第4話 聖女
「私は変わりませんよ。貴方に変えられたあの日から、ずっと……」
「言い方」
本当に昔と何も変わっていない。
思わず嬉しくなり笑いそうになるのだが、紗凪の方はどこか険しい顔をしていた。
「……紗凪?」
久しぶりに彼女と会った柊彩は少し困惑していた。
少し彼女の雰囲気は変わった、喋り方も昔と違い、すごく丁寧な口調になっている。
もちろん時間が経てば人は変わる、そこまでおかしなことはないが、それでも違和感は拭えなかった。
だが何も言わず柊彩の胸に飛び込んだ紗凪の顔を見ると、そんなこともどうでも良くなった。
「なんで生きてるならそう教えてくれなかったのですか?私はずっと……」
「ごめん、色々あったんだ」
ずっと死んだことにしたままなのは、一応それなりの理由はあった。
その時から仲間には悪いことをしたと思っていたが、改めて涙を流す紗凪を前にすると罪悪感が込み上げる。
「とりあえず、俺の家に来るか?ただ会いにきたってわけじゃないんだろ?」
ただ物思いに耽ることはできない。
感動の再会に忘れてしまいそうになるが、こうして会えたのも『助けてください』というメッセージがあってのこと。
紗凪のことはよく知っているからこそ、意味もなくあんなメッセージを送るわけがないとわかる。
紗凪は実際何かしら柊彩に助けを求めているのだ。
「そうですね……」
紗凪は一度目元を拭い、柊彩から一歩離れる。
先ほどまでは泣いていた彼女も、今ではいつもの顔に、いつも以上に真剣な表情に変わっていた。
「今日はお願いがあってきました。ですがその前に、柊彩に会わせたい人がいます」
紗凪がそう言うと、影からもう一人の少女が姿を現した。
柊彩はその顔を見て言葉を失う、なぜなら彼女は。
「聖女様……⁉︎」
そこにいたのは聖教会の聖女、
どれほど重要人物かというとその姿は決して表に出ることはなく、彼女の顔を知るのは各国のトップと聖教会の重役、そして勇者であった柊彩くらいというほどにトップシークレット。
こんなところにお忍びできていい人ではない。
彼女がここにいるというだけで、柊彩の想像を遥かに上回るほど大事な何かがあることは間違いなかった。
「話は家で聞く、すぐに戻ろう」
事の重大さを察した柊彩は、二人を連れて静かに家へと戻った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「嘘、だろ……」
家についてあのメッセージの真意を聞かされた柊彩は、驚きのあまりそう答えることしかできなかった。
紗凪の頼みは簡潔にいうと日聖を匿ってほしいというもの。
なんでも日聖は今その命を狙われているらしいのだ。
理由は勇者が魔王を倒して一般人による迷宮攻略の配信などが流行ったことにより、かつては多くの人の拠り所となっていた聖教会に入ってくるお金、ひいてはそこと繋がっていた一部の国のトップの儲けも減ったから。
それを受けた聖教会の重役は人を騙すようなあくどい商売を密かに始めようとしたのだが、聖女という言葉を体現したかのような日聖は断固としてそれを許さなかった。
その結果、遂に彼らは日聖を暗殺して代わりの聖女を立てる計画を企て始めたというのだ。
そして魔王討伐の後から聖教会に勤めていた紗凪はその動きを察知し、計画が実行される前に彼女をここに逃したのだという。
「今最も安全なのは柊彩の隣、そう判断してお願いにきました」
「本当にそうか?自分で言うのもなんだが今の俺は話題の人、注目もアホみたいに集まってるんだぞ」
「そうですね、しかしまだ確たる証拠はない。勇者であることがバレない限り大丈夫です」
「じゃあいっそのこと配信辞めた方がいいな」
「そうすると余計怪しまれるでしょう、ですから配信は続けてください」
「それって……」
頭痛を覚えて柊彩は頭を抱える、つまり紗凪はこう言っているのだ。
勇者であることを隠して普通の配信者として振る舞い、他人の目を誤魔化しながら日聖を匿って欲しい、と。
もしも柊彩が勇者であると知られてしまえば、間違いなく方々に呼び出されることとなる。
そうなれば日聖を匿ってられる状況ではなくなってしまうからだ。
現在最も、そして唯一安全なのが柊彩のそばにいること。
柊彩=勇者と世間で確定したその瞬間、日聖の身は常に危険に晒されることとなる。
「俺、もしかして最悪のタイミングでやらかした?」
「いえ、むしろ最高のタイミングでした。おかげで私も柊彩を見つけられましたし、何より最も注目されている人のところに聖女様がいるなんて想像もつかないでしょう」
「ホントにこれでいけんのかよ……」
「大丈夫ですよ、
「もう相談してあるのか?」
「いえ、ただそうなるというだけの話です」
「なるほど、りょーかい」
紗凪は一切の理由を提示せず、自信満々にそう言う。
そして柊彩もまた、それをあっさりと受け入れた。
「それで、いつまで匿えばいいんだ?」
「確たる証拠を掴むまで、としか」
「あの……」
それまで隣で話を聞いていた日聖が、おずおずと手を挙げながら発言する。
「本当に良いのですか?こんなことをしてしまえばお二人も……」
まだ日聖の暗殺計画の証拠は何もない。
もし聖がここにいることがバレれば、紗凪も柊彩も聖女の誘拐犯、大罪人として死罪は免れない。
「私は貴女には死んで欲しくありません」
「ま、こんなこと放っておけないよな」
だというのに、二人はなんでもないかのようにそう言い切った。
忘れてはいけない、彼らは魔王を倒した勇者一行。
今よりもずっと大きなものを背負い、常に世界の存亡と己の命をかけて戦い続けてきたのだ。
この程度の命の危険、今更そう恐れるほどのものでもなかった。
「本当にありがとうございます」
そんな二人の姿に思わず泣きそうになるが、それを堪えて深く頭を下げる。
「それより問題は、これからどうするかだよな」
「勇者であることはバレずに、配信者として頑張ってください」
「私もお手伝いします!こうして助けてくださったのですから、できることはなんでもします!」
「勇者の配信のアシスタントは聖女様ってか?こりゃいいな、誰もそんなこと思いもしないだろ」
とんでもない事態になったというのに、柊彩はおもしろそうに笑う。
ここまで来たら、どうにでもなれの精神だった。
元々『死んだはずの勇者である』というとんでもない秘密を隠し切ろうとしていたのだ。
今更聖女様という重大な秘密がもう一つ増えたところで、どうということはない。
「わかった、普通の配信者としてやり過ごしてやる。その代わりそっちは任せた、絶対に無茶はするなよ?」
「はい、必ず証拠を掴んでみせます」
「じゃあ俺も頑張るかな。日聖も手伝ってくれよな」
「お任せください!アシスタントとして頑張ります!」
こうして身バレした勇者と匿われた聖女の、正体を誤魔化すためにその姿を全世界に発信する配信者生活が始まるのであった。
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