第11話 おばさんとおばあさん

 姉・梅子の結婚準備の手伝いに疲れたとかで、桜子が我が「離れ」に来る頻度が多くなった。

 曰く「お姉ちゃんじゃなく、私のほうがマリッジブルー」。

 けれど、各所への挨拶からプランナーとの打合せまで、実務をしているのは……梅子を手伝っているのは、姉妹の母親である。桜子は、母親が忙しい時「いつもより少し多めに」家事手伝いをしているに過ぎない。

 我が姪の憂鬱の原因は、そんな仕事の多寡というより、母親の「度を越した」準備にあった。

 小テストの採点をしている時は邪魔してくれるな……と常々頼んでいるのに、我が姪は、お小遣いをねだりにきた小学生のように、しつこく、私の首っ玉に抱き着いてきたり、おんぶしてきたりして、愚痴を聞かせてくれる。

 私は、そんな桜子をたしなめる。

「いいじゃん。実際、もうすぐ、おばさんになるんだし」

 そう、ウキウキ気分の母親が、梅子に子どもが出来たときの練習と称して、自分のことを「おばあちゃん」と呼び始めたのだ。

 当然、桜子のことは、「おばちゃん」である。

「女子高生なのに。おばちゃんって」

「まあまあ。親族呼称の上では、梅子に子どもが産まれたら、そうなるんだし」

 気が早い、という桜子の言いぶんも、もっともだとは思うけれど。

「そーでしょ、タクちゃん。私、文句を言ったよ。自分のことをおばあちゃんって呼ぶのは勝手だけれど、私を巻き込まないでって。そしたら、練習しておかないと、なかなか慣れないわよって。アンタが私のお腹の中にいたとき、梅子を『おねえちゃん』って呼んで慣らした時も、そんな感じだったって。妹のせいで自分があんまりかまってもらえなくなって、赤ちゃん帰りする子どももいるけど、梅子は前もって練習してたせいで、立派なお姉ちゃん、しました、だって」

「君の父親のほうは、どーなんだい?」

「喜んで練習につきあってるわよ。おじいちゃんって」

「桜子がグチを言うのは正当だろうけど、私が口を挟むことでも、ないようだ」

「でも、家族の一員じゃん。ていうか、一員みたいなもんじゃん」

「一員っていうか、二分の一員くらいじゃないかな。多めに見積もっても四分の三員くらい」

「なに、それ」

「君のクラスメートとかに、同じような境遇の人とか、いないの? 参考に聞いてみたりするのも、いいかも」

「なるほど」

「あと。そういう、子どもが産まれるのが前提っていう話は、あんまりよろしくないような気がするなあ。子産めっていう無言の圧力っていうか、プレッシャーじゃん。まあ、鈴木君がプロポーズにきたとき、梅子自身の口から、子どもははやく欲しいっていう台詞、聞いてはいるけどさ。授かりものっていうし、

昨今不妊治療するカップルだっているわけだし」

「デリケートな問題?」

「それそれ」

「私も言ったわよ。そしたら、母親も娘も、妊娠・出産のエキスパートなのよ、そのへんはじゅうぶん過ぎるくらい承知してるって、言われたわ。逆に、結婚してるくせして、自分の出産を望まない産婆さんがいたら、どう思うって、逆質問された」

「やれやれ。この問題じゃ、桜子にどんな言い分があっても、勝ち目かなさそうだな。ウキウキ気分が収まれば、また元の桜子に戻るさ。それまでは、学校とかでボロを出さない程度に、練習つきあったらいいんじゃない? サクラコおばさん」


 梅子に言わせると、母親は、結婚準備の助っ人としては「ポンコツ」なのだそうだ。

 自分の結婚式のこともスッカリ忘れちゃってるクセして、娘のウエディングプランのいちいちに口を出してくるとのこと。お色直しには、小林幸子のステージ衣裳みたいなゴージャス過ぎるのを選びたがるし、式場に入るときには提灯や長持ち行列したいって言ったり、30年近くの感覚のまんまなのよねえ……と姉は妹に嘆いたそうな。

「小林幸子は知らないけど、長持ちは、今でもやってるんじゃないの? 宮城県での結婚式の特徴って聞いたことがある。実際、友達の結婚式で見たこともあるよ」

「へー。お姉ちゃんに、言っとく」

 母親の話も少しは聞くもんだ……という私のアドバイスは、しかし不評だったようだ。鈴木くん……旦那さんになる人のお母さんに、実母ベッタリな関係と思われないか心配だ、とも言っていたらしい。

「桜子。君を通して私に愚痴ってないで、母親に直接言え、と梅子に伝えなさい」

「分かったよ、タクちゃん」

 一緒に式場に出かける車の中で、母親は、しみじみ梅子に反論したそうな。

 ちゃんとした世話を焼くのもこれで最後になりそうだから、多少過保護でも許して、と。

「やれやれ。夫婦喧嘩は犬も食わないっていうけど、母娘ケンカは、どーなんだろ」


 いつものように缶チューハイ片手に遊びに来なさい……と私は、梅子に直接電話は入れた。

 しかし産婆の本業が順調だし、多賀城在住なのに石巻で式を挙げることもあり、今までのようにヒマも取りにくいらしい。

「てか。タクちゃんこそ、忙しいんでしょ? 塾に恋の相談にって。桜子から聞いてるわよ」

 まあ、時間がかみ合わないのは、私のほうにも原因があるか。

「ママの気持ち、分からないでもないわよ。娘の結婚式なんだからさ。でも、口出しするのが最後って、ありえないでしょ、あの性格で。自分でウソをついてるつもりがなくとも、ウソつきになっちゃうことって、あるのよ。今のママがそれよ。孫が産まれたら、最後の世話うんぬんって言う話はキッパリ忘れて、赤ちゃんをかまいにくるに、決まってる」

