天使が織り成す神封じ

桜狼 殻

Chapter of Stolen Qualities

第1話 Second Coming of the King

 ―――古都・奈良は閑静で良い所だ。



 昔、この地は大きな戦いがあったらしいが、現在は昔の姿を取り戻し極めて平和そのものだ。


 それと言うのも、古来より秘密裏に存在する統括防衛組織【やしろ】が表社会、裏社会をサポートしているからだ。

 そして、それはにも及ぶ。



 そんな教科書に載る様なごく普通の事も、一般現役中学生の私には何一つ縁がない話だ。

 いや、うちのママ達にはあるけどね。


 ママ達は昔【やしろ】の冒険者インターセプターとして仲間と五人で世界を旅し、相当な修羅場を越えて来たらしい。

 現在は後進に仕事を任せてはいるが、その腕前は宛にされており、たまに緊急依頼を受けては異世界アナザーバースへ出掛けている。

 私は物騒な世界を旅する位なら、部屋やカフェで本を読むのが好きな性分なので異世界にそれ程興味はない。

 異世界書物には多少興味があるけど…


 でもママ達は命懸けのお仕事の分、荒稼ぎ…もとい高給待遇されている様で奈良市の奈良町と言われる古風な区画に和風デザインハウス兼カフェを建築し結婚、現在に至る。


これは、世界がちょっとばかり平和になった後の物語だ。




月詠つくよみおはよー!ちゃんと歯磨いた?」

「おはよ!もうご飯出来てるにゃ!」

「ママ、お早よう…」


 私の名前は鹿鳴月詠ろくめいつくよみ

 十四歳、中学二年生。

 青髪サラサラロングヘアが自慢の自称美人。

 成績は良い方なのにアホ毛があるのは納得していない。


 ママは黒髪ロングヘアの鹿鳴月花ろくめいつきか、青髪ボブヘアの鹿鳴式部ろくめいしきぶと二人いる。

 この世界に突如として発現した『スキル』。

 弱き者に強さを与える細やかな物から、強大な力まで…

 …それこそ同性同士でも子供も授かれる様になった昨今、そんなに驚く事ではないが…このママ達、どっちのお腹から生まれたのか教えてくれない!!!



「もう私十四歳なんだし、そろそろどちらのお腹から生まれたのか教えてよー」

「ふふふ…さーて!」

「どっちのお腹からでしょーか!?♪」

「二人の特徴を受け継いでるから二人の子供ってのは分かるけど…お風呂で見ても分かんないし」

「ちょ!ママのどの部分に注目してるかっ!////」

「白状したらもう注目しないわよー」


「式部…月詠が反抗期に入った…」

「月花はすーぐ溺愛するから避けられてるんじゃないかにゃ?♪」

「だって!うちの子めっちゃ可愛いもん!うちのママが私にベタベタしてたの今めっちゃ分かるもん!」

「取り敢えずご飯の時位ハグは止めて上げるにゃ♪」

 喉に御飯が詰まるかと思った!



「行ってきまーす!」

 毎朝の騒がしい朝食を終え、ようやく登校の為に家を出る。

 しかし、恥ずかしいから直接言わないけどママ達が私の親で良かった。


 普通の学生生活を普通に満喫出来て、大好きな本も沢山読めるし、自由に育ててくれている。

 二人共出掛けてる間に家を探索すると、秘密の部屋や引き出しが多いので探せば探すだけ家が謎だらけなのも面白い!

