第10話 出会い、三度
「とても可愛い子でしたね」
家に着いた日聖は昼間のことを思い出し、頬を緩めながら言う。
「そうだろ。俺たち自慢の娘?妹?みたいなもんだからな」
そう誇らしげにする柊彩は珍しく、それだけでどれだけ奏音のことが好きなのか伝わってきた。
「好きなんですね、奏音ちゃんのこと」
「別にそんなんじゃねーよ!もっとほら、長年旅してきたが故の、なんつーか……」
恥ずかしいのか必死に誤魔化そうとする柊彩を見て、日聖は思わず笑ってしまう。
「何笑ってんだよ!」
「すみません、でもそれだけ大切なら奏音ちゃんの参観は絶対にいかないといけませんね!」
「そうだな、だから三日後の配信は無しだ。やるとしたら明日か明後日かな」
「いえ、明日もダメです。ところで勇者様、一つ聞きたいんですけどスーツって持ってますか?」
「ない」
薄々わかってはいたが、即答だった。
しかしこのままではまずい、聖光学園ともなると参観に来る親御さんはみんな身分の高い人ばかり。
暗黙の了解としてドレスコードがあるのはもちろん、その辺で買ったスーツでも白い目で見られるのは間違いなかった。
「では、明日スーツを買いに行きましょう。私もそれなりの服が必要ですし」
「え、私服じゃダメなの?」
「ダメです!聖光学園なんて私服で行こうものなら門前払いですよ!」
事の重大さを理解していない柊彩のために、日聖は10分以上かけて丁寧に説明した。
「ふーん、でもどこ買いに行くんだよ。俺そんな店知らないぞ」
「そうですね……あっ!」
何か思いついた日聖はパソコンで調べ物を始めたかと思うと、とある店のHPを柊彩に見せた。
「ここなんて良いと思いますよ。最近できたばかりですけどすごい流行りのブランドで、私たちくらいの年齢でも身の丈にあったものになります」
「さすが日聖、なんでも知ってるな」
「勇者様が知らなすぎるんですよ、それよりここで問題ないですか?」
「おう、任せる」
相変わらず適当な柊彩にため息をこぼし、日聖はパソコンを閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして翌日、二人は服を買いに今流行りのブランド、『ドゥースシャルル』の本店へと向かっていた。
今大人気ということもあって、そこは人通りの繁華街の中でもさらに人を集めている。
「人、多いな」
「カジュアルからフォーマルまで、なんでも揃ってますからね。さ、行きますよ」
中に入ると予想通りというべきか、平日昼間にも関わらず店内は大繁盛だった。
中でも若い年代の客が多く、その多くはカジュアルな服を見ている。
逆に今回柊彩たちが買いに来たスーツなどが飾ってあるコーナーは、そちらに比べるとあまり人がいなかった。
「これなら探しやすいな、助かった」
「ところで一つお聞きしたいのですが、採寸されたことは」
「ん?なにそれ?」
「ですよね……」
「よろしければお手伝いしましょうか」
スーツを見ていると、柊彩たちと同じ年代くらいの店員が声をかけてきた。
この際全部任せてしまった方が良いだろう、そう考えた日聖は「はい、お願いします」と答えた。
「わかりました。スーツをお求めなのはそちらの彼氏さん、で……」
慣れた様子で接客していたその店員は、柊彩の顔を見るなり固まった。
そしてそれは、柊彩もまた同じであった。
「柊彩⁉︎」
「ば、バッドエンド⁉︎」
ほぼ同じタイミングで二人が叫んだ。
当然周りの客の注目を集めてしまったため、二人はそそくさと物陰に隠れつつ。
「お前、こんなとこで何してんだよ。働いてたのか?」
「働いてるも何も、俺はここのオーナー。このブランド立ち上げたの俺だ!つかテメェこそ何してんだ、いや、そもそも生きてたのか⁉︎」
「オーナー⁉︎あのお前が⁉︎しかもファッションブランド⁉︎」
先ほどから驚きっぱなしの二人を横から見ていた日聖は、だいたいの事情は察した。
どういう偶然か、このドゥースシャルルのオーナーもまたかつての勇者の仲間だったのだ。
「あの、一度どこか落ち着ける場所でお話ししてはどうですか?」
「おう、いいこと言うな嬢ちゃん。じゃあちょっと着いてこい」
オーナーである少年、バッドエンドは二人を店の奥の部屋に案内した。
「ここは俺専用の作業場だ、誰も入ってこないから安心しろ」
その部屋には大きな姿鏡がいくつも置かれ、色とりどりで様々な材質の布や見たこともない裁縫用具、さらにはデザイン途中であろう新作の案までそこら中に散らばっていた。
