第25話

「へ、変態だー!」

「や、二週間ぶり」


俺と釣り人さんは、布一枚の変態と相対していた。

何だこいつ、なんであんな格好で平然としてられるんだ?

絶対頭おかしいよ。

長髪のイケオジなのにもったいない。男なんぞに興味はないが、もっと着込んだら絶対モテるだろ。若い女の子に囲まれてキャッキャウフフできるだろ簡単に。

………想像したら腹立ってきたな。ここにいるってことはどうせ魔物だろうし、遠慮はいらんよな。


「釣り人さん、ここは私にやらせてください」

「いいの?」

「はい。変態を野放しにはできません」

「わかった。釣りしながら待ってる」


釣り人さんは言葉通り、橋で釣りを開始した。

そして俺は仇敵とも言える変態と相対する。こいつはここで殺さなくちゃならない。そう、俺の魂が言っている。


「汝一人で我に勝て——「えいっ」


変態が悠長に話している隙に、俺は奴に一発入れた。俺の一撃を受けた変態はいつの間にか武舞台を覆うように展開されている結界にぶつかった。

卑怯だって?

んなもん知ったこっちゃねぇ!

モテない俺の苦しみを味わいやがれこのくそイケメン野郎がーー!!

怒りのままに俺は炎弾(妖力を炎に変え拳大の大きさに固めた玉)を連射する。所謂グミ撃ちというやつだ。

炎弾が爆ぜ、辺りに砂埃が舞う。

実はこのグミ撃ちには作法がある。それは、撃ち終わった後に特定の言葉を言うことだ。


「やったか?」


おそらくまだやれていない。変態イケメン野郎でも、このダンジョンのボスだ。他の魔物とは格が違うと思っていいだろう。おそらく、何事もなく平然と出てくるはず。

砂埃が晴れ、奴が姿をあらわ……さなかった。奴の姿が忽然と消えていたのだ。

どこに行った!?

気配が一切感じられない。一体どこへ消えたんだ!

透明化の能力か?

いや、今考えることじゃない。今すべきなのは、辺りを警戒し、奴の姿を見つけることだ。

感覚を研ぎ澄まし妖力を展開する。これは展開した妖力に触れた者を感知するという妖術だ。

さぁ、どこからでも来い!


「ようこ」

「うわぁあああああ!!」


突然後ろから掛けられた声にびっくりして声を上げてしまった。

声がした方に振り向くと、そこには釣り人さんがいた。


「ようこ、もう彼は死んだ。ここには何もいない」

「嘘です!あいつは死んでません!きっとこの近くに潜んでいるんです!」

「ようこ……現実を受け止めて」

「嫌です、そんな……じゃあ私は深層があるダンジョンの最終ボスを瞬殺した化け物になっちゃうじゃないですか……」

「それが真実」

「あぁ……」


ダンジョンボス、なんでお前はそんな弱いんだよ!

普通あそこは何事もなかったように出てくる所だろ!

何当然のようにちりになってんだ!


「塵も残らなかった」

「うぐぅ。あんなに弱いとは思わなくて……」


釣り人さんの何気ない一言が俺の心を抉る。


:ようこちゃん……

:想定より弱かったのか

:実際どれくらいの強さだったんだろう

:ようこちゃんのパンチ受けて原型保ってたから、かなり強いぞ

:ようこちゃんのパンチを耐えた……?化け物じゃん

:こんな猛者がおるとは……

:やべえよあいつ

:お前らようこちゃんの進化(エネルギー弾連発)について何か言うことはあるか?

:ようこちゃんだし

:↑禁止カードだよそれ


「なんで私が禁止カードみたいになってるんですか」


:自分の行いを顧みてもろて


「ぐっ…!」


やめろ、その言葉は俺に効く! 