 もしかして私に発見されるのを想定してからくり屋敷っぽい家にしたのかも知れない。



 中学校に到着し、クラスの一番窓際の一番後ろの所謂主人公席に座ると、横の席の友達も登校して来た。


「月詠おはよー!」

舞衣まいおはよー」

 この子は菖蒲池舞衣あやめいけまい、中学に上がってから友達になった黒髪ポニテの可愛らしい子だ。


「昨日ニュース見た?」

「ああ、奈良市内に国際的犯罪組織の強盗が潜伏してるかもって奴でしょ?警察も血眼でパトロールしてるし世の中物騒よねー!」

「本当に…出たらスリッパで殴ってやる」

「命と引き換えにスリッパで殴りに行くのは駄目―――!」

「スリッパに渾身の殺意を込めれば…」

「いやいや、スリッパに拘らず危ないから出くわしたら逃げよ!ね?あらコロちゃん今日も可愛いでちねー!」

「にに!」


 私の肩に乗っているこの子猫はうちの家族の一人、白猫のコロちゃん。

 子猫だから頭や肩の上で丸まるとお供え物のお餅か盛り塩にしか見えないし殆ど誰も気付かない。

 認識阻害でも掛かっているのだろうか?

 成長もしないし猫っぽくないとこも多少はあるけど、ママ達いわくコロちゃんはハイパーウルトラキャットなのだと豪語している。

 ちょっと何言ってるか分からない。



 その時!

 開いていた窓から、野球のボールが舞衣に目掛けて飛び込んで来た!

「いっ!!」

 舞衣が身構えるが、寸前でボールは止まっている。

 私の掌の中で。

「ちょ!月詠!怪我は!?」

「大丈夫よ、ボール持ってて」

 騒ぎにざわついている教室の隅に置いてあるメガホンを持ち、スイッチを入れる。



 キュ―――ン!


「あーあー!…犯人に告ぐ。只今のボールは傷害致死未遂です。証拠の指紋付きボールは警察に多少の圧力を掛けて提出しますので、逮捕された上にあらぬ余罪で長い勾留期間をなすられたくなければ、監督含め部員全員二分以内に謝罪に来なさい」


「はーい、席つきやー!ホームルーム始めるさかい!鹿鳴も座り!野球部員達がビビって全速力で向かってるからメガホン置いて!」

 京都弁丸出しの担任の先生が場の空気を授業モードに変える。

 よし、野球部が廊下に一列に並んで舞衣に謝ったので授業に集中しよう。




 今日は私の推し作家の小説の続刊発売日だから、放課後は真っ直ぐ本屋におもむいて何が何でもゲットし、美味しいお菓子を買って帰って、無糖炭酸と一緒に活字を飲み干そう。

 電子書籍は何か味気なく、新刊の香りとページをめくる時の鼓動が堪らなく好きなのです。


「鹿鳴ー!ラムネ噛んでる音聞こえてるでー」

「失礼しました、結婚してよーなったあん先生」

「流行りの変な食べ物屋みたいな言い方しなーい!結婚はええで…何か月経っても毎日幸せやで…」

「あ、うちのママ達が今度、先生の名字変わったのを盛大にいじりに来るって言ってましたが?」

「それ、来る日教えてな?警備員を盛りに盛っておくさかい!」


 有栖川庵ありすがわあん先生によると授業中にお菓子を食べたり、こっそり爆睡するのは同い年の時のママ達とそっくりらしい。

 ママ達はどうか分からないが、私は庵先生のツッコミが面白いからわざとやっているんだけど、ママ達もそうだったのだろうか…?

 いや、絶対に食欲と睡眠欲に負けていたな。



 何事もなく放課後を迎え、学校を後にする。

 部活に入れと先生から口酸っぱく言われているが、スポーツ系も文化系も興味が出ない部活ばかりだったので入っていない。

 ペタンク部やエクストリームアイロニング部というレアな部もあるが、部員が少なくて現在は廃部寸前状態らしい。


 奈良駅前の小さな本屋へ行き、お目当ての小説の新刊をゲット!

 今日の私、勝ち組!

