第六部
第289話 妹の流儀
◇◆◇ 20X0年10月21日 9:30 ◆◇◆
「プロモーション……ビデオ……ですか……?」
四条さんはテーブルの上にあるノートパソコンをこちらに向け、一時停止している映像を俺に見せてくれた。
「とりあえず
「え、はい……」
そうか、だから昨日は朝から
プロモーションビデオか……確かに【大いなる鐘】とか【ポ
今、【命謳】はクラン員の増強は欲しいかもしれないけど、企業依頼は捌き切れない状況。
……とはいえ、四条さんに狙いがないとは思えないし、とりあえず観てみる……か。
俺はノートパソコンのスペースキーを
すると、大きなピンク色の文字が華やかなモーションをエフェクトを付けて現れた。
タイトルは――【妹の流儀】
「……何これ?」
俺の言葉なんて聞こえていないのか、目の前の四条さんはニコニコしながら煎茶を
――妹の流儀。伊達家の守護者、
「ナレーションが四条さんだ……」
中々上手いな?
――毎朝5時半に起きる伊達。寝ぼけ眼をこすりながら大きくひと伸び。顔を洗い、歯を磨く。制服に着替えれば、伊達の準備は全て整う。しかし、それでは済まないのが伊達家である。
――これから何を?
『……今日は、ベーコンエッグかな? ってあれ? もう撮ってるの?』
――撮ってます。
『あ、あははは……うん、コホン。今日はベーコンエッグですね』
――カメラは緊張しますか?
『あ、いや、別に緊張とかはないですけど、慣れないなーって』
――伊達家ではベーコンエッグが多いのですか?
『いえいえ、先月まではモヤシ炒めばかりでしたよ』
――モヤシ炒め?
『とても安上がりだったので』
――家計をしっかり気にされているんですね。
『今はお兄ちゃ――あ、兄の健康管理を一番に考えてます』
――お兄さんというと、あの
『はい、とても優しい兄です』
――伊達命の兄、伊達玖命。今や日本人ならば知らぬ人間はいないとまでされる最強の天才の一人。今年の10月10日、11日に行われた【
――お兄さんは、あの2戦については何と?
『牛肉パワーがどうとか言ってましたね』
――牛肉パワー……ですか?
『前日が国産牛を使ったお祝いだったので、それで力が有り余っちゃったんじゃないかと』
――和牛ですか?
『いえ、国産の交雑牛です。兄に和牛はまだ早いですから』
――そうキッパリと言い切った伊達の表情は、正に職人。たとえ兄の願いとはいえ、和牛は受け入れられないといった様子だ。
――鼻歌交じりにベーコンエッグを仕上げていく伊達。ネイビー色のエプロンの右下には『だてきゅうめい』の名前。
『これですか? 兄が小学生の家庭科の授業時に使ってたやつです。今の私にちょうどいいので』
――皿が1、2、3、4枚。
『兄と父は卵が2つですね。私ともう1人はあまり食べられないので1つです』
――いつもありがとうございます。
『いいえ、どういたしまして』
――テーブルに4枚の皿を。中央には野菜スティックを並べ、皿の端に焼いたトーストを置く。
『おはよー……』
――6時30分。伊達家の大黒柱が洗濯機を回してから登場。
『あ、お父さん、おはよー』
『洗濯機回した』
『それじゃお兄ちゃんに干して貰って。私が帰ってから取り込むから』
『うい、今日のゴミ、それ?』
『そう。よろしくー』
『うい』
――すると、最後の
「……寝坊助……」
――伊達家の長男、【天武会】個人戦覇者の伊達玖命の登場である。
『……このカメラ、何ですか?』
――おはようございます。
『お、おはようございます……?』
――今日はベーコンエッグ、トースト、野菜スティックだそうです。
『……っ! ベ、ベーコン……!』
――何で泣いてるんですか?
『朝食に肉なんて……夢みたいで……』
――何か、すみません。
『あ、お兄ちゃん、今日の帰りにスーパーで卵よろしく』
『御心のままに』
――随分腰の低いお兄さんですね?
『そうですか? たまにとんでもない事も言いますよ?』
――確かにそうかもしれない。
『棗ちゃん、カメラカメラ』
――確かにそうかもしれませんね。【天武会】では大立ち回りでしたからね。
『ファンが増えたみたいですけど、やっぱり兄は兄なので』
――顔を綻ばせる伊達の笑顔には、少しの照れと、兄に対する信頼があった。
――兄玖命が洗濯物を干し、父一心が皿洗い。その隣では伊達が、先に作っておいたお弁当の具材を弁当箱に詰め込む。アルミ箔に包まれたおにぎり、色とりどりのおかず、野菜を詰め込み、瞬く間に4つのお弁当が完成する。……4つ?
『今日は棗ちゃんのもあるよ』
――え? はい? ありがとう……ございます。
『それじゃあ行ってきまーす』
――父一心がゴミを持ち、会社に出かけ、
『行ってきまーす!』
――兄玖命が洗濯物を干し終え、天才の義務を果たしに出かける。
『それじゃあ私もそろそろ行くね』
――学生靴を履き、微笑みを振りまく伊達。
『行ってきます、棗ちゃん』
――行ってらっしゃい。
――学校へと向かう伊達の背中には希望があり、決して折れない芯があった。妹の流儀。それは、妹だけでは成り立たず、兄や父だけでは成り立たぬ家族の結晶。今日もまた、伊達の一日が……始まる。
「……えーーーーーっと…………これは……プロモーションビデオ……?」
「プロモーションビデオ」
そう言った四条さんの目には希望があり、決して折れない芯があったのだった。
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