第16話 片道切符の提案

月水博士は谷先生を呼び出した。


谷先生を自身の研究に使う事で、

彼女が家族や仲間達と過ごした思い出のある幻想の世界に戻れるというのだ。


しかし、それは一度きりのチャンスだった。

月水は彼女に真剣な表情で説明した。


「自身の本当の姿を知ってしまった君の脳波は今、大気くんと共鳴しているんだ。

 それは非常に稀な現象でね、

このままでは君の精神が崩壊する危険がある。

 

 だけど、その共鳴を利用すれば、

君が今まで生活してきた日常の世界に戻すことができるんだ。

僕はその方法を知っている」


彼女は信じられないと思った。

自分の願いが叶うというのに、

なぜ迷うのだろうか。


谷先生は月水に尋ねた。

「でも、

どうしてうちだけがそんなことができるんや?他人にも同じことができるんやないか?」


谷先生は首を振った。

「いいや、君は特別なんだ。

人工知能化された君の脳波が必ず必要で、

他の人のでは無理だ」


彼女は涙がこぼれそうになった。


彼女は自分の幻想の世界に深い愛着を持っていた。


それは彼女の心の支えだった。


でも、それを手に入れる代償として、

現実の世界を捨てることができるだろうか。



彼女は月水博士に見つめられていることに気づいた。


「僕は君に強制しないよ。

これは君自身の選択だからね。


だけど、時間はないんだ。

大変酷な事を言って申し訳ないけど

今夜中には決めてもらわなければならない。


もし、君が幻想の平和な日常に戻ることを決めたら、僕に連絡してくれ。

これから君を家まで送るよ」


月水博士はそう言って立ち上がった。

彼女は月水博士を引き止めようとしたが、

言葉が出なかった。

月水博士はドアを開けると、

そのまま車を手配しに部屋を出て行った。



谷先生は一人部屋に残された。


幾度となく込み上げる抑えきれない想いから、

彼女の顔は涙で真っ赤になっていた。

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