 あとはスイーツだが…遠回りだけど、親戚のケーキ屋に行っちゃおうかな。

 奈良町の外れにある小さなお店だが、天才パティシエとうたわれたひいおじいちゃんの後を叔母の小花こはなさんが受け継いでいる。


「いらっしゃ…あら月詠じゃない」

「小花さん今日こんにちは!好きな小説の新刊が出たから美味しいケーキも一緒に食べたくなっちゃって…」

「そう、良い事ね。いくつか持って帰りなさい」

「いつもすみません」

「いいのよ、月詠は式部と月花の子なのに落ち着き方が少し私に似てるのかしら?血は争えないわね」

「ふふ、本当ですね!」


「はい、こっちが月詠の分。長細いのは私が暇潰しに精巧に作ったゾンビの腕型ケーキだからあの二人に無言で渡してね」

「月花ママが驚愕する顔が目に浮かびます!」




 帰ったら幸せなひと時が待ってる…


 続刊の小説も良いのだけど、ジャケット買いならぬ表紙買いして面白い小説に当たった時の感動は何物にも代えがたい。

 人に絶対に見られないならスキップしたい位だ。

 そんな妄想をしていると自宅に着いた。



「ただい…」


  『―――待て、その先は危難きなんだ』


「……誰?」

 頭の中で突然声がする。

 落ち着いた女性の声だ。


  『誰でもない。刹那の奇跡の様なものだ』


「最近の奇跡は安売り中なんですか?」


  『残念ながら現在ウルトラタイムセール中だ。その先から連なるは尋常ならざる修羅の道。その道を歩む覚悟があるなら、貴女の力を引き出そう』


「キセキさん…例え危難きなんだと理解していても、私は進む…覚悟なんて、幼い頃からとっくに出来ていた!」




 …ドアの鍵が開いている。

 ドアをそっと開けると靴が揃っておらず、庭の土と草が廊下に何本か落ちている。

 うっすらだが土足の後と血痕も残っている!

 庭から潜入した何者かが家にいる…

 血痕はママのどちらかの…?


 靴を静かに脱いで、廊下の隅に鞄とケーキを置く。

 フローリングだから靴下の摺足は静かで有り難い。

 小さい頃、悪い事した時はいつもこの歩き方をしてたのを思い出す。

 一階のリビングから話し声が聞こえるので気取られぬ様に近付く。




「……まぁ、そういう事だ。その弾を撃たれるとパッシブスキル、アクティブスキル及び固有アビリティが封印される。アナザーバースで名の知れたお前らでも撃ち込まれたらもう何も出来ねぇよ。初見でかわさずアビリティで受けた時点で俺の勝ちは決まっていた」

 物陰から覗くと、運送会社の服を着た男がテーブルに座っており、月花ママが脚を撃たれ、式部ママが腹部と足を撃たれて出血し苦しそうに倒れている!



「くっ…欲しい物は総てくれてやるが、相方は助けろ!」

「まず先にお前の『刀』をよこせ。次に金だ。早くしないと膵臓すいぞうを撃たれた相方が失血死するぞ?」



 月花ママは、撃たれて出血している足を引き摺りながら、ウォークインクローゼットから布に包まれた長い物を差し出す。

 刀…何あれは…?

 男が布をほどくと、洋と和どちらにも見える美しい腰振の刀が姿を現す。

 男は嬉しそうに刀を抜いてみせた。

「ほぉ、これが噂に名高い『神器じんき』か…すげー力があるそうじゃねぇか!」

 キンッ!と音を立てて刀を抜き、男が月花ママに切っ先を向けた!

 まずい!ママ達が殺される!



「待ちなさい」

 三人の前に静かに出ていく。

「月詠!」

「……月詠…早く逃げなさい!」

「やめて……この子は戦った事も無い普通の子なの…」

「は!試し切りは健康な方がいいわなぁ?」

 男が刀を手に立ち上がり、私に刀が振り下ろされる!

