第29話 決意
「お二人とも、お疲れ様でした」
「日聖もな、暑かったし疲れたろ」
「そうですね、ただ紫安さんを見ているとそれどころじゃなかったというか……」
配信を終えて元気そうにしているが、こう見えて紫安は10を超える毒物を体内に取り入れている。
それでも多少吐いたりしただけで済んでいるあたりが『不老不死』という特異体質が規格外であることを物語っていた。
「紫安もお疲れ、ベテラン感が凄かったぞ。配信時間も長かったしな」
「ありがとー。僕としてはいつも通りにしてただけなんだけどねー」
「ま、そうだな」
紫安は元がぶっ飛んでいる分、普通に過ごしていてもリスナーからすればとんでもなく身体を張ったエンターテイナーに見えたのだろう。
実は一番配信者への適性を持っているのかもしれない。
「てかこんな荷物必要だったか?ほとんど使ってねーぞ」
「それは今から使うからねー」
「は?それってどういう」
「おーい!来たぞ!」
3人だけの山頂に誰かの声が響く。
見るとそこにはバッドエンドを先頭に、ソフィと奏音もいた。
「あれ?なんでここに?」
「僕が呼んだんだー。せっかくだからみんなでピクニックしようよ」
「こんな時間に?」
「こんな時間だから、だよ。ほら、早く荷物出してー」
そう言われて重たい荷物を開けると、確かにそこにはレジャーシートやらなんやら、ピクニック用の道具が大量にあった。
「紫安さんは始めからこのつもりだったんですか?」
「うん、せっかくみんないるなら何かしたいでしょ?」
紫安は大きなカバンの中からいつの間にか用意していた弁当箱を取り出していく。
日聖の分も含めてきっちり6つ用意してある、かと思いきやその後7つ目8つ目、と止まる気配がない。
「荷物が重かった原因コレかよ!」
「はやくたべよ!わたしおにいちゃんのとなり!」
「そうだな。嬢ちゃんも早く座れ!」
「では失礼します……」
全員が腰を下ろすと、予定外のピクニックが急遽開催される。
弁当を開くとそれは彩り豊かでボリューム満点の、豪華な弁当であった。
人より食べる量が圧倒的に多い紫安はその分自炊することも多く、気がつけば料理の腕前がプロ並みになっていたのだ。
「紗凪と廻斗もいれば良かったけど、あの二人は忙しいものね」
「ま、すぐ全員揃う機会も来るって。今は昔と違って平和なんだしよ。な、柊彩!」
「そうだな」
「おにいちゃんたべさせて!」
「はいはい、ほらあーん」
「今日こんな暑いのに山登ってたんでしょ?日聖ちゃんは大丈夫だった?」
「はい、楽しかったですよ」
「日聖ちゃんって思ったより強いよねー。でもそうじゃないと柊彩くんと一緒にいられないか」
みんなでお弁当を食べつつ、好き勝手にワイワイ喋る。
日聖も昔から仲間だったと言われてもなんの違和感とないほどに、すっかりこの場に馴染んでいた。
「そういやなんで二人は一緒に住んでんだ?嬢ちゃんは聖女様なんだろ?」
「え、えーっとそれは……そう、社会経験なんです。世間のことを知るためにお忍びで普通の生活をしようと思って、それなら勇者様といるなら安全だからと」
「確かに、ぞろぞろ護衛を引き連れていても普通じゃないものね」
「その点一人で強いコイツは適任だったってわけか」
「はい!それでお世話になってばかりでもいられないので、アシスタントをしているんです」
「ホントにいい子。やっぱり柊彩にはもったいないわ」
日聖が聖女であることは伝えていても、命を狙われていることまでは伝えていない。
そのためどうにかそれらしい理由をつけて、柊彩と一緒に住んでいる理由をごまかした。
ただその会話を聞いていた柊彩はふと思った。
日聖との生活が始まったあの日。
彼女を連れてきた紗凪は言った、いつか仲間が助けてくれる、と。
そして現在実際にそうなっている、やはり彼女にはこの未来が『視えて』いたのだ。
だが実際には数々の事件が起こることもわかっていたのではないだろうか。
紗凪は柊彩の側が一番安全だと言っていたが、その言葉はどこか引っ掛かっていた。
日聖の顔を知る人はほとんどいないのだ、普通に過ごしているだけなら存在がばれる可能性はほとんどない。
それなら日本中の注目を集めていた柊彩の元に送るより、要人の目に付きにくい田舎の方に送った方が安全だったはずだ。
ただそれは日本が平和であったならの話。
都市の規模を問わず毎日のように日本のどこかで大きな事件が起きる今、最も安全なのは最強の男である柊彩の隣にいることである。
