4-3 クエスト:詩月の家を目指せ! ※ステータス_泥酔

 山口詩月は、誰よりもこのゲーム作りに全力だった。

 発起人である智章も当然全力を尽くしたが、詩月は5人の仲間でゲームを作ることを誰よりも楽しんでいたと思う。

 そして、そんな詩月の存在は、意見の対立でギクシャクしてしまうことの多いゲーム制作において、欠かすことのできない重要な役割を持っていた。


 ――キャラクターはさ、シナリオ担当の私と智章だけじゃなくて、みんなで考えたらどうかな?


 その提案は、分業することしか頭になかった智章にとって、まさに驚きのアイディアだった。

 話を創る人間ならば、それなりに我を通したくなる瞬間があるはすだ。それなのに、詩月にはまったくそれがない。誰かと一緒に創作をできていることが、とにかく嬉しそうな様子だった。

 詩月がいなければ、もっと早い段階でゲーム作りが頓挫していた可能性もある。それほど、詩月という存在はゲーム作りにおいて重要な役割を担っていた。

 その詩月がもう一度仲間に加わってくれたなら、あるいはこのゲーム制作も加速させていくことができるのかもしれない。


「あ、ごめん。やっぱ違うかも」


 道の途中、梨英は突然足を止めてそう言った。


「ちょっ、何回目だよ。それ」


 居酒屋を出たあと、梨英に案内をされて詩月の家へと向かっていた。ただ、梨英が明確に覚えていたのは最寄り駅までで、改札を出てからは案内もフラフラとさまようばかりだ。


「しょうがないでしょ。前に来たのなんてもう5年近く前なんだから」

「そこはなんとか思い出してよ。梨英だけが頼りなんだから」


 梨英は目を細めて、睨むように目の前の道路を眺めている。

 しばらく見つめた続けた後、梨英はぽつりとこぼした。


「ごめん。ぜんっっっぜん頭働かない」

「おい」


 これではまるで、休日昼間の酔っ払いだ。詩月の家を目指して歩く、その足取りがフラフラとおぼつかない自覚はあった。


「仮に詩月に会えても、この状態で家に押しかけたら絶対ウザがられるよね」

「まあ詩月なら受け止めてくれるでしょ」


 言いながら梨英はスマートフォンを操作して耳に当てている。きっと、相手は詩月だろう。


「ダメだ、やっぱり出ない」

「詩月だよね? メッセージも既読にならないし、全然ダメだよ」


 アカウントでも変わってしまったのかと思うくらい、今の詩月とは連絡がつかなかった。だからこそ、こうして直接家に行くという流れになったはずだった。


「なんかSNSでもやってれば、そっちから連絡もできたんだけどな」

「そうだね」


 大学時代から、詩月はSNSの類を使っていなかった。誰かが一度やらないのかと訊いていたが、「載せることもないし」と笑っていたのを思い出した。だから、卒業をした後の詩月の様子はまったく知ることができなかった。

 ふと、梨英が辛そうな顔で側頭部に手を当てる。


「待って。ちょっとコンビニで水買っていい?」

「……うん。俺もほしい」


 そう口にして、自分も無意識に頭に手を当てていたことに気づいた。


(もし詩月に会えても、嫌われないように気をつけないと)


 梨英は近くの狭い路地にコンビニを見つけて歩き出す。智章はその後ろについて行った。

 それは路地に入って少しした時のことだった。


「待って、この道知ってるかも」

「え、それって……」

「詩月の家、この先にあった!」


 急ぐ理由もないので、コンビニでそれぞれ水を買って、がぶ飲みをしてから再び歩き出す。水分も補給できて、少し意識もはっきりとしてきた。


「詩月に会えたら、ゲーム作りの手伝いを頼むんでしょ?」

「うん。詩月が力を貸してくれたら、絶対にまた最高のゲームが作れるはずなんだ」


 唐突に、心臓が高鳴ってくる。

 いよいよ詩月に会えるのかもしれない。大学の卒業以来、近況も分からなかった彼女と、やっと顔を合わせることができる。

 詩月と会えた時、きっともう一度時間が動き出す。まだ全員大学生だった、あの頃のように。


(詩月には、それだけの力があるはずなんだ)


 はやる気持ちを抑えながら、梨英の後ろをついていきながら詩月の家を目指す。2.3分ほど歩くと、とある大きなマンションの前で梨英は足を止めた。

 詩月は実家から通っていたはずで、そうなるとここは詩月の実家ということになる。


「ここ! ここの205!」

「場所は分からなかったのに、部屋の番号はちゃんと覚えてるんだ」

「まあね。あたしの住んでたアパートと、たまたま番号が同じだったんだよ」


 いよいよ詩月との再会が目の前に迫る実感があった。

 マンションのエントランスには全階の郵便受けが設置されている。恐る恐る近づいて、それから205の場所を探した。

 すべての郵便受けに苗字が載っているわけではなかったが、半分ほどは分かりやすくテープが貼ってある。

 まるで合格発表を見るような気持ちで、201・202・203……と視線をずらしていく。「山口」と書かれたテープを願った。

 そして――。


「進藤……?」


 そこにあったのは、「山口」という詩月の苗字からはかけ離れた、知らないふた文字だった。


「205が間違いってことは……」


 一縷の望みにかけて他の階も確認してみるが、どこにも「山口」という苗字は見当たらない。

 だってそもそも学生時代の話じゃないか。


「もう引っ越しちゃったのかな」

「まあ、5年近く前の話だしな。もともと引っ越しの多い家だって言ってたし」


 じっと、2人で205の郵便受けを見つめる。どれだけ見つめても、「進藤」という苗字が「山口」に変わることはない。


「とりあえず、帰るか」

「うん、そうだね。ずっといても怪しまれるし」


 どうすれば詩月と話ができるんだろう。LINEを送っても返事がないどころか既読もつかず、他に連絡の手段もなければ、直接会いに行くことも叶わなかった。

 マンションのエントランスを出て、再び駅へと歩く。


「詩月は、今どこにいるんだろうね」

「昔から分からないところも多かったしな」


 とりあえず、元気でいてくれたらいい。詩月は身体が弱く授業も休みがちだっただけに、体調だけが気がかりだった。

 しばらく歩いていると、梨英はふと真面目な声で言った。


「智章はさ、詩月がいなくてもゲーム作りは続けんの?」


 それはあまりにも重くのしかかる問いだった。

 ここまできて、きちんと完成させたい気持ちはありつつ、ファブリックの街を乗り越えたことで一つの達成感は味わってしまっていた。

 それと同時に、自分の中にある1つの気持ちにも気づいていた。


「作るなら、やっぱりあの5人がいい」


 こうして梨英と再びゲームを作ってみて、智章は改めて気づかされた。

「リゲイン メモリー クエスト」は、あの時の5人が揃って初めて完成させられるんだ。


「仮に誰が手伝ってくれなくても、お金を払えば外注だってできるけどさ、やっぱりそうじゃないんだよ」


 梨英はしばらくの間、智章の言葉をゆっくりと噛み砕くような間を置いた後、「そうだよな」とうなずいた。


「あたしも、智章以外の誰かに頼まれたって、今回曲を作ってなかったと思うし」


 ふと足を止めて、詩月が暮らしていたマンションを振り返る。もうそこに彼女はいない。

 もしもの話。詩月がいない状況のままゲームを完成させたとして、それはもはや大学時代に5人で作ろうとしたあの作品ではない。

 5人で力を合わせて1つの作品を作ることに、誰よりもこだわった詩月がいないなら、もはやこのまま作ることに意味は見つけられなかった。

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