第133話 ◆頭

 その後も山井と玖命の戦いは続き、鳴尾なるお月見里やまなし、川奈を驚かせ続けた。

 しかし、その決着はあまりにも呆気なかった。


「「っ!?」」


 全員が驚愕する中、剣と剣の衝突、その衝撃波だけで、遂に強化ガラスが割れた。

 それを試合終了のサインと見たか、山井は床に強化木剣を突き刺した。

 そして、玖命に近付いて、再び握手を求めたのだ。


「やるじゃないか伊達。正直、どっちが勝ってもおかしくなかったぞ」


 そう言われ、玖命はその手を取る。


「よく言いますよ、まだまだ余力を残してたじゃないですか」

「はははは、一応部長職だしな。ある程度の強さがないと務まらんのよ」

「おっと……」


 ふらつく玖命を、山井の手が助ける。


「はっ、持久力Aだな。ギリギリSSダブルってところか?」

「そこは検討の余地ありですよね」

「心配するな。基礎スペックは私並み……ここまで鍛えてる人間はそうはいない。誇っていいぞ」


 ニカリと笑う山井を前に、玖命は毒気を抜かれたのか、はたまたどっと疲れが出たのか、その場に腰を落としてしまった。


「だ、伊達さん!」


 心配そうに駆け寄る川奈。

 玖命の肩を支え、そのろうをねぎらう。


「お疲れ様ですっ!」

「お? ははは……ありがとうございます……」

「敵討ち、出来ませんでしたねぇ……」

「ちょっと相手が悪かったですね……ははは」

「うんうん、大丈夫大丈夫です。伊達さんは日に日に強くなってますからっ! うん、大丈夫ですっ!」


 言いながら、川奈の目に涙が溜まる。

 頑張った玖命を心から心配し、無事を願った川奈の張り詰めた感情が、ほんの少しだけ零れてしまっただけの事。

 だから玖命も、くすりとだけ笑って、先程同様川奈の手をぽんぽんと叩いた。

 疲労困憊ひろうこんぱいの玖命、感情が溢れてしまった川奈。

 山井はニカリと笑い、鳴尾なるお月見里やまなしも、苦笑しつつ二人に労いの目を送る。


 がしかし――その場にいなかった者には、わからない事がある。

 その現場をただ見ただけの者には、絶対に伝わらない状況。

 その者は、見てしまった。

 ――倒れる伊達玖命と、泣く川奈ららを。


「ちょ、ちょっと困ります! ここから先は立ち入り禁止で! あの! 聞いてますっ!?」


 別の職員の声。誰もがそれを理解していた。

 そしてそれが、誰かを止める声だという事もわかっていた。


「邪魔すんな嬢ちゃん。俺様も関係者よ、関係者」

「いえ、そういったお話は伺って――」

「――おうおうおう! 邪魔するぜぇ!?」


 トレーニングルームを抜け、訓練場にやって来たのは――、


「「あ」」


 金髪のリーゼント男。


「「っ!?」」


 その鋭い眼光は、男を注意しようとした鳴尾なるおを黙らせ、月見里やまなしをビクつかせた。


「あぁ? ぁんだお前ぇら?」


 男の視界に映るのは――当然、倒れる玖命と、泣く川奈。

 ――――瞬間湯沸かし器。


 その男以外、その場の全員の脳裏によぎったのは、そんな言葉だった。

 顔に浮かび上がる青筋、青筋、青筋、青筋、青筋、青筋。

 睨みつける眼光の先は……当然、山井意織。

 下から覗き込むような視線に、流石の山井にも困惑の色がうかがえる。


「おうてめぇ!!!!」


 りんと響く通った声。


「ウチの舎弟しゃていヘッドが世話になったようだなゴルァアアアッ!!!!」


 耳をつんざくかのような怒声と気合い。

 その緊張を破る事が出来たのは、その男を知る二人だけだった。


「舎弟って私ですかっ!? 翔さん、、、っ!?」

「いつから俺がヘッドになったんだよ、翔?」

「てめぇらは黙ってろぃ!!」

「「はい……」」


 こうなった翔は、最早もはや誰にも止められない。

 それを理解していた二人は、ただ黙り、事の成り行きを見守るという選択肢しか選べなかった。

 というより、選択を放棄したと言える。


「おうてめぇ! どこかで見たぁつらだな、おい!!」

「……そういうお前もどこかで……? いや、待て? 確か伊達が今、翔と?」

「どこ中だてめぇおらっ? あぁ!?」

「っ! 思い出した! お前、鳴神なるがみしょうかっ!!」


 山井の言葉に、鳴尾なるお月見里やまなしが驚愕する。


「マジか……とんだ大物が出てきたぞ……?」

「何なんですか、あの三人? どういう関係なんですか?」


 月見里やまなしは困惑しながら頭を抱える。


「んなこたどうでもいいんだよ、爺っ!! 俺様の舎弟泣かせて! 俺様のヘッド泣かせて!!」

「いや、俺は泣いてないぞ?」

「この落とし前どうつけてくれるんじゃボケェエエエッ!!!!」


 玖命のツッコミは届くはずもなく、翔の拳が山井に向かう。

 その威力に目を見張り、山井は咄嗟に腕を交叉させる。


「くっ!? ぐぉ!?」


 顔を歪ませ、吹き飛ぶ山井。

 訓練場の壁に着地したものの、大地に降りた山井の腕に痺れが走る。


「は、ははは……何という威力……!」

「じゃあああああかぁしぃいいっ!! ちょっとくらい強ぇからって調子ぶっこいてっと――――ミンチにしちまうゾ? お?」


 顔中の血管という血管が浮き出る様に、ヘッドと舎弟は呆れた目を向ける。


「あれ、呼んだの川奈さん?」

「呼んでないですぅ……調査課に遊びに行くってToKWトゥーカウ送っただけですぅ……」

「それは呼んでるも同義ですねぇ……」


 翔が叫ぶ。


「てめぇのそのフサフサの髪の毛引き千切ってハゲ散らかした脳天にウチのクランのエンブレム刻んでやんぞゴルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!」


 くして、山井の髪の毛を守る戦いが始まったのだった。







 ◇◆◇ 後書き ◆◇◆


 私は、彼を、待っていた。

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