「あの、無関係の私までこんなところに来て良かったのでしょうか?」
「無関係じゃねぇだろ、コイツの連れなんだし……よっ!」
その時であった。
普通に話していたかと思うと、突然その姿が視界から消える。
直後何かが弾ける音が部屋の中に響いた。
「え、えっ?」
「ってぇ、何すんだよ」
「やっぱ本物か、マジで生きてたんだな」
「お前なぁ、他にもっといい確認方法があるだろ!」
その音はバッドエンドが柊彩に殴りかかり、それを手のひらで受け止めた際に生じたものであった。
バッドエンドはケラケラと面白そうに笑い、柊彩は左手をぷらぷらさせている。
よく見るとその手は真っ赤に腫れ上がっていた。
Sランク迷宮でも傷一つなかった柊彩がここまで痛そうにすることからも、バッドエンドが勇者の仲間であり、とてつもない力を持っていることがよくわかった。
「それより色々説明しろ、この嬢ちゃんのこととか、今まで何してたのかとかな」
「お前も変わってねーな、まあいいや、少し長くなるぞ」
それから柊彩は今までのことを話した。
実は生きていたこと、1年前から配信者活動をしていたが、身バレしかけて今は注目の的となっていること。
そして訳あって聖女である日聖との共同生活が始まり、今度行く聖光学園の参観のためスーツが必要なこと。
ただ一つ、なぜ日聖との共同生活が始まったのか、彼女が命を狙われているということだけはなぜか話さなかった。
「へぇ、この嬢ちゃんが聖女様か。初めましてだな、俺はバッドエンドだ」
「初めまして、清月日聖です。ところで
バッドエンドというのは……」
「俺は本名忘れちまったからな、昔はそんなあだ名で呼ばれてたんだ。嬢ちゃんもそう呼んでいいぜ」
「は、はぁ……」
おおよそ人名に似つかわしくない気がするのだが、本人たちな気にしていない様子なのでこれ以上は追及しないことにした。
ちなみに表向きには普通の名前があるが、バッドエンド本人すらあまりその名前に興味はない。
それよりもずっと、旅の途中で仲間から呼ばれていた『バッドエンド』の呼び名の方が自分の名前に相応しいと思っているのだ。
「しっかし驚いた、最近忙しい上に配信とかあんま興味ねぇからな。全然知らなかったぞ」
「ニュースくらい見ろよな」
「確かにやってたのは知ってるけどよ、どうせ偽物だと思って気にもしてなかったわ」
「だからいきなり殴りかかってきたのかよ……ったく、お前らしいな」
「ところで奏音の授業参観だっけ?アイツすごいよな、まさか聖光学園に通うなんてよ」
「そんなすごい学校なのか?」
「おう、だからそれに相応しいスーツが必要ってわけ。大体必要な代金は……」
バッドエンドが電卓で弾き出した代金を見た瞬間、日聖も柊彩も言葉を失った。
「な、なんだこの値段……」
「これでも良心的な方なんだぜ?ただあの学園はそれくらいスゲェとこなんだよ」
バッドエンドの言う通り、それでもかなりおまけした方である。
この店には子どもを聖光学園に通わせる両親が訪れることも多いが、その際にはもっと値を張ることになる。
ただそうわかっていても、全部揃えると7桁に達する金額はあまりに荷が重かった。
「まあでもそんな反応になるよな、そこで俺から提案だ。聞いた話によると、お前は今人気配信者なんだろ?」
「まあ、そうだけど……」
「じゃあそれでウチを宣伝してくれ、そしたら嬢ちゃんの分も含めで全部タダだ」
「た、タダ⁉︎」
「おう。この企業案件、受けるか?」
「もちろん」
考えるまでもなかった。
柊彩はバッドエンドの提案に二つ返事で乗っかる。
日聖はその後ろで『流石経営者はしたたかだな』と感じていた。
普通今の柊彩に企業案件を頼むのなら、ギャラは数百万は必要だろう。
それを二人分の服一式で支払うとなると、実際にはかなりお得にすむ。
とはいえ柊彩たちにもそれだけのお金を払うのは難しいので、結局のところこれはWin-Winの提案である。
「よし、じゃあさっそく頼むわ。部屋はここ使ってくれ」
「なあ日聖、どうしたらいいんだ?」
「あっ、少し待ってください!今から用意するので」
日聖はアシスタントとして、この部屋で配信を行う準備を始める。
こうして柊彩にとって初の案件配信が始まろうとしていた。
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