ずっと聴いていたい君の音

ひみこ

第1話 ずっと聴いていたい君の音 <朝>

 朝。


 トントンとドアを叩く音。

 ドアがきしんで開く音と同時に「彼女」の声が部屋の入口から聞こえる。

 かなり遠慮した、どこか怯えたような声


「お、おじゃましまぁす……」


 部屋の様子をうかがうような一瞬の間のあと彼女の足音が近づいてくる。

 一人暮らしのワンルームにあるものはテーブルと机、本棚とクローゼットにベッド。あとは少々のゴミ。


 本気で怒っているとまではいかないが威勢のいい声で


「あー。やっぱりまだ寝てた。電話しても出ないし、もうとっくに集合時間過ぎてるんだよ!」


 『彼』の返事がないので彼女はさらに語気を強める。


「ほら、早く起きて。みんな待ってるんだから!」


『彼』は体を起こすが、すぐにベッドに再び倒れ込む。


 彼女が慌ててパタパタと近づいて


「ちょっと、大丈夫?」


 彼の様子を見て、続いて驚いた様子で


「あんた顔真っ赤じゃん!」


 彼の様子をうかがった後、心配そうな声で


「もしかして……調子悪いの?」

 

 彼は頷いた。


 彼女はかなり慌てた様子で


「ご、ごめん! 起きなくていいから! そ、そのまま寝てて。いいから! ほら、ふとんもちゃんと被って」


 彼女が布団をかける。


 オドオドした感じだけどそれを悟られないように強がった様子で


「ちょっと、お、おでこ、さわるよ……」


 驚いた声で


「すごい熱じゃない!」


 一瞬、彼女は何かを考える。

 間が空く。

 上ずった声で


「…………ちょ、ちょっと待ってて!」


 彼女はパタパタと部屋を出ていく。

 ドアの向こうから、ドア越しに電話をしている声が聞こえてくる。


「あ、もしもしあたし……うん……いたいた。寝てた。……いや、そうなんだけどこいつなんか熱があるみたいでさ……うん……無理そう……うん……うん……だからさ、一応あたし少し見ててあげようと思うんだ。……うん。ごめんね。だからみんなは先に行っててくれる? ……うん。いいよいいよ全然。気にしないで。楽しんできてよ……。うん。じゃあまた連絡するね」

 

 電話が終わり、ドアが開き、ゆっくりと足音が近づいてくる。

 彼は彼女に今日の集まりをキャンセルさせたことを謝る。

 彼女は吹っ切れたように元気な声で


「いいっていいってそんなの。それよりあたしちょっとコンビニいってくるから。病人は大人しく寝てなさいね。わかった?」


 足音が遠ざかり、部屋のドアが開閉され玄関の扉が締まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る