第100話 ◆合同訓練4

「はぁはぁはぁはぁ……!」


 天音あまねなぎさは、玖命を前に肩を大きく上下させていた。切れる息は、何度も木刀を振った結果。

 既に天音の身体には、いくつかの打ち身の痕。

 それを見た玖命は、困り顔を浮かべる。


(訓練とはいえ、木剣とはいえ……みことに見られたら怒られそうだ……)

「まだ……まだまだだよ!」


 上段に見せかけた右払い。

 玖命はこれを【心眼】をもってかわし、左に回転しつつ更に天音を左に払った。

 天音はこれを肩で受けるも、


「うっ!?」


 その衝撃は彼女の内部にまで届く。


「は……はは……は……Eランクかぁ……」


 天音は膝を突き、鈍痛残る左肩を抱く。

 玖命は決着と判断し、そこで剣を止めると、越田がブザー音を響かせる。


「だ、大丈夫ですか……?」


 右手を差し出し、天音に声を掛ける玖命。

 すると、天音はくすりと笑ってその手を取る。


「いやー、大したもんだね。ケイちゃん、ゾノちゃんと続いて私か~」

「いえ、勉強になりました」

「そう? そう言ってくれると頑張った甲斐があるかな……」


 立ち上がり、天音は微笑んでそのまま玖命の手を握った。

 握手の後、天音は訓練スペースの外へ向かう。

 そこに、スピーカーから越田の声が届く。


「伊達殿、どうだろうか? そろそろ休憩を挟みましょうか?」

「そうですね、では次の方が終わり次第休憩頂けると助かります」


 玖命がそう言うと、強化ガラス越しの越田がくすりと笑った。


(たった今、Aランクの一色と前園、Sランクの天音を降したというのに、休憩なしで城田しろたとまで戦う……と? 結莉ゆりから聞いていたが、彼の身体は能力以上に基礎スペックが非常に高い。それだけじゃない。前園への対応と、とどめの関節技、天音の剣技を上回る剣技。戦闘での学習能力もずば抜けている。クククク……【無恵むけいの秀才】、か。天恵を発現させるために、一体どれ程自分の身体を痛めつけたのか……流石の私も想像を絶するな。彼の凄いところは、天恵を得る以前にあったのではないだろうか。途方もない下積みという名の鍛錬が、あの尋常じゃない数の天恵を支えているのではないだろうか。欲しい……結莉には悪いが、彼の将来性、スター性を考えれば、この段階で我がクランに……!)


 既にSランクの一人、【武将】天音渚を降した玖命の実力を、最早もはや誰も疑う事はなかった。

 Sランクを降すEランクの存在。

 そんなあり得ない事態の中、もう一人のSランクが動く。

【聖騎士】城田しろた英雄ひでお。川奈ららと同モデルの大盾を構え、左手には短い木剣。


(左利き……か)


 大盾を右手に持つ城田を見、利き手を察した玖命だったが、ここで違和感を覚えた。


(……何だ? 彼が構えた瞬間、視界が……?)


 玖命の視界に映る不可解。

 上下に走るノイズが玖命の視界に広がり、その中心に城田がいる。


(おかしい……? これはもしや?)


 玖命はここで、これまで使ってこなかった天恵を発動した。

 それは、隣にあるレンタルルームの3号室で得た特殊な天恵。

 伊達家を間借りし、生活を始めた四条しじょうなつめの天恵【魔眼】――その一段階下位の天恵【鑑定】を発動したのだ。


(視えない……彼は本当に【聖騎士】なのか?)


 直後、訓練スペースにブザー音が響いた。


「行くよ」


 城田はそう言うや否や跳び上がり、上段から玖命に斬りかかる。

【騎士】らしからぬ動きに驚きを見せた玖命だったが、これまでの経験がその攻撃をかわさせた。


(初手で攻撃を仕掛けてくると思わなかった。さっきのノイズといい、彼はもしや……? なら、ここは【鑑定】に注力した方がいいかもしれない)


 ――【探求】を開始します。天恵【鑑定】を更に解析します。


【超集中】も発動し、【鑑定】の発動を始める玖命。

 これにより、【探究】が【鑑定】の成長を進める。

 城田は左手の木の短剣を使い、器用に突きを繰り返す。


(上手いな、剣よりも厄介なのがあの大盾。俺の視界を限定させ、たまに前後に動かして遠近感を狂わせてくる。これまでで一番戦い難い相手だ。しかしやはり――、)


 玖命はこれまでAランクの一色と前園、Sランクの天音と戦っていた。その間、成長こそしないものの【探究】の進捗は進んでいた。一色相手では【聖者】の進捗が、前園相手では【凶戦士】の進捗が、天音相手では【武将】の進捗が……他の天恵より大きく成長していたのだ。

 だが――、


「ハァアアッ!!」

「ハッ!」


 交叉する玖命と城田の剣。

 競り合いは拮抗……しているかのように見えた。

 しかしその実、玖命は力をセーブしていた。


(【聖騎士】が……成長しない!)


 互角を演じる玖命だったが、城田の不気味さに攻めきれずにもいた。


(俺もそうだが、城田も本気とは思えない。やはり彼は……自己申告組の一人。一体何の天恵を隠している? 【鑑定】が成長すれば、わかるだろうが、それまでこの戦闘を続けるのは難しい、か。【超集中】の長期使用は……脳に良くない)


 剣撃をかわし距離をとるも、攻勢を控える玖命と、のらりくらりと戦う城田の動きが、戦闘を長期化させる。

 剣で受け、盾で受け、その的確な動きに玖命が驚きを見せる。


(まるで吸い込まれるようだ。動きの一つ一つに無駄がない。……シングルでも実力は千差万別という事か。翔と比べるとそうでもないが、1対1ならあのリザードキングにも勝てるのではないだろうか。という事は……この城田という男、俺よりも強い……!)


 直後、越田が意図しない音がスピーカーから流れた。


『緊急討伐依頼、緊急討伐依頼です! 八王子駅周辺に複数のポータルを確認! 八王子駅周辺に複数のポータルを確認! モンスターパレードが始まってます! 出動可能な方は、大至急現場へ向かってください!』


 それは、玖命が予期しなかった――大災害の知らせ。

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