第44話 救出
「よっ日聖!迎えに来たぜ!」
「勇者様!なんで来たんですか!」
「やはり来たか、幸村柊彩」
その大広間は大きな神事を執り行うのによく用いられる場所である。
柊彩や日聖がいる円形の空間の周りは壁で囲まれており、その上に銃を持った隊員が並んでいる。
そしてそのさらに上から見下ろす形で、聖教会教皇が姿を現した。
「久しぶりに見たな、アンタの顔。相変わらず腹黒そうな顔してやがる」
「君は随分と変わったようだな、幸村柊彩」
「成長したんでな。それより日聖を返しに来てもらったんだが、素直に返してくれる気はあるのか?」
「悪いがそれはできない」
「だろーな」
予想通りの答えを聞き、柊彩は剣に手をかける。
「待て、今動けば清月日聖を即刻射殺する」
しかし教皇の言葉がそれを制した。
「勘違いしているようだが、これは清月日聖と君の処刑場だ。そしてまず最初に処刑されるのは、幸村柊彩。君だ」
「いいぜ、その銃を俺に向けてみろよ」
「君は銃殺刑ではない。君に処刑を下すのはそこにいる男だ」
柊彩は視線を目の前に向ける。
磔にされた日聖の隣には、かつての仲間である朱鷺田廻斗の姿があった。
「抵抗できるのならしても構わん、ただしその広間を一歩でも出たら彼女を撃つ」
「ショーかなんかのつもりか?」
「そうだ、今日は新たな勇者が生まれる記念すべき日。私はその瞬間を見届けに来たのだ」
柊彩は一つ大きく息を吐く。
少なくとも今は従うしかない、その中でどうにか日聖を助け出し、この場を脱出する。
最強の敵である廻斗と戦いながらそれができたら、の話ではあるが。
「やれ、朱鷺田廻斗。幸村柊彩の処刑を開始しろ」
廻斗が動くと同時に、柊彩も一歩前に進む。
その瞬間、数発の銃声が響いた。
「油断も隙もねーな、そんなに俺を殺したいのか?」
柊彩は顔の前の右手をゆっくりと開く。
すると銃弾がポロポロとこぼれ落ちた。
「今のに反応するなんて、本当に人間か?」
今の銃撃は柊彩の背後に回り込んでいた隊員によるもの、本来はこの奇襲で殺すつもりだったのであろう。
廻斗もそれは知らされていなかったらしく、少しだけ目を見開いて教皇の顔を見ている。
「一つ忠告してやる、1発でも日聖を撃ってみろ、その瞬間ここにいる全員を殺す」
柊彩がそう言うと、教皇はわずかに腹立たしげな顔をした。
「さあ、これでもう邪魔はない、一対一だぜ」
今のを見て日聖に手を出そうとは考えにくいだろう。
日聖に銃口が向いている限り、柊彩はこの広間の外に出ようとはしない。
しかし柊彩がここにいる限り、誰も日聖を撃つことはできない。
柊彩はたった一人で均衡状態を作り出していた。
ここから始まるのは、かつての仲間である柊彩と廻斗の一対一。
柊彩は剣に手をかけるのをやめ、両の拳を構える。
「いくぜ!」
どちらともなく動き出し、格闘戦が始まった。
廻斗が何を考えているのかはわからない、だが少なくとも日聖を救い出す上で廻斗は障壁になっている。
ならば予定は変わらない、どこかで日聖を救い出す。
「なぜ俺がここにいるのか聞かないんだな」
「んだよ、聞いて欲しいーのか?」
「いや、ただもう少し怒っているかと思っていただけだ」
「やけに喋るな、罪悪感か?それとも何か察して欲しいのか?おっと」
再び柊彩を狙って撃たれるが、戦いの中でそれを華麗に受け止める。
「1発ビビらせてやるか」
柊彩は掴んだ銃弾の一つを思い切り指で弾く。
それは高みの見物を決め込んでいる教皇の髪をかすめた。
「次は当てるぜ、それでも良いならまた撃ってきな」
「ぐっ、何をやっている!早く殺せ!」
教皇が叫ぶと、廻斗は再び柊彩に襲いかかる。
二人の戦闘は常人が目で追い切れるものではない、ただ日聖は柊彩が本気で戦っていることがわかった。
Sランク迷宮ですら見せなかった本気で廻斗にぶつかっている。
「もう、やめて……」
気がつけば日聖の目から涙がこぼれ落ちていた。
聖誕祭やSランク迷宮での彼らは本当に仲が良かった、それは仲間である廻斗も同じはず。
事実以前山の上で出会った時、柊彩と廻斗の間には特別な絆を感じた。
だが今はその二人が本気で戦っている。
「やめてください!」
どんな言葉もどんな力も二人を止めることはできない。
日聖の無情な叫びも掻き消され、二人の戦闘による破壊の痕跡だけが広がっていく。
それは時間が経つごとにより激しくなっていった。
「くそっ!」
痺れを切らした教皇は立ち上がり、拳銃を日聖に向ける。
ここまで柊彩が戦闘に集中している今ならば、日聖への攻撃も当たる。
そして彼女が死んだことによって動揺したその瞬間を狙い、柊彩も殺す。
そう考えて引き金に指をかけたその時であった。
「“うごかないで”!」
この場にはとても似つかわしくない、可愛い声が響き渡ったのであった。
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