって、あれは飲みの席だったし、正直みんなそんなに乗り気じゃなかったし」

「ごめん。やっぱりあれは強引すぎたかな?」

「ううん。それでこそ智章らしいと思う」


 パチ、パチパチ。

 少しずつ終わりに向かう線香花火が激しく燃える。どうして消える直前がこんなに美しく輝くのだろう。


「だからね。ありがとう。みんなでゲームを作ろうって誘ってくれて」


 明かりの少ない夜の浜辺に浮かぶその光が、とても綺麗だと思った。

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