この雪が積もってくれたらいいのにな
白黒灰色
前編
カーテンの隙間から窓の外を見てみると、音もなく雪が降り始めていた。
この辺りで雪が降るのは珍しい。今は期末テスト中で、恐らく雪に気が付いているのは私だけ。そう思うと少し得をした気分だった。
テスト終了まであと5分。空欄はすべて埋めたし手応えもある。今更見直しをする気にもなれず、私はぼんやりと空を見ることにした。
雪と一緒に何かインスピレーションが下りて来ないかなぁと思う。
好きとか、愛しているとか、そういった言葉は浮かんでくるが、地面に落ちた雪のように直ぐに消えてしまう。
物語でそういった場面を見るとドキドキはするのだが、なぜか自分が使うと、途端に嘘くさく思えてしまうのだ。
想いは募っても形にできずに消えてしまう。
今年の雪も積もりそうになかった。
やがてテストが終わり、答案用紙が後ろから回ってくる。振り向いて用紙を受け取った時、華と目が合った。
私が振り向くのを待っていたのだろう。お疲れ様と、そんな顔をしている。私は何も返せず、直ぐに前を向いた。
ああやって気持ちを簡単に伝えられる彼女が、私には羨ましく思えた。
テストが全て終わり、今日は半日で学校が終わる。
開放感でざわつく教室を出て、昇降口で靴を履き替える。雪にはしゃぐ他の生徒達を横目に、私は足早に校門を抜けた。
冷たい風が頬をなでるように通り抜ける。田舎町の平日の昼間はとても静かで、私に駆け寄ってくる足音にも直ぐに気が付いた。
「つっきー。やっと2人きりになれたね」
私の名前が月子だから『つっきー』。今のところ、私をそう呼ぶのは1人だけ。華は頬を少し赤くして、逃がさないようにと、私の腕を掴んだ。
「もう! 1人で先に帰ることないじゃない。やっとテストも終わったのに。そもそも私達、一応恋人でしょう」
華はわざとらしく頬を膨らませる。あざとい仕草が可愛かった。彼女はこういうキャラが似合っている。
「いや、それはそうだけど……隠れて付き合ってるって設定覚えてるよね?」
「つっきーは心配しすぎだよ。私達が教室で仲良くしてたって、そういう関係だってまず気付かれないよ。それに私、今日つっきーとデートがあるって言って、友達との誘い断っちゃったし」
自分で言いながら華は『デート』という言葉に反応して、嬉しそうに笑う。2人きりで遊びに行ったことは何度もあるが、この言葉は彼女にとって特別なようだった。
「何を言ってるのよ……そもそもデートといっても、私の家でゴロゴロするだけでしょ」
「でも『お家デート』って言葉もあるし、本当のことでしょう?」
確かに本当のことだし、女の子同士でデートと言っても、多分変な意味に捉えられることはないと思う。華は明るくノリの良い性格だし、敢えてそういう言い方をした方が安全なのかもしれなかった。
私達の関係は一応恋人だ。一応と付くのは、『ごっこ遊び』だからである。
ごっこ遊びだからこそ、役になりきろうと、お互いに余計に意識している面はあると思う。ごっことは分かっていても、恋人と思うとドキドキしてしまう。掴まれた手が気になる。華は指を絡めて、所謂『恋人繋ぎ』をしてきた。
「秘密っていうのはなんかドキドキするけど、結構寂しいんだよ。つっきーはそんな感じしない?」
華はノリノリだった。どこまでが素で、どこまでが演技なのか判断し辛い。私も似たように返せればいいのだが、中々難しかった。
どうせ演技なのだからと、つっかえていた気持ちを吐き出してしまえれば、楽になれるのだろうか? 私からしたら、寂しいというよりも苦しかった。
吐く息は白く、雪と同じように形にならずに消えてしまう。
代わりに、私も華の手をギュッと強く握り返した。
「ふふ……」
華は楽し気に笑うと、肩を私に押し当てる。歩きにくいし誰かに見られたらと思うと恥ずかしいのだが、嫌とも言えない。華もそれを分かってやっている。彼女からしたら、私と一緒なら何だって楽しいのかもしれない。
――それはきっと友達として。
だからごっこ遊びも引き受けてくれたのだ。
どんよりとした灰色の雲からはまだ雪が降り続けているが、やっぱり積もりそうな気配はない。
家に着くと、私達はコートに付いた雪を払って中に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます