第7話 デイジー、弟子をとる

驚いて固まっているデイジーの肩でクロが舌打ちをした。

「そう来たか」


デイジーはハッとして「で、で、弟子ぃ!?」と声に出して驚いた。

「はい!弟子です!お願いします!」

ルーファスはハキハキと答える。もうそこはかとなく弟子モードだ。


「い、いや~、そんなわたし弟子とる身分じゃないですし…」

「ぜひデイジーさんがいいんです!」

グイと一歩寄せてくる。


「あっ!そうそう、それにおない年で弟子って変じゃないですか」

「それでもデイジーさんがいいんです!」

グイグイっとさらに寄せてくる。


デイジーは追い詰められ、家のドアにはりつけになった。

逃げ場がない。

顔がすぐ間近にあるのに、ルーファスは気にならないらしい。


まっすぐな少年に火が付くとこうなるのか!?おそろしい。昨日までのおとなしいルーファスはどこにいった?

そんな疑問を発する余裕もなく、デイジーは顔をそむけて逃げようとする。顔はすでに真っ赤だ。


だって、美少年の顔の圧ってすごい。

「わ、わかりました…」

「弟子にしてくれるってことですか!?」

「そうですぅ…」

デイジーは負けた。


「あーあ、またルーファスに負けてるよ」

クロがボソッと言った。ルーファスには聞こえていないようだ。

「やったー!」と無邪気に喜んでいたから。



「て、勢いで師匠になっちゃったわけだけど」

デイジーは紅茶を淹れてルーファスにふるまった。


今は家のなかだ。

昨日ポーちゃんを診たテーブルのうえにティーカップを置いた。

とりあえず、ルーファスを座らせて、自分もイスに座った。


「いったい師匠っていうのはなにをしたらいいのかな?お師匠さんに教えてくれるかな、弟子君。それが最初の修行だ」

「ノリノリじゃん」とクロ。

「ちがう。ヤケよ」とデイジー。


しかし、ルーファスは元気よく「はい!」と返事した。

「お店の経営を教えてください!ボク、アイスクリーム屋さんになるのが夢なんです!」

「ちょ、まてまてまてまて」


デイジーは思わず手を前にだして止めた。ツッコみどころが多い。

「え?なんですか?」

ルーファスは無邪気にきょとんとしている。


「デイジー、こういうときは慌てず一個ずつ整理していくんだ」

「そうね、クロ。アドバイス感謝するわ」

デイジーは自分を落ち着かせるためにも紅茶を一口すすった。


「え~と、まず、魔法使いの弟子じゃないんだ?」

「ええ、同系統の魔法使いなら師弟は意味ありますが、デイジーさんの魔法は残念なことにボクの魔法とはかけ離れていますから…。本当に残念です…」

ルーファスは心底残念だと思っているようだった。


「で、夢はアイスクリーム屋さんなの?」

「はい!」

「へ~」

夢が叶えば史上最強のアイスクリーム屋さんが誕生するだろう。


すくなくともデイジーの知っている未来では、ルーファスがアイスクリーム屋さんをやっているという話は聞いたことがなかった。

夢破れたのか、諦めたのか、変えたのか。


「ボク、氷系の魔法が使えまして。それを将来活かせればなと思ってるんです。アイス好きですし」

「可愛いなあ。ウチの弟子は可愛い!」

思わず声に出してしまう。

「師匠バカになるの速くない!?」

クロがすかさずツッコむ。


「ハッ!待てよ…!」

デイジーはなにかに気づいたようだ。


「よしっ!そういうことなら歓迎しよう!キミは今日からわたしの正式な弟子だ!オフィシャルデッシーだ!もう逃がさない!キミは一生わたしに刃向かうことは許されない!レッドドラゴンでもわたしがブルードラゴンといえばブルードラゴンだ!わかったな!?」

急にデイジーは勢いに任せてしゃべりちらした。


クロは怪訝な顔をしたが、純真な美少年であるルーファスはむしろ身を引き締めるかのように直立不動になって返事した。

「はい!お師匠さま!よろしくお願いいたします!」

「むっ!いい響きだな!もう一度お師匠さまをたのむ!」

「お師匠さま!」

「もう一度だ!」

「お師匠さま!」

「よし!満足だ!」

「なんなんだ…」

クロが呆れている。


「ルーファス君。いや、ルーファス、ちょっと耳をふさいでいたまえ」

「はい!」

「聞こえていないか?ルーファス?」

「え?なんですか?」

「聞こえているじゃないか。もっと奥までつっこみなさい」

「え?」

「こう、指をねじこむんだ」

デイジーはジェスチャーでもっと奥まで指をつっこむことを指示した。

ルーファスは素直に従った。


「う~ぬ、こんなマヌケなポージングでも可愛いとは…ルーファスはやはり恐ろしいやつだな、クロ」

「オレはお前が恐ろしいよ」

「いやん、ひかないで。ちがうのよ、クロの旦那」

デイジーはコソコソとクロに耳打ちした。これでも細心の注意を払う話題だ。気を使っている。


「なんじゃ?申してみよ」

クロも一応小声で話す。


「ルーファスをアイスクリーム屋にしちまえば、もしかしたら現れる脅威を消せるんじゃない?って思ったのよ」

「ふむ…なるほど」クロはいったん納得したもののツッコんだ。「ん?でもお前、暴力しないって誓ってなかった?それはお前、未来においては結局暴力沙汰になるってことか?デイジー、暴力ふるうんか?」


「ちがいますよ、旦那。そんなわけないじゃないですか。けど、未来は未定。予定は未定じゃないですか。本来は」

「まあ、そうだな」

「なのに、なぜかわたしは大体ルーファスに殺られちゃうわけですよ。まるで確定事項のように」

「そうだな。まるでお前の未来、そこでドン詰まりみたいだもんな」

「その詰まりを解消するのには、二段構えにしとくのが望ましいってことですよ、旦那」

「一段目は非暴力、二段目はラスボスをアイスクリーム屋にしちまうってことか?」

「そういうこと!」

「ふむ…」ルーファスは肉球を口元にやって考えた。「…いいかもしれないな」

「でしょでしょ!」


二人の悪巧みを前に、ルーファス少年は指を耳につっこんだまま目をぱちくりさせていた。

「よし!ルーファス!」

ルーファスは耳に指をつっこんだままなので聞こえていない。

「もういい。そう。もういいんだ。ありがとう」


ルーファスは耳に入れていた小指をちょっと気にしていた。

「ん?なんだ?」

「いや、あの…」

恥ずかしそうに言い淀んでいる。


「んん?なんだ?お師匠さまに言えないことでもあるのか?」

「いえ…そういうわけじゃ…」

「じゃあ、素直に申してみよ」


ルーファスはついに真っ赤になって白状した。

「その…耳垢が…」

どうやら小指の先に耳垢がついてしまったらしい。


「ん?そんなもの床に落としていいぞ?」

デイジーは内心美少年でも耳垢でるんだなあ、と生命の神秘を感じていた。

「え、いや…」

「いいから、落としなさい」


厳然と言うと、ルーファスはまるで罪なことを強制されるかのように背徳感に頬をそめて、指先をわずかにうごかした。

小さく、たおやかな指だった。

「…ゴクリ」


「ヘンタイ!現行犯!」

クロがついにデイジーの頭をぺチンと叩いた。さすがに見逃せなかったらしい。

「ち、ちがう…!わたしはやってない…!」

動揺もあらわにデイジーは言い訳したが、鼻息は荒いままだった。

「バカ野郎!弟子に手を出すなんて最低の所業だぞ!しかも弟子になってから数分でなんて世界記録でも狙ってんのか!?」

「そ、そんな最低な世界記録狙うわけないでしょ…!?」


デイジーとクロが言い争っている間も、ルーファスの顔はまだ赤いままだった。

けれど「ぷっ」と顔は赤いままにルーファスは噴き出した。


「お二方はとても仲がいいんですね!クロさん、よくわからないけど心配してくれてありがとうございます!やさしいんですね」


「お、おう」クロはまさか話しかけられるとは思っていなかったらしく、珍しく動揺していた。「ま、まあ、コイツがなんかしたらオレに言えよ?コイツはオレの下僕だからよ。ま、だから、オイラはお前の大師匠ってわけだな。シクヨロ」

後半はキャラブレブレになりながら、クロはルーファスに向かって二本爪を出して手をピッ!と振った。


「なにそれ!?」

デイジーが抗議するものの、ルーファスは一際元気よく「はい!」と返事していた。

「ちょ、ルーファス君!?」

こうして二人と一匹は新しい関係性をそれぞれ結んだのだった。

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