経済崩壊!悪役令嬢の逆襲。

舞黒武太

反乱により落命

 その日は雷雨だった。大雨で外の音はよく聞こえない。私は好きな本を読んで過ごしていた。時より稲妻が薄暗い部屋を明るく照らす。

それにしても酷い雨だ。庭は大丈夫だろうか。私はふと窓の外を見る。だが、外は暗く庭の様子はよくわからない。

雨はいつ止むのだろうか。私は屋敷の外を眺める。

私は少し違和感を感じた。何か黒いものが蠢いている。木か何かが強風に煽られているのだろうか。いや、あそこに木など生えていなかった。

稲妻が暗闇を引き裂く。稲光に照らされた私の顔は恐怖に打ち震えていた。


「お父様!大変!」私は急いで階段を駆け降りる。

「どうしたミーナ?雷が怖いのか?」父親が不思議そうに振り向く。父は優しい人だ。だが鈍感な男だった。

「外!外っ!」私は息を切らしながら屋敷の外を指差す。

「庭ならまた庭師に直させるから大丈夫よ。」母が優しく微笑む。

違う。違う!そうじゃないのだ。なんでもいいから早く外へ。私はなんとか呼吸を整える。


バタンと広間の戸が空きずぶ濡れの守衛が転がり込んでくる。

赤いフカフカの絨毯に雨水が滴る。

父や母、兄妹は唖然とする。


「どうした?!」ただならぬ様子に鈍感な父も声を荒らげる。

「反乱です!民衆が反乱を!」守衛はそこまで叫ぶと激しく咳き込む。

「反乱?」父は状況が飲み込めていない。

「民衆が、領主と話をさせろと…屋敷を取り囲んでおります!」守衛の言葉と共に稲光が広間を明るく照らす。


ドシャーンと沈黙の中に雷鳴が轟いた。


・・・・・・・・


そこから先のことは覚えていない。おそらく交渉は決裂したのだろう。民衆は守衛や使用人を薙ぎ倒し私たち家族を取り囲み散々に暴力を振るった。そしてそのまま屋敷から引き摺り出され大雨の中吊るされた。


守衛が喚き散らすが大男に斧で頭をかち割られ沈黙する。斧を引き抜かれ吹き出した血と雨水と泥が混じりそれが私の庭に流れ込む。

母はすでに事切れているのか力無くぶら下がる。

父は意識がまだ意識があるのかただ私たちの方を見る目は光を反射している。しかしピクリとも動かない。父が本当に生きているのか、そして何を考えているのかもわからない。

二人の妹はどこかに連れて行かれた。弟は体が小さかったこともあり吊るされる前に死んでしまった。

私はなんとか見える片目で周りを見る。私も出血が酷い。視界がどんどん狭まっていく。


(庭がかなり荒れてしまっている。明日庭師に頼まないとな。)


私が最期に考えたことはこんなつまらないことだった。




目が覚める。

辺りを見回す。見慣れた自室だった。助けられたのか?援軍が来たのか?

だとしたら家族は?妹たちは?父は?私は急いでベッドから這い出る。

そして私は部屋から出ようとして気付く。

潰れたはずの片目がある。おかしい。私はひどく殴られたはずだ。それなのに傷がない。長い間寝ていれば傷は癒えるかもしれないが、潰れた目が癒えることはない。


私は急いで部屋を出ていつも家族が集まっていた広間へ急ぐ。

途中守衛が少し驚きながらも会釈する。私は立ち止まって守衛を眺める。

「ど、どうしました?服装が乱れて…え?」守衛は動揺している。だが、動揺しているのは守衛だけではない。

この守衛は確か頭をかち割られて息絶えたはず。


「どうしました?」掃除用具をちんどん屋のように抱えた使用人の女性が不思議そうに尋ねる。

この使用人も連れ去られそうになる妹を庇おうとして滅多刺しにされ殺されたはず。


私は何が何だかわからず二人を押し除けると広間へ急ぐ。


「ええ?」使用人は不思議そうに唸る。

「まあ、年頃の女性なので色々あるんでしょう。」守衛は散らばった掃除用具を拾いながら言う。

「そうなんですかね?あ、ありがとうございます。」使用人は守衛から掃除用具を受け取った。



「お父様!」私はそう叫んで大広間の重い扉を押し開ける。

「み、ミーナ?どうした?」父は唖然とする。

母も首を傾げる。


・・・・・・・・・・・


「そうかそうか。怖い夢を見たのだな。でも大丈夫だ。父さんがついているぞ。」父は私を優しく撫でる。

「そうよ。ミーナは頑張りすぎなの。ゆっくり休みなさい。」母は優しく言ってくれた。

妹二人も弟も無事だった。屋敷も無事だ。民衆も大人しいものだ。

きっと疲れているのだ。すこし庭の手入れをしてから休もう。私は息を整え庭へ出た。



「ミーナお嬢様、おはようございます。今日はお早いですね。」庭師のランスが声をかけてくる。

「あら、ランスさんおはようございます。今日はちょっと早く目が覚めてしまったので。」私は返事をする。

「それは良いことです。早起きは三文の徳と言いますからね。」ランスは優しく言う。

ランスはこの家の庭師だ。華奢で整った顔立ちの青年で、植物に詳しい。庭師なので当然なのだが。

二年前彼が新人としてこの家に来た頃、私をこの家の令嬢とは知らずに三時間私に植物のうんちくを垂れ流し多方面から大目玉を喰らった。しかし、不覚にも私は植物に関心を持ってしまい、自分用の小さな庭を作り植物を育てている。

