第13話 特異体質
「特異体質……?」
「体質っていろいろあるだろ?猫舌とか、鼻がいいとか、日焼けしやすいとか。特異体質ってのは、そういった体質の究極系だ。そして俺たちはみんなその特異体質を持っている」
この特異体質こそが、柊彩たちの強さの秘密である。
魔王軍と人類の戦争が続いていた当時、魔法は魔王軍だけが持つ力であったり、魔法が使えない人間はその力の前になす術なく蹂躙されてきた。
そんな中、勇者たちがたった7人で魔王軍相手に勝ち続けたのも、この特異体質があったからである。
「は、初めて知りました」
ただ日聖がそのことを知らなかったのも無理はない。
魔法を使う魔王軍になす術ない人類は、一部の生活圏の守りを集中的に固めることにより、どうにか魔王軍の侵攻から身を守っていた。
日本でも一時期は東京・大阪を始めとする7都市に全人口を集中させ、それ以外の街は放棄していたほどなのだ。
そのせいで常に前線で戦い続けてきた柊彩たちのことはあまり知られておらず、ほとんどの人が勇者一行の顔も名前も知らない。
ただ世界を救った勇者という存在と『加護』の力だけが伝説として知れ渡ったのだ。
今世間が本当に柊彩が勇者なのかどうか判断できていないのもそのせいである。
「もちろん奏音も特異体質持ちだ。少し話は変わるが、この前カフェに行った時、何かおかしなことにならなかったか」
「えっ?」
心当たりのあった日聖は驚きの声をあげる。
確かにあの日はおかしかった、時々自分が自分でないかのような感覚に襲われたのだ。
「あれは全部、奏音のせいだ。奏音は『愛され体質』の持ち主なんだ』
「愛され体質、ですか?」
「人は可愛いもの、好きなものを甘やかしてしまうものだ」
好きな子の頼みを聞いてあげる、親が子どもの頼みを断れない、子犬や子猫におやつをあげ過ぎてしまう。
例を挙げればきりがないが、人は可愛いものに弱い。
「じゃあもし、仕草も顔も行動も性格も、何もかもが完璧な可愛い子がいたらどうなると思う?」
言われて日聖は考える。
人は可愛い子を甘やかしてしまう、可愛ければ可愛いほど余計にそうなるだろう。
では、特に可愛すぎる子を相手にしてしまえば。
「もしかして……」
「そう、周りの人はその子を甘やかすあまり、なんでも言うことを聞いてしまうようになるんだ」
その瞬間、日聖は全身に鳥肌が立ったのを感じた。
確かに彼女がパフェを食べたいと言ったとき、思わず先に注文してしまった。
もしも面と向かってもっと過激なお願いをされていれば、自分はどうしていただろうか。
「奏音のお願いを誰も断ることはできない。可愛さのあまり全てを従えてしまう、そんな究極の愛され体質。奏音はそれを持っているんだ」
にわかには信じ難いが、信じるしかない。
なにせ男をああも簡単に従え、その可愛さで情報を引き出している上に、日聖自身もその身を持って体感したのだから。
「あれでもまだマシになった方なんだぜ、昔はもっと大変だった」
「どう、だったんですか?」
「意識せずとも全員を魅了してしまったんだ。多分それは、奏音にとって地獄のような日々だったと思う」
誰からも際限なく愛される。
聞こえはいいが『特異体質』によってあまりにも行きすぎたそれは、奏音の他人との関わり方をも『特異』なものにしてしまった。
人は愛した者から愛されたいと願う。
故に奏音の周りの人間は彼女を愛しすぎるあまり、彼女からも愛されようと必死になるのだ。
その結果、柊彩たちと出会うまでの間、奏音の周囲にいたのは自分を愛するあまりに媚びる人ばかり。
対等な立場の相手は一人もおらず、ワガママやお願いを聞いてもらうこと、甘やかしてもらうことがが彼女にとっての唯一のコミュニケーション手段となっていたのである。
「今はそうじゃないんですか?」
「ああ、理由はわからないけどな。俺たちと旅するようになってから、力が勝手に発動することは無くなったんだ」
その時の柊彩はまるで本当の妹を思うかのような、優しい兄の顔をしていた。
「ただそんな奏音の力は本当に凄かった、旅の途中も何度も助けられた。けど多分いい思い出ばかりではないから、だから本当は使わせたくなかったんだ」
そんな話をしていると、ちょうど尋問を終えた奏音が戻ってきた。
「おにいちゃん、いろいろ聞いてきたよ」
