第118話 ◆玖命に集う人々3

「お? 玖命クン!」

「伊達くん!」


 玖命にそう言って近寄って来るのは、水谷みずたに結莉ゆりと、相田あいだよしみ

 伊達家の前で待っていた玖命が、二人に軽く会釈する。


「お二人とも、ご一緒だったんですね」

「好と待ち合わせしてね。私は一心さんに日本酒」


 言いながら水谷は銘柄の違う2本の一升瓶を掲げる。


「わ、私はデパートでお惣菜を色々……」

「わざわざ買ってきてくれたんですか? ありがとうございます!」

「作ってもよかったんだけど、他人の手作りがダメな人っていたりするでしょ? だからこっちのが正解かなーと」

「ははは、ウチにはいないですよ。でも、わざわざお気遣いありがとうございます」


 そう言う玖命に、相田はくすりと笑う。

 そんな相田にずいと顔を寄せ、水谷が言う。


「好は気にしーだからねー」

結莉ゆりが図太いだけでしょう?」

「それにしても相田さん、よくお休みがとれましたね」

「あははは、今日までだけどね。一応、私は被害者って扱いになるから、様子見って事で休まされたの」

「なるほど……あ、水谷さんクランは大丈夫でしたか?」


 聞くと、水谷は肩をすくめて返す。


「何とかね。八王子を救った功績と、クランメンバーが15歳の少女を襲ったって炎上で、プラマイ0って感じ。それでも、高幸は火消しやらなんやらで仕事に追われてるみたい」

「て、手伝ってあげなくてよかったんです?」

「はぁ!? 何で私がっ!」


 珍しく怒りを見せる水谷に、玖命と相田は目を見合わせる。


「伊達家の皆に高幸が頭下げたら、あんなもん公式会見みたいなもんでしょ! 高幸はあの時の現場を利用したのよ!」


 ぷんすこと怒る水谷に、玖命が苦笑する。


「あれはあれで越田さんの正解ですよ」

「玖命クンはそれでいいのかな?」

「あそこまで大事おおごとになれば仕方ないですよ。それで、八神はどうでした?」

「一応高幸が面会したらしいけど、やっぱり天恵の中身については黙秘してたよ。玖命クンからの情報も、公的には確実とは言えないから。参考資料程度に派遣所が管理するって話だね」


 水谷が言うと、玖命は今度は相田に向いた。


「自己申告組はどうでした?」

「3割近くが行方をくらませたらしいわ。八神さんみたいに天恵詐称をしていた可能性が高いわね」

「それじゃ四条さんは……?」

「これ以上狙われる事はない、というのが派遣所の見解。【魔眼】の存在を怖がってたのは八神さんだけみたいだったから」

「何でそれが……ん? あ、そうか。自己申告組の中で大きなクランに入ってたのは――」

「そう、八神さんだけ。だから、活動自体が大きくない天才が、リスクを冒してまで四条さんを狙う可能性は極めて低い。派遣所はそう結論付けました。でも、しばらくの間、念の為の護衛は付けさせるって……越田さんが」

「え、越田さんが?」


 玖命がそう聞くと、水谷が答える。


「高幸なりの罪滅ぼしだよ。ま、そこのクランメンバーに襲われた四条さんがOKするかってのは別問題だけどね」

「あー……確かにそうかもしれませんね」


 玖命は苦笑した後、思い出したように言った。


「あ、すみません玄関先で。今日はお祝いですからね。そういうのは忘れて皆で楽しみましょう」

「ふふふ、そのつもりだよ、玖命クン!」

「実は今日の事、楽しみにしてたの、ね、結莉ゆり?」

「え〜? 楽しみにしてたのは好でしょー?」


 ケラケラと笑う水谷に、相田は困ったような、焦ったような表情を浮かべる。


「も、もう……結莉……あ、後で覚えてなさい……」

「はははは、それじゃ、中へどうぞ」


 玖命が玄関を開け、二人を案内する。

 直後、水谷の登場を受け、みことを筆頭に桐谷と山下が甲高い声をあげる。


「「み、水谷様ぁあああ!!!!」」


 玖命は、桐谷や山下はともかく、みことに呆れた顔を向けている。


「いや、最近結構会ってるだろ」

「何度も会ったらファンじゃなくなる訳じゃないのよ。推しに会える! それだけでご飯3杯いけるわっ!」


 そんな妹の意気込みに、玖命は乾いた笑いを浮かべる。


「ははは……」

「水谷様と相田さんからお酒とオードブル頂きましたー!!」


 そんなみことの声に、一心が大きく反応を見せる。


「こ、これは!? 幻の日本酒【王塊おうかい】と【幻叡げんえい】!?」


 一心の驚愕に、水谷がニヤリと笑う。


「ふふふ、好に、一心さんが日本酒好きと聞いてね、知人の口利きで譲って貰ったんだ」

「ゆ、譲る!? ば、ばかな!?」


 一心の驚きに、みことが尋ねる。


「お父さん、このお酒、そんなに凄いの?」

「末端価格で40万円……!」

「ひっ!?」


 悲鳴のような声を出したのは玖命で、


「わぁっ!」


 嬉しそうな声を出したのがみこと

 一心はその反応が不可解が故、二人に言った。


「玖命の悲鳴はわからなくもないが、命のその嬉しそうな反応は何だ?」

「それってつまり、美味しい割り下、、、が作れるって事じゃないの?」

「ひぃ!?」


 一心が玖命に続く。


「こ、この日本酒を料理酒に使う気か!?」

「一升もあるんだからちょっとくらい……ねぇ?」

「「ひぃいい!?」」


 一心と玖命がみことの発言に驚愕し、抱き合う。


「親父……みことはとんでもない大物に育ってしまった……!」

「あぁ、我が子ながら恐ろしい……!」


 そんなやり取りに翔と水谷が腹を抱えて笑う。

 そして、それも一興と考えたのか、水谷がみことに言った。


みことちゃん、面白そうだからそれで何か一品、お願い」

「カカカカカカカカッ!!!! 【剣皇】はやっぱ大物だな!!」


 その後、みことは冷凍庫にあったお勤め品の鮭の切り身を使い、鮭のムニエルを調理。

 その料理を振る舞ったところ、皆は頬を押さえて顔を綻ばせた。

 ――ただ、その中で二人、


「……40万円と」

「170円……」


 酒の値段と鮭の値段を呟くのは、一心と玖命だけだった。

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