今になって思えば、紗凪は初めからこうなることを見越していたとしか考えられない。
だとしたら彼女は何を知っているのだ、日聖の暗殺計画にも繋がる重大な何かを──
「おい柊彩、なんて顔してやがる」
バットエンドに声をかけられ、柊彩は顔を上げる。
本人は気づいていないが、その目つきは今までになく鋭かった。
「俯いてちゃもったいないよ。ほら、上見てー」
紫安に促されて空を見上げる。
すると既に日は沈んでおり、紫がかった空には幾つもの星が煌めいていた。
「うわー、すごいきれい!」
「本当に、言葉が出てきません」
「あの時ほどじゃないけど、星を見れたねー」
紫安は初めからこのために山に来たのだ。
まだはっきりとは見えない星を眺めながら、柊彩は強く拳を握りしめる、そして小さくこぼした。
「来週の聖誕祭、みんなでいこう」
「急にどうしたんだよ」
「せっかくこうして集まれたんだ、思い出を作ろーぜ」
「うん、いきたい!」
「いいわね、もちろん日聖ちゃんも一緒よ」
「え!?いや、私はお忍びの身なのでそんな目立つところには」
「人が多いからばれる心配はないよー」
「そうね、それにアタシのファッションを真似しましょ。そしたら変装にもなるわよ」
ソフィの発言にみんなが笑う、その時だった。
笑っていた紫安がいきなり倒れたのだ。
「おいっ、どうした⁉︎」
「紫安さん⁉︎」
すぐさま近くにいた日聖とバッドエンドがそばに駆け寄る。
手足はプルプルと震えていて、口の端からは赤い血が垂れていた。
「まさか……今くるとはね……」
「なんの話だ!急にどうしたんだよ!」
「メモ……メモを取らないと……」
「メモか、待ってろ!」
満足に手を動かせない紫安に代わり、柊彩が鞄からメモ帳を取り出す。
そして中身をぺらぺらとめくったところで動きが止まった。
「勇者様、早く!」
日聖が急かすが柊彩は動く気配がない。
メモに目を落としたまま小刻みに震えている。
「おい……なんだよ、これ」
「なにしてるんですか⁉︎」
痺れを切らした日聖が怒りを露わにして立ち上がる。
が、開かれたページを目の前に突き出されて言葉を失った。
「これって……」
柊彩が次々とページを捲る。
書いてあるのはどこも似たようなものばかり。
日付と薬の名前、そして嘔吐や吐血、痙攣などの様々な症状。
「紫安さん、ずっと前から大病を……」
「ちげーよ」
涙ぐみながら口元を覆いかけた日聖だが、柊彩が呆れた声であしらう。
そして今にも死にそうな様子の紫安の前にメモを叩きつけた。
「お前よく研究職なんて言えたな。これただの治験の仕事じゃねーか!」
「へ?」
「言っただろ……?適材適所、って……」
柊彩が深いため息をつく。
紫安が製薬会社の研究職として働いているのは本当のこと、しかし決して製薬に携わっているわけではない。
できた薬が人体に影響がないか確かめる、治験役を務めているのだ。
どんな症状が出ても死ぬことはないので、これほどぴったりな人物もいないだろう。
それを知った瞬間、さっきまで心配していたことが一気にバカらしくなってきた。
「ていうかこの会社の作る薬もやべーだろ。メモ見る限り9割は吐血してるぞ」
「確かうちの薬箱にもあの会社のがありましたよ」
「今度全部買い替えるか」
「そうですね」
「おい、それより見ろよあれ。流れ星だぞ!」
「うわー、すごい!」
「運がいいわね、アタシたち」
もはや誰も紫安は気に留めず、空の星に夢中になっている。
そもそも昔からこうだった、紫安は代謝が良い分病気にもかかりやすく、旅の途中でもよく倒れていた。
ただ本人はそれを少しも苦に思っていない、なぜなら。
「いいね、この感じ……」
不老不死であるが故に何度も病気にかかったり攻撃を受けたりするうちに、被虐嗜好に目覚めたのだから。
「マゾヒズムで病弱な不老不死、か」
「いつも思うけど情報多すぎよね」
「奏音ちゃんの教育に悪すぎますね」
「さて、そろそろ帰るか」
倒れている紫安は無視して5人はピクニックの片付けをする。
「また来週、聖誕祭でな」
柊彩はそう言って空を見上げる。
なぜだろうか、こんなにも楽しい時間を過ごしているはずなのに。
この先良くないことが起きるがしてたまらなかった。
そしてその予感は、最悪な形となって的中するのであった。
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