第87話 呼び出された玖命

「よぉ、19分23秒。ガンバったじゃねーか?」


 翔に呼ばれやって来たポータル前。

 まるで家の住所を知ってるかのような、絶妙な時間だった。


「はぁはぁはぁ……いや、ギリギリじゃないですか!」

「カカカカ! 冗談で言ってみたんだが、バッチリ合ってたな!」


 確かに、勘は良さそうだよな、この人。


「それにしても深夜も近いのに、どうしたんですか?」


 俺が聞くと、翔はポータルを指差して言った。


「中で天才が交代でリザードマンを倒し続けてるのは知ってるだろ?」

「そりゃまぁ、実際経験しましたし……」

「ボスについてはどんくらい知ってる?」

「えーっと……ボスは基本的にポータルの外には出てこない。だけど、接敵するとボスがポータルに出て来るようになる。ボスは倒すと時間を置いて復活する。ボスが不在の間は、モンスターが出現しなくなる……かな?」

「おう、基本は押さえてるじゃねーか! 感心感心!」


 ニカリと笑いながら言うも、翔はすぐに真顔になった。

 ピリッとした空気が肌を刺す。

 これは、殺気というより闘気のような、翔の単純な気合いのような、そのどちらでもないような……そんな圧力を感じた。


「今回は管理区域のボスだけに起こる例外を教えてやる」

「れ、例外……?」

「ダンジョンのモンスターってのは、言っちまえばボスの子供みてーなもんだ。そいつらを延々倒してれば、ダンジョンボスもストレスが溜まるのか、徐々におかしくなっちまう。つまる所の凶暴化だ」


 そんな話……初めて聞いた。

 だが、管理区域は派遣所の管轄だ。情報が漏れないのは仕方ないかもしれない。


「で、でも俺に話してもいいんですか?」

「Cランク以上になりゃ派遣所から通達があんだよ」

「へぇ……って、じゃあダメじゃないですか!」

「いいんだよ、玖命はAランク以上の実力があんだし」


 いや、ダメだろ。


「あ、俺様が言ったって言うんじゃねーぞ!」

「やっぱりダメじゃん!」

「そうそう、そういうんでいーんだよ。玖命のが年上だろ?」

「いや、まぁ……そうですが」

「堅苦しいのはうざってーからよ? タメ口でいーぜ?」

「はぁ……ならそうするよ」

「カカカカカッ! 頼むぜ相棒!? これから俺様の背中を任せんだからよっ!」

「今、なんて?」


 ほんと、今なんて?


「さっき言ったじゃねーか、凶暴化するボスの話」

「そりゃ聞いたけど、どういう意味だよ?」

「今、中のボスがブチキレ寸前って事だ。だから玖命を呼んだんだよ。あの二人だと死んじまうからな」

「凶暴化してるボスと戦えって?!」

「ボスは俺様がやんよ。玖命は背中っつったろ?」

「せ、背中って……もしかして――」

「――ボスが凶暴化すっと、ダンジョン内でモンパレが起きんだよ! カカカカッ!」


 何でこの人はこんな嬉しそうに言うんだろう?


「……く、来るんじゃなかった……」

「モンパレ分のモンスターは契約外だから玖命の手取りでいいぜ?」

「やろう。何か注意点はあるか?」

「お、おう……ちゃっかりしてんな、お前」


 あの量のリザードマンの魔石を貰えるのであれば、やらない手はない。


「んじゃ補足だ。ボスが凶暴化してる時、モンスターたちはボスを守るためにその周囲に集まんだ。つまり、玖命は俺様の背中を守るのが仕事だ。ポータルの外は気にする必要はねぇ。あの二人がしっかり守ってっからよ。んま、凶暴化した時にポータルの外に出た例はねーがな」


 なるほど、モンスターパレードでモンスターがポータルの外に出ないケースもあるのか。


「それにしても、何で俺なの?」

「俺様が気に入ってるって理由もあるが、ここの責任者を知ってるだろ?」

KWNカウンの社長ですよね?」

「あの社長の推薦だ」

「え、何でまた?」


 既に川奈さんとの繋がりを知られているのか?

 確かに川奈氏の権力と財力があれば、俺の事を調べる事は可能だろうが……、


「前回のあのリザードマン、キレーに仕留めてたろ? 皮を痛めず一撃で倒せる実力ってのが、社長の眼鏡にかなった理由だ」

「なるほど、そういう事か。でも、今回の事は契約外なんだろ?」

「社長としては今後も使いたいって事なんじゃねーの?」


 だとすれば、川奈さんと組むのは危険かもしれない。

 あくまで、ここでの依頼に限る話だが……これは持ち返って、一度川奈さんと相談した方がいいかもしれない。


「それはありがたいですけど……そうなると俺の名前が川奈社長に知られてるって事では?」

「あぁ、あの嬢ちゃんの事だな」


 同い年だったはずだが?


「社長は玖命の名前も知らねーよ。そこの管轄は俺様になってんかんな。優秀なアタッカーがいるって事で興味を持ったに過ぎねーよ」

「なるほど、そういう事か」

「そんじゃ、そろそろ行こうぜ、玖命?」


 ポータルに向かって歩き始めた翔の後に続く。


「あぁ、言い忘れてたが、ボスが凶暴化するとボスも雑魚も1ランク実力が上がるんだよ」

「……は?」

「つまり、リザードマンはCランク、リザードキングはSランクって事だな! カカカカカッ!」


 城ダンジョンの前で、嬉しそうな翔の笑い声が、ただただ響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る