第4話 再会、邂逅
ユリーベルの前に現れたのは、夢に出てきた青年だった。
「——よう。お前の願い、叶えにきたぜ?」
そう微笑む青年の瞳は闇を孕んでいた。
ユリーベルは慌てて扉を閉めて、男に近付く。
「貴方は誰!? というよりどうやってこの部屋に入ってきたの?ここは三階よ。易々と入ってこられる場所じゃない。」
ユリーベルは鋭い目付きで青年睨みつける。
「ったく、質問ばっかりかよ。そうだな……お前がすぐに理解出来るように説明するなら。俺は大賢者。そう呼ばれていた男だ。過去に……そして未来に。」
ユリーベルは男の言う話を半分も理解出来なかっただろう。
第一に、この世界において大賢者など存在するはずがない。
二百年程前までは、そんな逸話が残っていたと古い文献には記されていたが、それも今となっては御伽噺の類だ。信ぴょう性の無い、デタラメに決まっている。
本当に実在するならば、そんなものは本の世界だけの話だ。
もう一つ。ユリーベルには引っかかる部分があった。
「……未来に?」
過去や現在。それならば話としても理解はできる。
ただ、今の話の流れで『未来』なんて表現はするはずがないのだ。
けれど、彼は言った。現在では無く、未来と。
私が聞き返すと気だるげな声で、そうだ、と答えた。
「もしかして失敗したのか?わざわざ足を運んで一言一句説明するのが面倒だったから、夢の中で全てを見せたつもりだったが……やはり、時空に関わる魔法はややこしいな。結構な魔力を使ったというのに、無駄骨もいい所だぜ。」
はあ、と男は無愛想にため息をつく。
夢の中、と言われれば嫌でも思い出す。今朝の嫌な悪夢を。
夢と言うには生々しく、あの牢屋のジメジメとした空気だって肌で感じた。
本当に夢、なのだろうか。
自分が、その残酷な現実を夢だと思い込んでいるだけでは無いだろうか。
どうやら根詰めた表情だったらしく、ユリーベルの考えている事は男には筒抜けだった。
「その様子だと、俺の魔法は発動していた見たいだな。まあ、それなりの魔力を消耗したんだ。成功してないと困るってもんだしな。それなら話は簡単だ。いいか、良く聞け、ユリーベル・シュベルバルツ。お前が見た夢はただの夢では無い。——この先、近い未来に必ず起きる、いわば予知夢だ。」
淡々と、表情も声色も変わるこなく、自称大賢者はそれを言った。
全ては夢では無いと。この先、必ず自分が行き着く未来の終着点。
けれど、ユリーベルにしてみればそれは、死刑宣告。
貴方の先は長くないと、そう言われたも同然だ。
混乱で、頭が真っ白になる。冗談だと跳ね除けるには、目の前にいる男の瞳は冷たすぎた。
「……なら、私はあの夢の通りに……死ぬって事?……どうして……。」
「お前に見せた夢は、そこまでは見せられなかったか。なら教えてやる。——シュベルバルツ家が今まで行っていてた闇家業の全てが光の元に晒された。裏帳簿、暗殺、帝国の闇を一心に担っていたシュベルバルツ家は、帝国国民から多くの反感をかった。そして、その首謀者として名が挙がったのは……ユリーベル・シュベルバルツ。つまりはお前ってことだ。」
そこから先は、言わなくても検討が着いた。
つまり、国民からの反感を買ったユリーベルに言い渡されたのは死刑宣告。
帝国の闇そのものとなったユリーベルを殺す事で闇を晴らそうとしたわけだ。
そして、ユリーベルが見た夢はその一部の光景。
まさかにその死刑が執行されるのを牢屋の中で待っていた時だろう。
「そこをこの稀代の大賢者様が救ってみせた!感謝しろよ、お前。俺が居なけりゃ、こうして今ここで生きる事すら不可能だったんだから。」
「どういう事?あれは夢なのでしょ……?」
「夢じゃない。いいか、ユリーベル・シュベルバルツ。あれは未来に起きた事実だ。俺は自分の魔力を使い、お前を過去へと戻した。時間回帰とか言われてる魔法だな。」
「時間を巻き戻したの……!?」
