第2話 大騒ぎ
まだ頭は混乱している、だが薄々何が起きているのかはわかってきた。
あり得ない数の通知には一旦目を瞑り、もう一度自分のチャンネルを開く。
よく見ると昨日の配信時間が本来の2倍以上になっており、そこで初めて自分が配信を切り忘れてたことに気がついた。
幸いにも帰り道で端末をカバンに入れていたため、後半は何も映っておらず、家がバレた心配はない。
だが肝心の部分、柊彩が女神の加護をあろうことか照明がわりに使うシーンは、映りが悪いながらもキッチリと世界中に配信されていた。
「は、はは……」
もはや乾いた笑いしか出なかった。
勝手に指はアーカイブの削除に動いていたが、おそらく効果は薄いだろう。
なにせ再生数を見るに既に1000万人以上の目には留まっているのだから。
「いや、多分……」
実際にはその部分だけを切り抜いた動画も拡散され、より多くの人に見られているのだろうが考えたくはない。
柊彩は現実から逃げるようにルーティンに戻って、配信途中の午後の情報番組を再生する。
かつての魔王軍の侵攻により、それまで利用されていた情報媒体のほとんどが機能停止してしまった。
そのため今ではニュースなどもほぼ全てが、配信プラットフォームを通して全世界に届けられる。
いつもなら昼過ぎに起きた後、適当に何か食べながらそれをぼーっと眺める。
そうすれば少しは落ち着けるかとも思ったのだが、残念なことにそうはいかなかった。
タイトルにも書かれている今報道中の今日のトップニュース、それは『3年前に亡くなった勇者、生存か?』となっており、該当部分の動画をつけて丁寧に流れを説明していたのだから。
なんでもキャスターの話によると、既に柊彩が女神の加護を使うところが映った動画は全世界で1億回以上再生されているらしい。
いよいよもうどこにも逃げ場はないのだと認めるしかなさそうであった。
「はぁ、どーするべきか……」
気が滅入りそうになるが、とにかく何か手を打たなければならない。
といってもできることなど限られている、直接なんとかするしかない。
柊彩は急いで部屋を片付け、背景用のフィルター画像を用意し、一呼吸おいてから『ご報告』というタイトルで配信開始のボタンを押す。
何も言わず突然始めたため、当然だが視聴者はゼロ。
この後同時接続が4,5人になり、そこから増えたり減ったりを繰り返すのがいつもの配信なのだが。
「……なんだよ、これ」
配信に乗らない位の小さな声ではあるが、思わずそうこぼしてしまった。
目にも止まらない速さで増えていく数字は、いつの間にか6桁を突破してなお止まる気配がない。
〈勇者ですか⁉︎〉
〈偽物?動画?〉
〈どこに住んでんの?〉
視聴者が思い思いのコメントを残していくため、チャット欄も常に流れている、というかどれか一つ読もうにもその前に消えてしまう。
自分がどれだけ世界の注目を集めているのか、改めて認識させられる。
「えーっと、急に始めたにも関わらずこんなに集まっていただきありがとうございます」
勢いに圧倒されそうになりながらも配信を始める。
どうにか誤解を解く、といっても自分が勇者であることは間違いないので誤解ではないのだが、騒ぎをこれ以上大きくしないためにも誤魔化さなければならない。
「わかっているとは思うんですけど、昨日のことについてお話しさせていただきます。まず結論から言いますと、俺は勇者ではありませんし、一切関係もありません」
〈はい、釣り確定〉
〈ネタバラシ早すぎ〉
〈なんで元動画消したの?〉
「消したのはこれ以上変な騒ぎにならないようにするためです」
〈底辺の人気稼ぎか?〉
〈じゃああの動画は演出?〉
〈記念コメ〉
「あの動画はそうですね……画角とか光魔法とかがちょうどよく重なってそう見えてしまったんじゃないでしょうか……」
当たり前ではあるが、チャット欄は大荒れである。
信じていた人と信じていなかった人、さらにとりあえず騒ぎに乗じた人がやって来ているので、暴言や柊彩に対する誹謗中傷のようなものも飛び交っている。
その中でもマトモなコメントだけをどうにか見つけ、それに答えていく。
ただそれに効果があるようには見えなかった。
むしろ渦中の人が配信を始めたということで、ますます注目を集めるばかりである。
気がつけば柊彩の配信ではもちろんのこと、世界のどこを探しても今まで見たことがないほどの人が集まりつつあった。
「とにかく、何度もお話ししている通り俺は勇者とは無関係の普通の配信者です!」
少なくともここで「そうです、私が勇者です」などと自白するよりはマシなはずだ。
そう信じて否定は続ける。
だが効果があるのかはわからず、ほかに何か良いではないかと考えていたその時であった。
〈なんで手袋してるの?〉
そんなコメントが一瞬目に止まった。
「そうだ!見ていてください!」
手袋をしているのは、もちろん女神の加護の証である紋章を隠すためである。
だが意識をすれば紋章を消すことはできる、普段からそれをするのは大変なため手袋をつけているだけなのだ。
つまりここで手袋を外し、手に何もないことを見せれば勇者ではないことが証明できる。
「俺の左手には何もないです、ほら……って、あれ?」
手袋を外して紋章のない左手をカメラに向ける。
だがふと画面を見ると、配信は終了していた。
あまりに人が集まりすぎたために、サーバーが落ちてしまったのだ。
「ええ……」
もちろんこのことも一瞬で世界中に広まった。
この日、柊彩は『今まで一度たりとも落ちたことのないサーバーを落とした男』として、新たなる伝説を刻んでしまったのであった。
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