 まあ、梅子の言ってるほうが、当たってるか。

「タクちゃん。私のカウンセリングより、ママの話を聞いてやってちょうだい。 娘には聞き分けない母親でも、センセって呼ばれる立場の人が説得したら、今のハイテンション、収まるんじゃないかな」


 それで……私は、桜子母のカウンセリングをするため、なんてことはおくびにも出さずに、娘ともども、母親を我が「離れ」に誘った。口実は、梅子の結婚式うんぬんを見て、自分も少し考えるところが出てきた。式場探しとか具体的な話はまだまだ先だけれど、後学のために、手続きの方法を伝授して欲しい、と。

 桜子がどういう風に伝えたのか分からないけれど、なぜか私とプティーさんの話と早合点したご母堂は、チベット式だのインド式だの中国式だの、カラー写真入りのたくさんの資料を持って、二階図書室まで「レクチャー」に来てくれたのだった。

「あら。当の本人はいないの?」

「プティーさんなら、今から午後の営業ですよ。ゴールデンウイークを過ぎれば落ち着くって言ってたけれど、新人歓迎の宴会が立続けに入ってるとかで」

「まあ、そうなの」

「産婆の仕事には、そういうの、ないんですか? 季節によって、忙しいとか、ヒマだとか」

「季節っていうのは、体感、変わらないと思うけど。10年前に比べて、ヒマになったっていうのは確かね。少子化の影響ってヤツ」

「ほほう」

 ちょくちょく顔を合せる相手ではあるけれど、なにげに産婆の仕事内容まで聞くのは初めてかもしれない。興味があるのはあったけれど、まずは梅子のためのリサーチである。

「お母さんのときの結婚式って、どーだったんですか? というか、そもそもお父さんとの馴れ初めって?」

「ああ。卓郎君には、話したこと、なかったんだっけ。友人の結婚式で知合ったのよ」

 桜子が一度とならず聞いたことのある話のようで、横から言う。

「友達の結婚式で、知合ったのよね」

「ほう」

「花嫁さんが、庭でブーケトスをしたら、突風が吹いて、肝心の花束が独身男たちのグループのほうに、飛んでいっちゃったんだって。それで、思わずブーケを受取っちゃったパパが、一番モノ欲しそうにしてたママにブーケを渡して、つきあいが始まったの」

「なんか、ロマンチックだねえ」

「うん」

 恋バナには滅多に反応しない我が姪が、目を輝かせているのは、両親の馴れ初めだから、だろうか。母親のほうは、涼しい顔で、そんな娘の思い込みを打ち砕く。

「……それが、そんなにキレイに決まった話じゃないのよ。だって、お互いに彼氏彼女がいたんだから。特に私のほうは、彼氏と私、双方の両親公認で、婚約寸前だったんだから」

 桜子パパのほうは、交際相手が親友の妹だったとかで、その妹さんに泣かれただけでなく、親友とも絶縁状態になってしまったとか。親戚つき合いも気まずくて行けず、このままだと、結婚式を挙げても誰も参加してくれないかも……というくらい、孤立したのだ、という。

「実際に、私たちと、親友6人だけの式だった」

 それも、なぜか喧嘩別れしたはずの、お互いの元恋人たちが、無理やり結婚式に押しかけてきた、という。気まずさ100%の式だった。

「うわあ」

「だから、私は結婚式にこだわりがあるの。分かった、桜子?」

「……聞かなきゃよかったよ」

 私としては、桜子ママの結婚式うんぬんという話よりも、ドロドロの泥沼話のほうに興味があった。白石さん・姫・原田消防士という三角関係を解きほぐそうとしている身としては、さらに面倒くさそうなダブル略奪愛の話は、多いに参考になる。

 母親のほうも、私の誘導にのって、ホイホイ泥沼の「自慢話」をした。私にアドバイスするふりをしながら、桜子に向かってエゲツない話をするのが楽しいらしく、父親の元彼女と寝室で対立した話まで、出してくる。

 いつもは、どこにでもいる普通のオバサンなのに、今日に限ってイジワルなのは、どーしてなのか?

「だって、桜子、あなただって、将来結婚したいんでしょ? お姉ちゃんの話で、意識したんでしょ?」

 まあそうだ、と桜子はしぶしぶ返事する。

「だったら、ドロドロの沼話も、知っとかなきゃね」

 私はそんな面倒臭いことにならないから大丈夫だ……と桜子は、私をチラチラ見ながら、言う。

「自分でどんだけ避けようとしても、面倒くさいはやってくるもんなのよ」

「私、ママみたいに目移りする人じゃないもん。恋は一筋だから」

「今のカナデちゃんみたいに、ライバルが勝手に名乗りをあげてくることも、あるでしょうが」

 ドロドロを経験しない女の子こそ、結婚までに耳年増になっておくべき、とまで、桜子母は言う。

 私は、ぶっすーと顔をしかめている桜子に代わって、母親をたしなめた。

「今どきの女子高生って、そういうの、当に承知してるもんですよ」

「当事者と両親だけが、面倒くさいってわけじゃないわよ。お姉ちゃんが一丁上がりになって、親戚一同、うるさくなっていくからねって、言いたいの。東北の田舎ってだけで、ただでさえ面倒くさいんだけど、母親が若いころやらかしてるから、風当たり、尋常じゃなく強いわよって、言いたいわけ」

 これぞ文字通りの老婆心ですね……と私がうまいこと言って締めくくろうとすると「卓郎さんには言われたくないわ」と、母親の返事はニベもなかった。

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