「やめて――――――!!!」



   『戦闘経験値上昇』

   『状況判断能力上昇』

   『固有アビリティ硬度補正』 



 ママの悲鳴が響くが、宙に生み出された青白い結晶で刀は難なく止まった。



 結晶術。

 鹿鳴の家系が受け継ぐアビリティで、青白く光る結晶を生み出し自在に操る事が出来る攻防一体の技だ。

 男が何回も力任せに刀を振り下ろすが、刀の軌道上に結晶を生み出し全て弾き返す!


「クソガキ!お前も異能を受け継いでいやがったか!」

 二人がやられたピストルだ!

 そんな鈍重どんじゅうなら!

 拳銃の引き金よりも神速に、次元の狭間より取り出した『刀』の抜刀術で拳銃の銃口から男の肩口まで真っ二つにした。


「な…ぎゃぃああああああがあっ!!!」

 右手が銃ごとコンパスの様に両断され男は悲鳴を上げるが、事前に掛けておいたと思しきスキルで移動し、窓ガラスを突き破り庭の方へ逃げていく!


 逃すものか!


 だが、その前に…

女神の息吹ブレス・オブ・ゴッデス二連ダブル

 取り急ぎママ達の傷を全回復させる!




 その後、私も男を追って庭へ出ると、男が庭の逆サイドで右手を回復させていた。

 うちの庭はちょっとした戦闘訓練が出来る様に広く作られ、周囲も頑丈な塀とスキルによる保護で堅固に作られている。

 つまり、行き止まりデッドエンド


「やってくれたなぁクソガキ!貴様ら全員を殺さないと今夜は胸糞悪くて眠れねぇ」

『過ぎてかえらぬ不幸を悔やむのは、さらに不幸を招く近道だ』

「あ?」

「シェイクスピアも知らないなんて、無知蒙昧むちもうまいな人…」

「舐めやがって!殺す!!!」


 スキルで氷の氷柱を大量に飛ばして来たが、私が左腕を横に広げると、左の背中から結晶術による青く光る大きい羽根が生み出され氷柱を全て防御する。


名も無き封印ネームレス・シール解除リリース

 眼が紅く光り、全身に闘気を纏い、攻撃力と防御力が極端に跳ね上がる!

「月詠…封印解除とか…何で知ってるの!?」

 回復スキルが効いて傷が癒えた様で、二人共心配して庭に見に来た。


 悪あがきか、男が間合いを詰めて左手の刀を私に振り下ろすが、光の片翼で防御して粉々に粉砕する!

 すかさず潜んでいたコロちゃんが男の頭に飛びつき攻撃する

 その隙に刀を握っていた男の左手を斬り落とした!


「があああ痛ぇぇぇっ!悪がった!!出ていく!出ていくから!」

「…出て行くから見逃せ?私がそんな事を誓約せいやくをしたか?いな!弱き者よ、汝の名は敗者なり!」


   『視斬みきりの魔眼まがん発動』


「すみまぜ!ゆるじでぐだ……さ…凍結!!」

陽光の反射サンライト・リフレクス!」

 男が不意打ちで出した凍結スキルを一瞬で見切り、反射スキルで男に返し秒で凍結した。

 当分溶けはしないだろうからこれで一段落だ。



 ママ達の失血も収まり、三人でハグして無事を確かめ合う。

 勿論、警察と救急車も呼んだ。



「戦闘も結晶術も、まともに教えて来なかったのに凄いじゃない月詠!」

「次元の狭間にある【名も無き刀】を何故取り出せたにゃ?」


「私は…いつかこんな日が訪れるんじゃないかと思っていた。遥か将来、ママ達を守る日が。刀は小さい頃、月花ママが使ってない時に試したら取り出せたから、隠れて一通り練習をしていたの。結晶術は二人がよく使ってたからこれもひっそり練習していたの。ママ達を守る為にしていた訓練がこんなに早く結実して良かったけど…二人ともまだスキルは使えないの?」


