あなたに映る景色は

みあ

第1話 風で見た幻覚

 死にたいと思ったことがないわけではないが、本気で死のうとも思ったことがない。この感覚は消えたい、というのが一番しっくりくる。

 学校の立ち入り禁止となっている屋上で風を受けながら、そう結論付ける。こんな思いをするのは良くあることだが、こんなことをしたのは初めてだった。そこからフェンス越しに見える街の景色を見て、自分の悩みがちっぽけに思える……なんてことはなく、そもそも自分の悩みがどれほど小さくてどうでもいいものか、だなんて自分が一番よくわかっている。誰がどう見たって、私はどこにでもいそうな幸せな女子高生だ。

 だけど、だからたまに、自分の価値がわからなくなる。こんな人間一人死んだところで何も変わらない。きっと家族は悲しむだろう。でもそうでない人は、一時的に悲しむ人もいるだろうが、そんなのはすぐに忘れて日常に戻るだろう。周囲への支障はない。こんな中途半端な人間には中途半端な価値しかない。しかし、こんなことを考えるのも、所謂思春期というやつ、ということもわかっているので、馬鹿な思考だと鼻で笑ってしまうのだが。

 立っているのも疲れたので、床にそのまま座り、後ろ向きに上体を倒す。眩しすぎて、呆れてしまうほどの快晴だった。


「いらっしゃい、何しに来たの? 」


紺色のセーラー服の少女が顔を覗き込んできた。私の制服は白いブラウスにリボン。この学校の生徒ではない……? 


「少し考えを整理しようと思って。ただ考えているだけじゃ、堂々巡りだからね」


教室や自室で考えても同じことばかり考えてしまう。どこかで客観的に自分を見ることができる場所を探したかった。なんだ、人がいるのか。……?人がいる?……彼女はなんだ?

 彼女の制服には見覚えがあった。この学校の旧制服だ。自分以外誰もいない筈の屋上。非現実的すぎるけれど、考えられるのは……


「あなた、幽霊? 」

「え!どうしてわかったの? 」


こんなに簡単に正体を当てるとは思っていなかったのだろうか。酷く驚かれた。


「本物なんだ……地縛霊ってやつ? 」

「地縛霊ってそれだとなんか怖いお化けみたいじゃん!……あれ?あなた、他校の子?近くにこんな制服なかったと思うけど」


幽霊は構わないのに、地縛霊は嫌なのか。そういえば、この学校の屋上で自殺した女子生徒がいるんだそうだ。


「あなたが亡くなってから制服が変わったの。十五年前はこの制服だったんだ」

「……へっ?十五年!?そんなに経ってるの〜!?……じゃあみんなおばさんだね!私だけずっと若いままでいられる! 」


三十代をおばさんというには少々早い気がするが。ポジティブ思考は大切である。ポジティブという言葉を知らない私の脳内は、考えすぎて軽くキャパオーバーしている。


若干彼女をうるさく感じてきた時、急に真剣な顔になって、私の顔を覗き込んできた。


「あなたの悩みは贅沢ね」

「幽霊って心が読めるんだ……そもそも、悩み自体が贅沢品でしょ?特に人間関係の悩みなんて、それ以外が円滑に回っているからこその悩みだもの」


食べ物がない、病気で身体が不自由、経済的に苦しい、家族の世話をしなくてはならない…………これらの心配がない人間が抱える悩みは人間関係が主。そんな贅沢な話である。


「それを知っていて尚、その悩みを抱えていようとする。どうしてあなたは誰かの一番になりたいの? 」


私の、考えていたこと。誰か……誰でもいいのかそうでないのかもわからないけれど。奇数は余る。仕方がない。でもだからといって、相手の意思を無視して自分の立場を確立させようとも思わない。だから動けなかった。


 それが別に成績に関わることでは決してなくて、私が余ったのは、グループ分けじゃない。ただの日常生活だった。一緒に行動する相手がいなくなっただけ。別に一人で行動するのは嫌じゃないし、中学生の頃はそうだったから元に戻っただけ。


そう、それだけだった。随分と贅沢な悩みだ。誰かと仲が悪いわけではない。誰とでも仲良くしようと努力した結果だった。二年半で得たものはこんなものだ。


「あなたはどうしたいの?誰とも関係を悪くせずに現状を変えたいだなんて虫が良すぎる」

「……あなたの言っていることはもっともだよ。でも、私は解決策を探しにきたんじゃない」


そう言うと、彼女は怪訝そうに眉を顰めた。意味がわからない、と。


「このままでも別にいいんだよ。ただ、私が現状に適応できるように考えているだけ」


きっと、これはここだけの話じゃない。この先もあり得る話だ。他人のことなど考えずに自分の周りのことだけ考えていた昔と、周りを大切にしようと努力してきた今。折角良い方向に向いていたのなら、それを維持しなければ。大人にならなければならないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る