ランスも私の庭の手入れを手伝ったりアドバイスをくれた。おかげで当初は軍人の兄から戦場と評された私の庭も普通の綺麗な庭となった。

だが、当然私はこの家の令嬢だ。大きな家に嫁いでますますの家の発展に努めなければならない。こんな一介の庭師に密かに思いを馳せているなどということはない。断じてだ。


「へえ、悪夢ですか。」ランスは考え込む。

「酷い夢だった。」私はため息をつく。

「その悪夢の中で私はどうなりましたか?」ランスはにこやかに尋ねる。

「わからない。でもあなたはいなかった。」私は答える。

「そうですか。」ランスは考え込む。


ランスはやおら立ち上がると私にプランターを渡す。

「とりあえず、花の香りで心を落ち着けましょう。私から言えるのはこれだけです。」ランスは微笑む。

私は顔を伏せてプランターを受け取る。

「まあいいわ。植えましょ。」


二人で花を植える。

「それで、世話をしやすいように今日の日付を書かないといけないのよね。」私はそう言ってノートを取り出す。

「はい。」ランスは頷く。

「えっと、今日は何日だったかしら?」私はランスに尋ねる。


ランスの口から出た日付に私は固まる。

「去年?」私は一瞬呼吸を忘れる。

「どうかしました?」ランスは私の顔を覗き込む。


私は急いで辺りを見回す。たしかに、最近植えたはずの花がないし去年植えて今年は植えていない花もある。それに、この庭のレイアウトは兄が「庭っぽくなったな。」と褒めてくれた時のレイアウトだ。間違いない。

「え?去年?なんで?」私の呼吸は荒くなる。

「お嬢様?」ランスが不思議そうにこちらを見る。

「だって、昨日は。昨日の晩は…」そのまま私の意識はブラックアウトする。


「お嬢様!大丈夫ですか?…やれやれ、参ったな。」ランスは倒れた私を抱き抱えながら苦笑いした。



・・・・・・・・・・


三日後、私は今が殺された日の一年前であることを理解した。身の回りで既視感のあることが立て続けに起こった。

弟が投げたおもちゃが壁にかかった絵画に当たり額縁がかけてしまった。使用人とランスが面倒臭そうに額縁を修理した。これは一年前に見た。

使用人が掃除中に父のお気に入りの壺を割ってしまい。父は使用人を叱責したりはしなかったが、その日は自室でずっとうなだれていた。これも覚えている。

父は優しい人なので使用人相手にもわりとこんなかんじなのだ。

私は確信していた。私はあの時殺され一年前に戻ったのだ。そして一年前と同じ日常が繰り返されている。だが、一年前に戻ったところで最終的な到達点は何も変わらない。理不尽な死だ。

どれだけ平穏な未来を恋い焦がれようが押し付けられる不条理である。


視界に新しい人形を手に入れご満悦の妹が走っているのが映る。私はこのあと起きることも知っている。このあと妹は転んで鼻血を出し大泣きする。

赤いフカフカの絨毯が広間に敷き詰められたのはそのあとだった。

私は咄嗟に手を前に出す。途端に妹はつまづいて転ぶ。しかし、今度は私は妹の身体を上手くキャッチした。妹はたいそう驚いた顔をしていた。

「大丈夫?」私は声をかける。

「おねえちゃんありがとう!」妹はそう言うと懲りたのか歩いて自室に戻って行った。


妹の背中を見送った私はハッとした。妹は本来ここで転んで鼻血を噴き出すはずだった。だが、事前に私が手を差し伸べたおかげで妹は怪我をしなかった。

私はほくそ笑む。私は本来起きたはずの事故を未然に防いだ。

そうだ。未来は変えられるのだ。

もしかすると、一年後起きるはずの惨劇も未然に防ぐことができるかもしれない。

そうとなれば話は早い。私はこの手で不条理な未来を変えてみせる。

私はそう決心したのだった。




私はすぐに自室に戻る。一年後の惨劇を止めるための計画を立てなければならない。早く動くに越したことはない。だが、だからこそ今までの三日間が惜しくもあった。

もし早く気づいていれば三日早く対策ができたからだ。

「残り362日か…」私は深呼吸すると紙とペンを机の上に出す。まずは事件の状況を何か一つでも忘れないうちに詳細に書き綴る。凄惨な光景を思い出し気分が悪くなるのを堪えて書き続ける。

そして、今考えられる反乱の原因を考察する。聞き耳を立てていた父と領民の交渉、さらにそれ以前の動きや景色の変化。そしてあの日の雷雨。どんな些細なことでもいい。一つでも忘れてしまわないように書き連ねた。

また、それを重要度別にまとめ壁に貼り付ける。関連がありそうなもの同士を結ぶ。

私はさながら捜査本部のようになった自室の真ん中に立つ。

当然わからないことだらけだ。

わかっているのは結論だけ。それに至る過程を理解しなければ話にならない。

そのためにはまず、今を知らなければならない。

私は大きく深呼吸をすると急いで部屋を出た。

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