第175話 越田高幸2
八神との面会動画の続きは、これ以上はないようだ。
それはつまり、これ以上は八神から何も得られないという証拠。
俺はタブレットをテーブルの上に置くと、無意識にソファに身を預けてしまった。
八神が……人を。
そう思っただけで、俺は大きな疲労感と喪失感を同時に受けたような気がした。
越田さんはそんな俺を見た後、くすりと笑った。
「どうやら伊達殿は違うようだね。安心したよ」
それが何を意味するのか、最初俺には理解出来なかった。
だが、すぐに理解出来たのだ。越田さんがホッとした理由を。
「ち、違いますっ! 俺は人をその……八神みたいな事は……はい!」
「ははは、気を悪くしないでくれ。あくまで確認であり、これは荒神殿からの命令でもあるんだ」
「え? あ、荒神さんが俺の事を……?」
「八神のような前例を作る訳にはいかないからね。派遣所も慎重だという事だよ。まぁ、私としては、伊達殿の扱いをもっと丁重にすべきだとは思うが」
「は、はははは……」
直後、タイミングを見計らってか、秘書の方が俺たちの前にコーヒーを持って来た。
俺は小さく頭を下げ、秘書の方の背中を見送り、再び越田さんを見た。
「
「あ、えぇ。北海道に行く前にちょっと」
「あの方から連絡があってね」
「山井さんから連絡……ですか?」
「ただ一言――『越田以上の逸材だ』とね」
そう言って笑った越田さんに、俺はどんな顔をしたらいいのだろうか。是非誰かに教えて頂きたいところだ。
「米原殿の【姫天】……動画を観させてもらったよ。強く……なっているね」
「は、はぁ……どうも……」
「高ランクの天才たちは
相変わらず凄いな、この人は。
既に山井拓人さんが【インサニア】を脱退した情報を得ている。
そして、それを俺が知っている前提で話している。
「だから山井殿は
「……ありがとうございます」
「うん、メンタルもしっかりと身体に追いついているようだね。まぁ今日は腹の探り合いをしたくて伊達殿を呼んだ訳ではない。本題の前の雑談だと思ってくれたまえ」
「クランの件でしょうか」
言うと、越田さんは、少しだけ驚いたような表情を見せた。
しかし、すぐにいつものように平静を装ったように言った。
「米原殿に何か吹き込まれたかな? ふふふ、確かにその通りだよ」
「水谷さんにも言いましたけど、
そこまで言ったところで、越田さんは俺の言葉を止めた。
手を前に出し、それはもう知っているといった様子である。
「――構わない。既に伊達殿が自分たちのクランを創設する話、知らない訳ではない」
一体どこから仕入れて来るんだろう、この人。
「今日は事前交渉の場だと思ってくれればそれでいいんだ」
「事前交渉……ってどういう事ですか?」
「クランを創設するんだろう? 【大いなる鐘】が牛耳るこの東京で」
「そ、そういう事になりますかね」
気に障ったのだろうか?
越田さんに限って圧力を掛けてくるとは思えないのだが――、
「クランを創設したら、我々【大いなる鐘】との同盟を結んで頂きたい。それが今日の本題だよ」
…………………………………………ん?
「すみません……今、何て?」
「クランが出来たら同盟を結んで欲しい。そう言ってるんだよ、私はね」
「……はい?」
「クククク、別におかしな事ではないだろう? 伊達殿のクランはどう考えても今年の目玉となる。そして、近い将来【大いなる鐘】を抜く可能性さえ秘めている……だろ?」
「あ、いや……それは流石に……わからないですけど」
「ふっ、否定しないあたり、伊達殿のビジョンはかなり大きいようだね」
「そ、そういう訳じゃなくてですね……」
「私は非常に
そんな自己紹介は生まれて初めて聞いたぞ。
「クランとして、今は【大いなる鐘】の方が大きいし、影響力がある。それは伊達殿もそう思うだろう?」
「……そりゃ、日本一のクランですし……」
「では、伊達殿が創設したクランが【大いなる鐘】を超えた際、その時の私を想像してみてはくれないか?」
俺たちのクランが【大いなる鐘】を超えた場合の……越田さん?
すると、越田さんは少し芝居がかった口調でわざとらしく言ったのだ。
「『あぁ……あの時に同盟を組んでおけばよかった』……未来の私はそう思うと断言出来るんだが、伊達殿はどう思う?」
「だ、断言……」
「私は非常に狡猾な人間でね」
どうしよう、さっきも聞いた気がする。
「今の内に伊達殿のクランと、同盟の確約をし、未来の越田高幸を助けようと思ってね」
それってつまり、
「未来で伊達殿に同盟を依頼すると、高くつきそうでね。『まだ創設していない今の段階で安く買っておきたい』。それが私の本音だよ」
なるほど、だから事前交渉って事か。
この人……本当に凄いな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 後書き ◇◆◇◆◇◆◇◆◇
2023/9/6 午前9:50現在
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それだけ٩( ᐛ )( ᐖ )۶
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