第330話 ◆怒った男

「くそっ……!」


 苛立ち、怒りを露わにする七海。

 呑んでいた酒のグラスを地面に叩きつけ、割り、椅子を蹴り倒す。

 玖命や翔と接触した後、自社ビルに戻った七海は、不満を物にぶつけるも、それが発散される事はない。


伊達だて玖命きゅうめい……鳴神なるがみしょう……そして、【命謳めいおう】か……!」


 ブツブツと呟く七海の下に男の秘書がやって来た。

 そして、ノートパソコンを机に置き、画面に映るドライブレコーダーの映像を見せる。

 しかし、そこには【命謳】の2人と接触するより前の映像しか映っていなかった。


「ふん、やはりあの時のノック、、、で映像を破壊していたか。直前のデータしかクラウド上に残っていないとなれば……」

「はい、それらを加工する事も出来ません」


 秘書がそう言うと、七海は舌打ちをした。


「【命謳】、出来たばかりのクランだというのに慎重じゃないか……」


 七海建設の力があれば、ドライブレコーダーの映像を加工し、【命謳】に襲われたという間違った事実を世間に広める事は容易い。しかし、玖命はそれすらも読み、翔にリヤガラスをノックさせた。その車体へのとおしにより、カメラ及びデータを破壊し、流出させない方法をとった。

 これにより、真実のデータを持つのは【命謳】だけとなる。

 それでは、七海も【命謳】のスキャンダルをでっち上げる事も出来ない。


「……まぁいい。単純に考えればいいだけの話だ。【命謳】を潰し、麻衣を手に入れる。それだけだ」


 七海が言うと、秘書がうかがうように聞く。


「では……?」

「あぁ、【課長、、】に連絡をとれ」

「かしこまりました」


 秘書の男は小さく一礼し、静かにその場を離れる。

 ビルの最上階から、地上を憎々し気に見据える七海。

 だが、その表情が徐々に笑みへと変わっていく。


「ふん、今はまだ、束の間の栄光を味わっているといい……! 次の一手を指す時、麻衣は勿論、日本はこの私のモノだ。誰だろうが止める事は出来ん、【命謳】だろうが、鳴神だろうが……伊達玖命……お前だろうがな……!」


 そう言って、七海はニヤリと口角を上げるのだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 ――同時刻、伊達家。


「はぁあああっ!? 七海の社長と事を構えるかもしれないだってっ!?」


 リビングで立ち上がるのは、伊達家の大黒柱――伊達一心いっしん

 一心の前に座る玖命と翔。


「うん。だから親父に迷惑がかかるかも」


 玖命が言うと、一心は口をパクパクさせながら何も発せずにいた。

 それを見た翔が一心を指差し言う。


ヘッドの親父っていつも面白ぇよな、カカカカッ」

「今、親父の頭の中では、自分の会社の立場と、家族の立場、後、親父の威厳という部分でせめぎ合ってて色々大変なんだよ」

「ほーん」


 事実、玖命の指摘通り、一心は呼吸を忘れる程、頭を高速回転させていた。


(え、今、玖命は何て言った? 七海建設と事を構える? 誰が? 玖命? いや、【命謳】か? いやいや、【命謳】が相手だったとしても、流石に分が悪い。そりゃ勿論、武力で負ける事はないだろうけど、相手は一般人にも多く認められている七海ななうみ総一郎そういちろう。対して【命謳】は日本一のクラン……しかし、それは【天才】という一つの部分に限る。七海総一郎の悪い噂は確かによく聞くが、企業イメージはそれとは真逆。対立すれば非常にまずい。特に玖命のメンタルが……まぁ、大丈夫そうだし、大丈夫だと踏んだから玖命は動いたんだろう。考えうる企業ななうみからの圧力……後手に回れば勝ち目はない。先んじてTLEウチ穂積ほづま社長と対策を打っておくか……いや、しかし……我が息子ながら、毎回相手が凄い……。モンスター、はぐれ、日本一のクランときて、世界有数の企業とは……だがしかし、私は伊達家の大黒柱。息子には偉大な背中を見せなければならない……!)


 そう思い、一心は邪念を追い出すようにかぶりを振った。

 それを見て、くすりと笑う玖命と、ポカンとする翔。


「……わかった。玖命、穂積社長には俺から言っておくから、お前はお前のやりたいようにやりなさい。天才の義務をしっかりとまっとうするように」

「ありがとう、親父」


 玖命の礼に見送られ、


「鳴神くんも、忙しいところありがとうね。気を付けて帰るんだよ」

「おう、邪魔したぜ!」


 一心は最後まで父の背中を玖命に見せ、自室へと入って行った。


「良い親父じゃねぇか?」

「だろ? まぁ、この後が面白いんだけど……」


 玖命がそう言うと、翔が首を傾げる。


「親父はもう少し天才の聴覚を警戒した方がいいんだけどなぁ……」


 玖命の呆れ顔、その言葉に翔は一心の部屋の方へ耳を傾ける。

 すると、日本有数の天才2人の耳に届く、一心の声。


『夜分遅くに失礼致しますぅ~……あ、いや、そうなんです。はい! 流石は社長! 部下の事をよく考えていらっしゃる! 正に社長のかがみというのに相応ふさわしいでしょうねっ! はい! えぇ、そうなんですぅ~! 急遽お話したい事がありまして、はい! 明日の午前一番でお時間を頂きたく……はい! そこを何とか! えぇ、拠所無よんどころない事情がありましてぇ……はい! ははは、社長には敵いませんね。わかりました、伊達玖命のサイン色紙! 身命を賭して明日の午前、お届けします! 今なら鳴神翔くんのサインだって付けられますよっ! おぉ! やはり社長も鳴神くんをっ? ははは、我々の時代でも稀有な存在でしたからねぇ! はい、はい! お任せください! はいぃ~、それでは明日。はい、おやすみなさいませ……失礼致します……………………うし! うしっ! うっしゃぁ!!』


 そんな伊達一心の勝利を耳にし、翔は目をぱちくりさせた後、カカカと大きく笑った。

 玖命は立ち上がり、それに倣うように翔も立ち上がる。


「事務所に色紙ってあったよな?」

「あぁ、たんまり在庫があんぜ? 行くかよ?」

「仕方ない、親父の威厳を守りに……行くか」

「おうよ! カカカカッ!」


 翌朝、一心の枕元には、【命謳】全員からのサインが書かれた色紙が置いてあったのだった。








 ◇◆◇◆◇◆◇◆ 後書き ◇◆◇◆◇◆◇◆


 コミカライズ決まりました٩( ᐛ )( ᐖ )۶

 作画担当、レーベル、連載開始時期等は、まだ言えないアレです。

 今、別の書き物をしているので更新頻度は下がりますが、5月上旬から中旬にかけて徐々に連載ペースを上げていけたらなと考えております。


 追伸:命謳Tシャツ、着過ぎて破れました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天才派遣所の秀才異端児 ~天才の能力を全て取り込む、秀才の成り上がり~ 壱弐参 @hihumi_monokaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