「ようこ、切り替えて釣りしよう」

「そうですね……今日はここまでです。ご視聴ありがとうございました」


俺はそれから二時間くらい釣り人さんと釣りをした。その際に結構質問なんかをした。


「なんで釣り人さんはダンジョンで釣りしてるんですか?海とか川とかじゃダメなんですか?」

「ダンジョンの方が魚が大きいし、味もいいから」

「確かに美味しいです!」


終始こんな感じで話してた。いやぁ、聞いたらなんでも答えてくれるからついつい聞いてしまった。

釣りが終わると俺と釣り人さんは一緒にダンジョンを出た。ここでお別れだ。


「今日はありがとうございました」

「ようここそ、付き合ってくれてありがとう」

「あの、よかったらまた、配信に出てくれませんか?その、楽しかったので」

「じゃあ、これ」


釣り人さんが何か書かれた紙を手渡してくる。それを受け取り広げてみると、数字が書いていた。


「私の連絡先。また、いつでも呼んで」

「……っ、ありがとうございます!!」

「ん。じゃあまた」


それだけ言い残すと、釣り人さんは去って行った。本当に、優しくていい人だった。この縁を大切にしよう。


「で、何か言うことはあるかの?」

「滅相もございません……」


家に帰った俺は、しゅんこに正座させられていた。帰ってきて即座に門の前に立っていて、そのまま連行されたわけだ。


「別に儂も怒ってるわけではない。姉上がどの時間に帰ってこようと、どこで飯を食べてこようと姉上の勝手じゃ。じゃがな、儂らになんの連絡も寄越さず、一人でうまい飯を食うのはどういう了見じゃ?儂らは姉上を待っていたおかげで腹ペコペコじゃよ?」

「本当にごめんなさい。早急に作らせていただきます」

「まあ待て。まだ話は終わっとらんぞ?」

「ひいっ!」


怖えええええええ!!

やべぇ、完全にやらかした!

みんな先に食べてるかと思って普通に釣り人さんにご馳走してもらってしまった。

しゅんこマジギレだ。マジギレしゅんこ超怖い。もうね、すごい圧と怒りを感じる。

これあれだ、何も連絡寄越さずめっちゃ遅い時間に帰って母親に怒られる光景まんまだ。

俺が完全に悪いから何も言い返せない。 


「それで姉上よ、また女か?ネロ、銀華、儂に鈴がいるというものがありながらもう新しい女か?流石にちと多すぎやしないか?」

「いや、ネロと銀花はペットだし、しゅんこは妹だし、鈴さんと釣り人さんはただの友達だぞ?」

「関係ないわい!儂が配信が終わった後どれだけ心配したと思っとる!!初めて会った女と二人きりなど言語道断じゃー!!」

「えぇ……」


これはちょっと心配しすぎなのでは?

流石に俺が知らない女の人に手を出すわけないでしょ。元童貞にそんな気概があると思うなよ。


「我の供物はまだなのか!?」

「お腹減ったー。早くご飯食べたいー」


机の上でネロと銀花が突っ伏してながらこちらを見てくる。やめて、俺の情けない姿を見ないで!!

いやそれよりネロ、お前どうした?

なんで黒のローブ着て目に眼帯付けてんの?

口調も変だし朝まで着てた着物どこやったの?

一体何があったんだ!?


「姉上、これからは簡単に女を増やさないこと。よいな!?」

「は、はい!!…………ところでネロどうしたんだ?」

「あーあれか。なぜかアニメを見ていたら突然にこれだ!と言って、気付いたらあーなっとった」

「な、なるほど……」


えーとつまり……そうなんだな?

あの病に罹ったわけだよな?

あの罹ったら生涯悔いる記憶が刻まれる病に。

俺も前世で罹り、今でも黒歴史になっているあの病。

そう、中二病だ。


「急いでご飯作る」

「任せたのじゃ」

「くっくっく、ようやく供物にありつける」

「主ー、早くー」


ネロ、俺はお前を見捨てないからな。

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