略奪愛されそうな女の子のためのヘルシングアプローチ

木村ポトフ

第1話 プロローグ

「ぽっちゃり女だって、恋をするよっ」

「それは、ケーキ屋のパティシエさんに?」

「消防士さんにっ」

「知ってるくせして、わざわざ違う答えを言わなくても、いいのにねえ。タクちゃんの、イケズ」

 我が姪・桜子がこのたび塾長室に連れてきたのは、彼女の高校同級生にして、ブラスバンド部員の女の子。

 ダブダブのオーバーオールにスタジャン、という男子みたいな恰好の我が姪と違い、グレイのカーディガンに膝下スカート、黒のストッキングという「ちゃんとした」姿で、会釈してくれる。

 そう、今回の恋愛相談者は、我が庭野塾が誇る理系ガールズ6人衆の1人、白石カナデさんである。

 身長160、体重76キロという「通好みの体格」ながら、理系ガールズのうち、唯一の彼氏持ち(しかも社会人彼氏)なのだ。

 愛嬌があり愛想があり、いつもニコニコがモットーの白石さんだけれど、こうして改まってきたせいか、少し緊張しているようだった。

「……ノロケ話なら、お仲間の理系ガールズ相手に、どうぞ」

「耳にタコができるくらい、聞かせましたよ。そういうのじゃ、ありません」

「コンサート……吹奏楽の演奏会のチケットなら、つきあうのに、やぶさかではありません。でも枚数をいっぱい委託されても、さばけないなあ」

「いつかは、そういうのも頼むと思いますけど、今回は違います。ズバリ、恋愛相談です」

「おお」

 私のところに持ち込まれるこの手の「相談」は、うまくいってないのをどうにかしてくれ……という「解決策」を頼むものだ。彼氏持ちの白石さんからの相談なら……。

「分かった。ズバリ、倦怠期ですね。リビングでお尻をボリボリかきながら、屁をこく彼氏を見て幻滅した、とか。お母さんをママーって甘ったれた声で呼ぶのに気づいて、マザコンとバレたとか」

「んなわけ、ありませーん。ウチのタケヒトくんは、硬派中の硬派です」

「あ。それなら。イヤがる白石さんのブラウスとスカートをはぎ取って、ウヒヒヒヒ……」

「桜子、ぱーんちっ」

 ひでぶっ。

 いつにもまして切れ味のいい、姪のコブシであった。

「タクちゃん。自分と一緒にしないで。白石さんの彼氏は、レッキとした紳士なのよ。ヘンタイヘンタイヘンタイっ」

「しっかし。倦怠期でもない、ヤっちゃったとか妊娠したとかでもない彼氏持ちの恋愛相談って、なにさ。ヨコヤリ君とこみたいに、ちょっとはやいけど、嫁姑戦争勃発?」

「……略奪愛、されそうなんです」

「は?」

「三角関係、かもしれません」

「えっえー。ていうか、なら、こんなところで油を言ってないで、ジョギングするなりスポーツジムに通うなりして、ダイエットに励みなさいよ」

「うわ。タクちゃん、失礼ねえ。彼女がフラれそうになってるのが、デブってるだなんて。女子に向かって体重の話をするなんて、れっきとしたセクハラだかんね」

「というか我が姪よ。君のほうが、ズケズケと白石さんの体型をディスってないか?」

 そもそも、脂肪が落ちる前に「略奪」されちゃったら、元も子もないじゃん……。

 私は……いや、私たちは、白石さんの独り言を聞かなかったことにした。彼女はニッコリ、私たちに営業用スマイルを向けた。

「ありがと、サクラちゃん。でも、それだけじゃないんです、庭野センセ。私のその泥棒猫と友達でいたくって」

「白石さん? 普通の女の子は友達に泥棒猫だなんて、言いません。てか、友達言っていうくらいだから、少なくとも知合いではあるんだね。消防士彼氏だし、社会人女性がちょっかい出しに来たのかな、と思った」

 桜子が無言で白石さんの確認をとり、言った。

「姫よ。丸森ミホさん」

 丸森さんは我が塾生にして、白石さんの親友の一人。いわゆるオタサーの姫である。

「話、長くなりそうだね。お茶を出すし、座って、座って」

 桜子がさっさとソファに腰を下ろす。高級そうな革のソファにちょっと遠慮していたけれど、エイヤ、と白石さんも反対側端っこに座った。

 ドスン、とセメント袋が床に落ちるような音がすると、ソファが思いっきり傾き、桜子は少しく宙に浮いた。 


 ヘルスメータで二桁キロの人の、挙動じゃない。

 ……体重76キロってフェィクでしょ、白石さん?

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