第10話

妖狐の里に生まれた儂は、出来損ないじゃった。いくら歳を重ねても成長しない体は当然筋力も幼児程度しかなく、いくら妖術で強化して誤魔化しても、元が弱い以上どうしても他より劣ってしまう。

なら妖術はどうかと言えば、これもまた妖力の量が他の者よりも少なく、技術の方でも劣ってしまっていた。

そんな儂が蔑まれるのも、虐められるのも当然のことじゃった。それでも、自分を強く持とうと、里唯一の六つの尾を持つ長の口調を真似た。

長はとても強く、逞しく、優しい方じゃった。妖狐は尾の数で強さが変わる。尾の数が多ければ多いほど強くなる。

出来損ないの儂は下から二番目の三尾じゃが、長は歴代妖狐の中でも最強の六尾なのじゃ。その強さは妖狐の中でも最強。

妖狐は強さによって扱いも決まる。同年代でも最弱な儂は当然扱いも悪かった。今にも壊れそうな程のボロ小屋に住まされ、残飯以下の食事を与えられた。

食事は、妖狐にとっては娯楽に過ぎない。他の生物は生きるために必要な事だが、我らにとってはあまり必要ではない。

だがそれでも食べなければ死刑と言われれば、食べるしかない。

そんな最底辺な儂にも、長は優しくして下さった。同年代に殴られ蹴られ、消耗した儂をあの方は励ましてくれた。

強くなって見返してやればいいのじゃ、と。そなたはそなたにできることをせい、と。儂はそれらの言葉を胸に必死に努力した。

あの方はいつも儂を励ましてくれた。その行動に、儂は毎度元気をもらっていた。いつもボロ小屋に通って、儂を見て下さった。

あの地獄のような日々の中で長と話す時間は、とても幸せじゃった。

じゃが、そんな幸せは突然終わった。

いつまで経っても成長しない儂に、里の重鎮達が痺れを切らし、追放を言い渡されたのだ。

追放について、儂はなんとも思わなかった。ああ、やっとか。ぐらいの気持ちだった。

今まで里に居れたことの方が不思議でならなかったからじゃ。

じゃが、特にない荷物の支度をして、里を出る時に、それは起こった。

里を出ようと、門を潜ろうとした時だ。突然、長が現れた。そして、儂にこう告げたのじゃ。


「ふふ、残念だったわね。しゅんこちゃん」


今まで聞いたことのない、悪意に満ちた声、口調。そしてその顔は、今まで見たことのないほどの、下衆な笑みを浮かべていた。

こちらの不幸を嗤うような、長の見たことのないその態度に、儂は呆然とする他なかった。


「長、一体どうしたのじゃ?」

「はっ、変な口調ね。わざとあんたの前だけババアみたいな口調にしておいてよかったわ」

「え?」

「だから、今までのは演技だって言ってんの。鈍い子ね。それだからあんたは駄目なのよ」


言葉が出なかった。今までの優しさが、全て嘘だったなんて、思いたくなかった。


「いいわね、その絶望した表情。最高にいい気分だわ。木偶の坊のあんたにもわかりやすいように教えてあげる。私があんたに優しくしたのはね、あんたのその顔を見るためなのよ」

「………」

「なんで、里の重鎮達があんたを追放したのかわかる? それはね、私直々にあんたを監視して、その出来損ない具合を知らせてあげたから。出来損ないを追放するにも、ちゃんとした事実がいる。だから、その事実を私が知らせてあげたの」


信じたくない。でも、目の前の長の表情が、それが真実であると、物語っている。

あぁ、なぜ儂はこんな下衆を、救いようのないクズを、信用してしまったんじゃ………。


「じゃあもう会うことはないでしょうね。バイバイ、落ちこぼれのよ・う・こ」

「———っ!」


儂は逃げるように、里から走り去った。頬を流れる雫を払い除けながら。後ろから聞こえてくる、いやらしい高笑いが聞こえないように、耳を塞ぎながら。




「それから儂はこの山に迷い込み、ダンジョンを作ったわけじゃ」

「なるほど……」


俺は配信を終えしゅんこちゃんを家に招き、話を聞いていた。しゅんこちゃんがなぜあんなダンジョンにいたのか気になったからだ。

だが改めて聞いてみると、本当に胸糞悪い話だ。

今度里に行くことがあったら問答無用で滅ぼそう。特に長、お前は許さない。会ったらヤる。絶対にヤる。

それはそうと———


「あ、姉上なにを……?」


俺はそっとしゅんこちゃんを抱きしめた。そして優しく頭を撫でる。この子はこの小さな体で、世の中の理不尽に耐えてきたんだ。それもずっと一人で。

俺が今できるのは、この子の姉として、頼れる存在になることだ。


「しゅんこ、よくがんばったな」

「……え?」

「俺を信頼するのは、まだむずかしいかもしれない。ただこれだけは言わせてくれ。困ったら、いつでも頼っていい。頼るのが無理なら、愚痴をぶつける壁にでも思ってくれ」

「………」


返事はない。しゅんこには時間が必要だ。弄ばれ裏切られた者がまた他者を信じられるようになるのはとても難しいことだ。

だから俺はしゅんこが心を開けるとは行かないまでも、愚痴を言ってくれる存在になりたい。俺はしゅんこの姉だからな。


「よし、じゃあもうご飯にするか」

「……姉上、儂は別に食べなくても生きれるぞ?」

「俺は、家族は一緒にご飯を食べるべきだと思うんだ。無理にとは言わないが、ネロと銀花もいるから、楽しいと思うぞ?」

「……そうか。ならいただこう。ところで、さっきから口調変わっておらぬか? 一人称も」

「これが素なんだ。あ、そうだった忘れてた。しゅんこ、ちょっと伝えなければいけないことがある」

「む、なんじゃ?」


しゅんこがこちらを向いたのを確認し、俺は変身を解いた。黒い髪は狐色に変わり、頭には耳が、腰には尻尾が九本現れる。


「俺、妖狐なんだ」

「は?…………はぁあああああ!!??」


俺の真の姿を見たしゅんこは、そんな叫び声と共に、フリーズしてしまった。




「——はっ!」


とりあえずご飯を作って机に並べていると、ようやくしゅんこが帰ってきた。


「あ、姉上、その姿は?」

「そんなことは置いといて、とりあえずご飯にしよう」

「わ、わかった」


今日のご飯は親子丼。探索で偶然見つけたニワトリ(コカトリス)の肉と卵を使ったものだ。ふわふわの卵と、旨みが詰まった肉がとても美味しい。

やっぱり卵も肉も味わえる親子丼は最高だな!

ネロと銀花も美味しそうに食べている。

だが、なぜかしゅんこは口を付けていなかった。む、親子丼は苦手だったか?

俺の視線を感じ取ったのか、しゅんこはどこか複雑な面持ちで俺に尋ねてきた。


「なあ姉上、これは食べてもいいのか?」

「食べていいも何も、それはしゅんこの分だぞ?」

「そ、そうか」

「何かあったのか?」

「いや、里の重鎮達が娯楽で食べていたものよりも遥かに美味そうでな。本当に儂が食べていいのか、わからんかったのじゃ」

「そうか。心配はいらない、存分に食べてくれ」

「うむ」


しゅんこは箸を握り、親子丼を一口食べた。


「う…まい……!」


涙を流しながらガツガツと食べていく。俺はその幸せを噛み締める顔を、生涯忘れることはないだろう。

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