第3話 ずっと聴いていたい君の音 <昼過>
布団を剥がす衣擦れの音。
布団をはがした彼女は驚いた様子で
「うわ、寝巻きまで汗でびしょびしょじゃん……」
ちょっと心配そうに、申し訳無さそうに
「ごめんね。全部着替えさせてあげたいけど、さすがに下着まで脱がすのは無理だから、今は汗を拭くだけで我慢してね」
息を呑む音がして、緊張した声で
「寝巻き、ぬ、脱がすよ。いいよね? 寝てるんだよね?」
上着のボタンを外していく音が聞こえる。慣れない手付きで一つずつゆっくり外していく。
なぜか吐息混じりでどこか興奮した様子の声で
「う、うわあ……寝てる人の服のボタンをはずしていくのってなんだかすっごくいけないことしてるみたいな気がするわあ……。っていけないことだよね実際。こんなとこ誰かに見られたら大変なことになるよね。でもこのままだと汗で気持ち悪いだろうし」
数秒の間。
「ねえ。ほんとうに寝てるんだろうね?」
不安そうに
「い、今更起きてたとかなしだからね……」
上着をはだけさせると、彼女は驚いた声で。でも段々と心配そうな声に変わりながら
「んしょ。わ。すごい汗。シャツがすけちゃってるし。それにカラダもすっごく熱い。……ほんとに熱があるんだね……」
少しの間のあと決心したように
「よ、よし。ふ。拭いていくよ」
でもすぐにヘタれた声で
「うぅ~でもいいのかなあ。あたし変態みたいになってないかなあ」
ボソボソと。
「大丈夫よね。だって、こんなに汗で濡れてるんだもん……拭いてあげないと体が冷えちゃってもっと悪くなるかもしれないし……」
ようやく決心した声で
「や、やるぞ」
体をタオルで拭いていく音。ゆっくりと、オドオドした感じで。
力むたびに彼女の吐息とかすかな声が漏れる。
「はあ、はあ。んしょ。ん。ん。んしょっと」
しばらく時間をかけて、腹部と胸部を拭いたようだ。
「つぎは右腕ね。意識がない人のカラダって……んしょ。重いんだね……」
右腕を拭いている音が聞こえてくる。手先から肩の方へと近づいてくる。
「よし、じゃあ次は左腕っと。ちょっと慣れてきたかも」
左腕も同じく拭いていく。
左肩まで拭き終わった後、数秒の間があいた。
つぶやくように
「上半身はおしまいね。……下は……さすがにやめておきましょう……やめなさいあたし。それはだめだよ。ほんとに変態になっちゃうからそれはだめ」
次はさらに音が耳に近づいてくる。
「首周りも……っと」
思ったよりかなりの重労働で、彼女の息はかなり上がった様子で
「髪も湿ってるね。お、おこしちゃったりしないかな。今起きられるとあたしが変なことしてるみたいになっちゃうよ」
頭を拭いてくれる音。ワシャワシャと容赦なく拭いてくれたようだ。
彼女のほうがすっきりしたような、若干疲れが見える声で
「よし、あとは頭の下にタオルを引いて。お、重いわね。何が入ってるんだろ。脳? 脳ってふわふわして軽そうなのに……なんでこんなに重いのよ」
頭を持ち上げられ、耳の後ろにタオルが敷かれる音がする。
ポタポタっと彼女の汗の水滴が彼の顔にかかる。
「んしょ、あっ! ……あたしの汗が顔にたれちゃった。ごめんね。って……これだけ汗かいてたらいっしょか」
顔にかかった水滴を拭く。
「ふう。はあ……これで少しはましになったでしょ……んしょ、んしょ」
ボタンを止めていく音。
最初の時よりは少しだけ手際よく止め、そして布団を被せる音がして、ようやく一息つく。
すぐにまた不安モードに突入。さらに段々と早口になる。
「うう、ほんとに良かったのかな。今更恥ずかしくなってきちゃったよ。……これ、もしかしなくても完全にセクハラだよね。あたし、もしかしてかなりやばいことしたんじゃないの? あとから訴えられたりする? 慰謝料請求とかされるのかな。貯金で足りるかな慰謝料……」
彼女の呼吸音が間近で聞こえる。
無言で彼の様子をうかがっている。
とても、優しい声で
「でも……うん。なんとなく楽になった顔してるね」
さらに優しい声で。彼には聞こえていないのに彼を大切に思う気持ちが溢れたような声で
「頭のやつ取り替えてあげるね」
すこし、声が震えながら。
泣いている訳では無いが、安心した様子で
「寝息が静かになってきた。よかった。薬が効いてきたのかな」
力の抜けた、ちょっと低い、いつもの声に戻って
「はーつっかれたあー! てか、あたしも汗だくになっちゃったし。それに喉乾いちゃった」
また豪快に喉を鳴らして水を飲む音。
気持ちよさそうな声で
「あーおいし。ただの水なのにすっごい美味しいっ」
はっきりとした口調で。
「ひとまず大丈夫そうだね。あたしも汗かいたし、いったん部屋にもどってこようかな。ちゃんと寝ててね」
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