「……駄目だね。結晶も出てこない」

「簡単な回復スキルも使えないにゃ…」

「じゃ病院で精密検査してもらいましょ。銃とこの氷漬けの男も警察に引き渡す。ところで、あのは何?さっき見た時、目を疑ったわ…」

「いやー月詠が見つけて興味を持ったら、やっぱり稽古つけてあげようかなーって…えへへー」

 月花ママが照れ臭そうに笑った。


「幼少期に見様見真似で次元の狭間から刀を取り出す…駒鳥鵙こまどりの家系の天才っぷりが出てるにゃー♪」

「いやいや、あの結晶の美しさと刀裁きは鹿鳴ろくめいの血とセンスじゃないかなー?」

「はいはい夫婦で張り合わないっ!」


 封印を施して次元の狭間に再び刀を収納した。

 一部の神器と呼ばれる武器は、その威力の大きさ故に次元の狭間に収納されており、いつでも何処でも取り出せるという利便性を持っているが所有者以外が取り出せる事はほぼ無い。




 五分もすると警察と救急車が到着したので、犯人と銃を引き渡し解析してもらう間に、ママ達を御用達の病院で精密検査してもらう。


 病室は二人部屋にしてもらって、ゾンビ腕ケーキを病室で皆で食べたが、案の定怖がりの月花ママはケーキの精密さにドン引きしていた。





 ―――翌日

 比較的早く警察から電話があり、銃弾の成分は未知の成分が使われているとの事。

 銃その物にもスキル無効やアビリティ無効が付いており、どんなベテランでも油断して撃たれ、無効化されてしまうそうだ…

 昼間話していた国際的犯罪組織の常套手段じょうとうしゅだんらしく被害が広がっているらしい。

 警察も、男が口を割らず入手ルートを特定出来ていないらしい。



「…ママ…私、アナザーバースへ行ってくるね」

「月詠!危険だからやめなさい!」

「私達は月詠が危ない事に関わらない様に、敢えて何も教えて来なかった…経験値がないから余計にリスクは高いにゃ!」

「……ママ達を見て育ったのよ?…出来ない訳ないじゃない!」

 照れ隠しに笑うとママ達が感動して泣き出してしまった!

 もー親バカなんだからー!



 病院を出て【社】に電話し、ママ達への警護依頼をする。

 何も使えないママ達は今や一般人と同じなのだから。

 ついでに自宅のセキュリティレベルの引き上げと、アナザーバースでの身分証明証もお願いした。


 ふと気になる…というか忘れていた。

「キセキさん?」


   『本日の営業は、終了させて頂き…』


「タイムセールを終えるなっ!あの…有難う御座います」


   『殆ど何もしていない。母を護りたいという貴女の努力が結実けつじつしただけだ』


「それでも奇跡の価値は安くない…本当に有難う御座いました」

 だが、キセキさんはもう返答してこなかった。



 賑やかなママ達が居ないのが寂しいが入院して手厚く看護されているし、私は一旦帰宅した。

 男が暴れた場所を掃除して、血だらけのマットは処分する為に玄関へ。

 ガラスは箒で履いて纏め、破れた窓ガラスは結晶障壁を張って応急処置をした。

 その後コロちゃんとコンビニのご飯を食べて、今日は少し疲れたので小説を読まないでしっかり寝た。





 ―――翌朝…御飯、味噌汁、漬物という簡素な朝食を作って食べる。

 ポストに届いた身分証明証を受取った跡、病院からの着信があったので不安になりすぐコールバックした。


「もしもし、鹿鳴です」

『お早う御座います、【社】直属の看護師です。鹿鳴様…お二人は家に戻られてますか?』

「……え?少し待って下さい」

 走って家の中を探索するが帰ってきた形跡は無かった。


「自宅には居ないですね…病室に居ないんですか?」

『……申し上げにくいのですが、今朝方体温を測りに病室へ伺うとお二人共いらっしゃらないのでもしかしたら…と思い、電話を差し上げた次第です。警備も気付かなかった様で…』


 引き続き捜索のお願いと、警察にも不明届を提出した。

 怪我は治したがあのままだと誰かに狙われるかも知れない。



 兎に角、薬はいずれ必要なのだかららママ達が見つかるまでに調べておかないと!