「ああ、ありがとな。全部録音したから、あとは任せてくれ」
柊彩が頭を撫でてやると、奏音は気持ちよさそうに目を細める。
その様子に日聖はどこか違和感を覚えたが、正体は掴めなかった。
「奏音、一人で帰れるか?」
「うん、でもおにいちゃんは?」
「俺は少しだけやることがあるんだ」
「わかった、じゃあバイバイ!」
前回とは違い、奏音は変にぐずることなくすぐに帰っていった。
彼女もわかっているのだ、今は自分が甘えていられるような状況ではないことを。
「なあ日聖、俺がコイツらを倒したところは配信に乗ったんだよな?」
「はい、映像だけは」
「じゃあ今更か……」
柊彩は男たちの服を脱がせ、それでもって手足を無理やり縛り上げる。
そして念のため、腹を思い切り殴って気絶させた。
「コイツらは俺が突き出してくる。その前にバッドエンドの店に行くぞ、少しの間アイツに匿ってもらえ」
日聖の顔を知る人は少ないため、普段なら正体がバレる心配はほとんどない、ただこんな事件が起きた直後に一人にしておくのは普通に危険だ。
そのため一度信頼できる仲間に日聖を預け、それから気を失った男たちを連れて警察の元に向かう。
「さーて、警察はどこかな……って、あれ?」
四人の男を引きずりながら繁華街に出ると、さすがに騒ぎは収まりつつあった。
そして今は警察や自衛隊が協力して避難誘導などを行っているのだが、その指揮を行っている非常に若い男の顔は見覚えがあった。
「お前、
近づいてみて改めて確信する。
そこにいたのは
「いつの間にかすげー偉くなってんな」
こんなところで会えると思っていなかった柊彩は笑って近づくのだが、廻斗の方は顔色ひとつ変えない。
「何か?仕事の邪魔はしないで欲しいが」
それどころか他人行儀な対応だった。
「え、いや……え?」
予想していなかった冷たい態度に動揺してしまう。
確かに昔から冷静沈着でどちらかというと寡黙なタイプであったが、仲間思いで熱い心の持ち主だった。
何より最も古くから付き合いのあるのがこの廻斗であり、いわば相棒のような存在なのだ。
「ところでその男たちは?」
困惑する柊彩をよそに、廻斗は事務的な対応を続ける。
「ああ、これはさっきあった誘拐犯だ。女の子が連れていかれそうになってて……ここに証拠の音声もある」
「そうか、協力感謝する。身柄は引き受けるが今はこちらも忙しい、また後ほど詳しい話を聞かせてもらうことになるかもしれないがいいか?」
「まあ、予定がなければ別に」
「感謝する。それとまだ安全とは限らない、なるべくここを離れるんだ。それでは」
廻斗はそれだけ言うと、捕まえた男を部下に任せて仕事に戻る。
実際に話してやはり廻斗であると確信はしたのだが、だからこそ余計に意味がわからなかった。
ただ今はこれ以上話ができそうにもない。
柊彩は何か引っ掛かるものを感じつつ、日聖を迎えにバッドエンドの店に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「悪い、バッドエンド。早速世話になった」
「気にすんな、こっちも店仕舞いしてたからいい話し相手になった。ちょうど服を選ぶ時間にもなったしな」
ふと見ると、日聖は幾つかの紙袋を抱えていた。
「あれが約束してた嬢ちゃんとお前の服な」
「本当に良いのか?」
「もちろん。それより配信の効果ってのは凄いらしいな、さっそくネット上での注文も増えまくりだぜ。むしろ礼を言わせてくれ、ありがとよ」
「ま、この程度なんてことねーよ」
「いろいろお世話になりました」
「おう、嬢ちゃんも来てくれてありがとな。楽しかったぜ」
「また暇があったら遊びに来るな」
「あいよ、いつでも特別価格で売ってやるから来な、特に柊彩はすぐにでもな」
「どういう意味だよ!」
そんなふざけたことを言い合いつつ、二人は笑っている。
あんな事件の直後に平然としているなんてさすがの胆力だ、と日聖は思った。
「それでは、また」
「じゃあな、バッドエンド」
案件のギャラでもらったスーツと服を持ち、二人は店を後にする。
事件発生というハプニングはあったものの柊彩たちの活躍もあって一応の終息を迎え、当初の目的であった服も用意することができた。
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