「おうよ。でも勿論、何回も成功するわけじゃねえ。だからこうして俺がわざわざお前を助ける為にここまで来たんだ。」
突拍子も無い話に、ユリーベルの頭はズキズキと痛くなる。
はあ、とため息を着きながら、ユリーベルは静かにソファーに座る。
あの夢が、本当に起きた話だなんて……。
と、そこでユリーベルは一つ疑問に思った事があった。
「けれど……お姉様が私を見捨てるだなんて……。どうしてお姉様は私を見捨てたの?」
何度でも最初に思い出すのは、ユリーベルを冷徹な瞳で見下す自分の姉の姿。
あんなにも敬愛していたのに、あの牢屋ではユリーベルを憎悪していた。
まるで汚物を見るような瞳で、ユリーベルを見下していた。
いつか、あのお姉様を自分の目で見る事になるだなんて。想像するだけでも背筋が凍る。
「それは……まあ、いずれ分かるさ。それに、あれは確かに未来に起こる事実。だが、それを回避出来ないわけでもねぇ。俺はお前が死なない未来を作る為にここに来た。」
「それは有難い話だけれど……それだと貴方には何の得も無いわ。貴方の目的は何?」
ユリーベルが尋ねると、男のそれまでの威勢は無くなった。
ピタッと体を硬直させ、ユリーベルの顔をまじまじと眺める。
「それは……今は言えない。全てを明かすには、今はまだ早すぎる。」
「それは、私の能力不足って事?」
「それもある。けれど、それだけじゃない。俺が不審な奴だって言うのは、俺自身だって分かってる。それでも俺は、お前に協力する。俺は、必ずお前を生かす。」
そう言った彼の瞳は真っ直ぐユリーベルを捉えていた。
この男は、何かを隠している。それは確実だ。
でもだからといって、ユリーベルを騙そうとしているとも思えない。
少なくともユリーベルは、こんなに真っ直ぐで穢れのない瞳を持つ人間が、自分を騙すとは思えなかった。
「……話は分かったわ。でもね……やっぱり貴方が大賢者だなんて信じられない!」
ビシッと人差し指を立てたユリーベルは、男を睨んだ。
堂々としているユリーベルに、男は面倒くさそうにため息を漏らす。
「……はぁ。まだ信じてねぇのかよ。つっても、本当に大賢者様だぞ?俺。」
「だから、それが信じられないのよ。新手の詐欺師かもしれないじゃない!」
「なら、どうすれば気が済むんだ?」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ユリーベルはニヤリと悪巧みをする笑みを浮かべた。
「——貴方が大賢者だって証明しなさい。」
何言ってんだこいつ、と顔に書いてある。言わなくてもこの男の瞳にそう書いてある。
ユリーベルを見る目が、さっきよりも見下す瞳に変わっている。
「証明って……。言っとくがお前のせいで魔力を根こそぎ奪われてるし。今は大それたことは出来なぞ。……でもまあ、——この街を真っ平らにするくらいなら造作もねぇな!」
唐突に、男が発した言葉はユリーベルでも想像がつかない内容だった。
突飛な大爆弾に、ユリーベルは思わず口を開けっ放しにする。
「……え、いや。それはさすがに……。」
出来ないわよね?と、問うよりも先に、男の瞳が全てを肯定していた。
言ってる。口じゃなくて目で。出来るって言ってる。
間違えない。この余裕綽々としている態度。町一つをゴミのように扱うその姿勢。
「お前が望むならやってやらん事も無いが……どうする?」
嫌に人を試す、その口ぶり。もしも本当に街を破壊したら、とんでもない騒ぎになるじゃない!
互いに威嚇し合うのは良いけれど、時にはポキッと自分から折れる事も大切だ。
今回はユリーベルが大人しく引き下がる事で決着となった。
「分かった。分かったから……町を壊すのはやめてください。——大賢者様……。」
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