 そう思いリビングに移動すると…


   『―――ロスト・プロトコル起動』


 そういう声と共に、ウォークインクローゼットから音がした。

 中を見ると奥の壁が開き、もう一つウォークインクローゼットが現れる。 


 灯りが自動点灯したので中を見ると、冒険で得た物と思われるアーティファクトや武器が並んでいたが、一つだけ明かりが明滅めいめつしている物がある。

 結晶だ。

 私達の血族が使える結晶術…でも色が違う…

 何かのメッセージなのだろうが、今は分からないのでとりあえず胸ポケットにしまっておいた。





 元気をつける為に小花さんのケーキを一つだけ食べて、動きやすい服に着替えてから地下に向かう。

 厳重な扉を開くと、秘密基地の様な大きな部屋に出る。

 ロッカーが五つに救護用ベッド、救急箱、非常食や装備品の備蓄棚、そしてアナザーバースへの転送装置が五台並んでいる。



 奥にも扉があるが、鍵がかかっていて一度も開いたとこを見た事が無いので未だに中を知らない。


 ロッカーを開けると使い込んだ防弾・防刃のコートにコンパクトなバックパック、セーフティブーツが綺麗に収められていた。

 これはきっと胸が小さいから月花ママのだろう。

 防弾・防刃コートは癖が付いてる方が着やすいので借りる事にした。

 一式借りて、コロちゃんを懐に入れて、転送装置に入る。


 地球の裏に数多あまたある、数列の星界アナザーバース。

 そんな数多の世界の中、アナザーバースの大半はファンタジー世界『カムドアース』で埋められつつある。

そのカムドアースへの橋渡しをしてくれるのがこの転送装置なのだ。


「ダイヴ・イン」





 降り立った地はカムドアース。

 人はここを剣と魔法の世界と呼ぶ。

 周囲は現実と同じ朝の様だ。

 空気が澄んでいて、静かだ。

 微かに聞こえる鳥の声が心地良く耳に届く。

 こんな環境なら小説を読むのが捗りそうだ。


 回りは森ばかりだが、山が二つ双子の様にそびえ立っているのと、すぐ横に高い塀の街らしきものが見えたので、まずそちらに行く。


「あの、すみません」

 門番の男性に話しかけてみる。

「はい、どうかされましたか?」

 言葉は通じる様だ。


「アクラドシアという街はどう行けばいいですか?」

「ああ、それなら…歩くならこの森沿いに北に進むか、飛行スキルがあるなら北の双子山の右側を通って北に進めば見えてきます。周囲に湖がある街だからすぐ分かるよ」

「分かりました、有難う御座います!」 



「おい!待て。アクラドシア行くのかい?」

 十人位のガラの悪い男達が近寄ってきた。

「行きますけど?」

「あそこは俺達の縄張りなんだ…通行料貰わねぇとな?」

 手を胸元に伸ばそうとしたので…


われれいする…ひざまずけ!!」

 威圧・遵守スキル・王狼の魔眼キングアイを最大限に掛ける。

 全員膝をついて、半分位は威圧感に負けて白目剥き倒れてしまった。


 名もなき刀を次元の狭間から取り出し、抜き放つ。

「我は…【孤立アイソレーター】!先代王の後継にして、鋼の意志を受け継ぐ者なり!」

 腰を抜かしながら何人か逃げ出した!


 さっきの門番に「残っているのを牢屋に入れてあげてください」と伝えると敬礼してくれたのであとは任せ、飛行結晶を足裏に付けて一気に飛び立つ!



 こうして、私の最初の旅は波乱の幕開けからスタートした。


 しかし、私を助けてくれたあの声…キセキさんとは何だったのだろう…



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