第五部

第229話 ◆尾行1

 ◇◆◇ 20XX年9月25日 9:00 ◆◇◆


「むぅ……今月はかなりの出費よね」


 レシートや領収書をリビングのテーブルに並べ、家計の支出を眺めながら伊達だてみことが唸る。


「まぁ、お父さんの収入だけでもプラスになってるあたり、お兄ちゃんの功績は大きい……というか大きすぎるけどね。お父さんの方は会社が全部やってくれるけど、【命謳クラン】の分は私と棗ちゃんでやるしかない……か」


 そうブツブツと呟きながら、家計簿の記入を終えるみこと

 そんなみことの前に、四条が欠伸あくびをしながらやって来る。


「あふぁ……みこと……おはよう……」

「あ、棗ちゃんおはよう」

「ん、家計簿か? あー、そうだった」


 思い出したかのようにそう言って、四条がとたとたと部屋に戻って行く。


「ん?」


 小首を傾げるみことの前に、四条が戻って来る。


「これ、来月の家賃な」

「あぁ……ありがとう。これで来月の食費が……ん?」


 そう言って、みことが封筒の中身を見る。


「あれ……? いつもの倍以上あるんだけど……3……ううん、4ヵ月分?」

「来月分だよ」

「え、何で?」

「ここ、日本一安全だから」


 そんなあっけらかんとした四条の表情に、みことは何も言えなくなってしまった。


「【命謳めいおう】の収入がやばいから、私の収入もとんでもない事になってるんだよ。まぁ都心の一等地借りるより安全安心でストレスなく、家賃も安いんだから、控えめに言って最高じゃん。だから、それは来月分。それに、ハイスペックパソコン導入したから電気代も上がるだろうしな。むしろ、住まわせてくれてる事に感謝だよ」



 そう言って四条は自分用のお茶を冷蔵庫から取り出し、ぐびっと飲み始める。


「…………ま、お兄ちゃんもいるしね」


 みことの言葉に、四条がお茶を噴き出す。


「な、何でそこにきゅーめーが出て来るんだよっ!?」

「だって、日本一安全なんでしょ?」

「そ、そう! そうだったな! そう! アイツがいるから日本一安全なんだよ! うんっ!」


 焦って話す四条にくすりと笑うみこと

 四条は話題を変えようとテーブルを眺める。

 きちんと整理されたレシート、領収書に、「おー」と声を零す四条。

 その中で、四条にとって異質な文字が目に入った。


「なー、みこと

「ん? 何?」

「この100円均一のレシート、誰の?」

「…………お兄ちゃん、かな?」

「一心さんじゃない理由は?」

「お父さんはそういうもの買わないし……」

「でも、きゅーめーがコレ着けてるところ、見た事ないよな」

「……サングラス、、、、、。お兄ちゃんが?」


 そう、四条が見つけたのはサングラスのレシート。

 みことと四条には心当たりがなく、玖命に当たりを付けるも、使用用途がわからない。


「明日が月刊Newbieの発売日だろ? 有名人になった自覚ってのはどうだ?」

「それなら、この前の越田さんとの記者会見でもうなってるでしょ? それに海老名の一件でテレビに出ちゃったんだから、このタイミングで買うのはちょっと違和感よね」

「日付は……昨日か」

「じゃあ使うのは今日ね」

「何で?」

「お兄ちゃんは切羽つまらないと100円均一利用しないから。サングラスの使用用途ってオシャレ、日よけ、顔を隠す……それくらいでしょ?」

「まぁそうだな」

「オシャレは――」

「――ないな」


 食い気味で言う四条に、みことは目を丸くする。


「じゃ、じゃあ日よけは?」

「この時期に? もう10月入るんだぞ?」

「でしょ? なら顔を隠すくらいしか残ってないのよね」


 そうみことが言った直後、玄関の方に人の影が流れた。

 それを視認した二人は、すぐに廊下へと出る。

 ガチャという比較的大き目なリビングドアの開閉音と共に、影もとい玖命が声を漏らす。


「あ……」


 玖命は既に玄関ドアを開いている。

 当然、開閉音なんてものは聞こえなかった。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

「きゅーめー、出かけるのか?」


 そんな二人の質問に、玖命は焦り顔を見せる。


「う、あ……うん、そうなんだ。ちょっと人と会う約束をしてて」

「サングラス。それにマスクなんかして、どうしたの?」

「あ、これ? えっと……最近ちょっと有名になってきちゃって、結構話しかけられるんだよね……ははは」

「そういうのも、天才と人間の架け橋には重要ってお兄ちゃん言ってなかった?」

「あ、うん。でも、今日は相手に迷惑かなーと」

「ふーん、そうなんだ。朝ごはん、食べてないよね?」

「あ、うん……外で食べるから」


 玖命がそう言うと、みことと四条がピクリと反応する。

 しかし、二人は顔には出さず、玖命に言う。


「そう、それじゃあ気を付けて行ってらっしゃい」

「何かあったら事務所の電話鳴らすように。んじゃ行ってこい」


 そんな二人の言葉に、玖命もようやく平静を取り戻す。


「うん……い、行ってきます」


 表情を変えず出て行く玖命。

 玄関ドアが閉められた直後、兄と代表を笑顔で見送ったみことと四条が顔を見合わせる。


「お兄ちゃんが――」

「――外食ぅ?」

「棗ちゃん、これは」

「おう、何かあるぞ」

「完全に不審者だったね」

「ありゃ何かよからぬ事をしようとしてるぞ」

「よし……追うわよ!」

「任せろ!」


 そう言って、二人は数十秒もかからず支度を整える。

 家を出て、玖命の背を見つけた時、二人もまた不審者を絵に描いたような格好となっていた。


みこと、そのサングラスどうしたんだよ?」

「中学校の時の文化祭の小道具貰ったのよ。それより棗ちゃんこそそのサングラスは?」

「命狙われてた時に念のために買っておいたんだよ」

「「……なるほど」」


 くして、不審者を追う不審者二人の尾行が始まったのだった。

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