第250話 ◆54階

 八王ホテルに着いた相田、川奈、四条は54階にあるフランス料理店【AuSoleilソレイユ】へと向かった。

 エレベーターの中で、スマホを操作していた四条が言う。


AuSoleilソレイユって『太陽の下で』って意味があるんだな」

「高い階層にありますからね。お昼も人気ですけど、夕暮れ時に来るのがおすすめだそうです。そう、これくらいの時間に……!」


 そう言うと同時、川奈の表情が厳しくなる。

 思い出したように川奈がブツブツ言い始める。


「大体、私たちに一言もなく行っちゃう伊達さんも伊達さんですよ。デートもそうだし、立川の私の家だってまだ来てもらってないのに……」

(いや、きゅーめーにそれはハードル高いだろ……? きゅーめーはやっぱり……スーパーの試食品売り場とかのが喜ぶんじゃないか?)


 四条が真剣に悩んでいると、エレベーターが54階に到着した。

 扉が開くと相田が我先にとずんずんと歩を進める。川奈がこれに続き、四条がやれやれと肩をすくめて後に続いた。


「いらっしゃいませ、AuSoleilソレイユへようこそ……ん?」


 受付の店員は最初相田に言うも、その隣には見覚えのある女。

 最後には女の背中にある装備を見、確信に至る。


「これは川奈様、ようこそおいでくださいました」

「【命謳ウチ】の代表来てますよね?」


 その目に圧倒されたのか、店員は身体をビクつかせて言った。


「だ、伊達様ですね、いらっしゃっております。ご案内致します」

「お願いします」


 案内を受け、最奥の個室へと足を運ぶ3人。

 店員がノックをすると、中にいる米原は料理の提供かと思ったのか、すぐに「どうぞ」と返答があった。

 店員が個室のドアを開けるなり、相田、川奈が個室内に入る。


「へ?」

「あ」


 キョトンとする米原、驚く玖命。

 玖命は立ち上がり、3人を見る。


「あ、相田さん、川奈さん、それに四条さんも……? っ!」


 それが救援だと理解するのに、玖命はそう時間を要さなかった。

 手を合わせ、3人を前に祈るように目を瞑る。


「感謝で――――す?」


 玖命の感謝の言葉は3人の耳に届いたのだろう。

 しかし、届いたからといって反応するという訳ではない。

 玖命の横を通り過ぎ、ポカンと3人を見上げる米原。

 しかし、次の瞬間、川奈が言った。


「米原さん、伊達さんを迎えにあがりました」

「あら? まだ来たばかりなのに……もう少しだけよろしいではありませんか?」

「伊達さんはフランス料理の食べ方すらわからないんです! 【命謳】の代表に恥をかかせる訳にはいきませんっ!」


 川奈が言い切るのと同時、玖命は自身の胸を押さえる。

「ぐぅ……!」という声が漏れ、玖命に多大なダメージを与える。


「道理で、お箸を探してらっしゃったのですね」


 微笑みながら米原が言う。


「であれば、私が手取り足取り、教えて差し上げましょう。幸い個室ですし、伊達さんのご経験にもなるかと……いかがです、川奈さん」

「結構です。そういうのは私の仕事ですからっ!」


「そうなの?」というキョトン顔の玖命をよそに、川奈が続ける。


「あと、このお店のお会計を済ませられる程、お金を持ってないんです!」


 川奈が言い切るのと同時、玖命は自身の胸を押さえる。

「こはぁ……!?」という声が漏れ、玖命に甚大なダメージを与える。


「ご安心を、今回の食事は、私の八王子案内に対するお礼。伊達さんにご負担を強いるつもりはありませんから」

「いいえ、米原さんは、北海道から八王子にいらっしゃったゲスト! ここの支払いをさせる訳にはいきません! 【命謳】の名に傷がつきますっ!」

「あら……そうでしたか。伊達さん……よろしいのですか?」


 流し目で聞く米原に、玖命はギクリと肩をビクつかせる。


「えっと……ぎ、銀行に行って――っ!?」


 そう言ったところで玖命が気付く。

 致命的な問題に気付いてしまったのだ。

 気付いてしまった故に、玖命の呼吸は荒く激しくなる。


「そうです! この時間にATMに行けば手数料発生は必至です!」

「自分のお金をおろすのに……手数料が300円!? 馬鹿なっ!?」


 動悸の激しい玖命に、流石の米原も困惑の色を浮かべる。


「大丈夫です、だから私が迎えに来たんですから! さぁ、伊達さん。こちらを」


 そう言って、川奈は伊達の手に万札の束を載せる。


「ふぉ!?」


 皺のない帯付きの100万円を前に、玖命が硬直する。


「正式なおもてなしは明日の予定でしたよね、伊達さん?」

「……あ、……え? あ……あ……あぁ……そう、だね?」

「それでは伊達さんはもう大丈夫なので、それで会計を済ませて、もうお帰りください。命ちゃんが待ってますよ!」


 そんな川奈の怒涛の押し切りにより、玖命は個室を追い出される。


「わ……とと……え? お、お邪魔しましたっ?」


 四条に背中を押され、会計に向かう玖命を見送ると、川奈は米原に向き直る。


「残念です。折角仲良くなれそうでしたのに」


 ワインを片手に妖しい瞳を見せる米原の前に、これまで黙っていた相田が座る。


「あら? どちら様?」

「伊達玖命ファンクラブ会員番号3番……相田好です」

「っ!?」


 米原の目が見開かれる。

 妖しい瞳など、まるでなかったかのような米原の反応に、川奈も動く。


「同じく会員番号0番! 川奈ららですっ!」


 そして、玖命を店の外まで押し切った四条が戻って来る。


「同じく会員番号9番、、! 四条棗だっ!」


 この時、この場、このメンバーにおいて、「朝まで伊達玖命!」の開会は成された。

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