第72話 いかちぃヤンキー
まさか川奈さんが持ち場を離れてしまうとは思わなかった。
仕方ないと割り切り、俺は川奈さんを追った。
先程見ていた奥の十字路の角で、右に向かった集団をこっそり覗く川奈さん。
なんというか……やはり小動物みがある。
念の為、相田さんに連絡するべきか?
いや、ここは独断とした方がいいかもしれない。
この独断を派遣所の職員に共有するのは、相田さんの許容範囲を超える。
ならば、俺たちだけの責任という事に…………ならないよなぁ。
何たって相田さんがこの仕事を紹介したんだし、そう簡単にはいかない。
やはり止めるべきだろうか。
「川奈さん、戻りましょう」
「で、でも……」
「川奈さんが持ち場を離れると、俺はいいですけど、仕事を斡旋した相田さんにも迷惑がかかります。これは俺たちだけじゃなく、相田さんの信用にも関わる事なんです」
川奈さんの腕を掴みながらそう言うと、川奈さんは俯き、ちらりと父親の背中を見ていた。
すると背後から人の気配を感じた。
「おうコラ、てめぇら何やってんだ、お?」
やたら当たりの強い質問だった。
俺たちが振り向くと、そこには男がいた。
金色にテカるリーゼントスタイル。
黒い短ランに赤いインナーシャツ、ドカンを履き、黒いローファを履いていた。
ぎらついた目つきで俺たちを威嚇し、鋭く吊り上がった細い眉毛がそれに拍車をかける。
大股に足を開き安定のハンドポケット。
目の前にいたのは、いかちぃヤンキーだった。
「あ、えっと……どうも」
俺が言うと、ヤンキーは強い視線を向けてきた。
「『何やってんのか』って聞いてんだよ、コラ?」
すると、俺ではなく川奈さんが答えた。
「尾行です」
キリッとした顔で、場にそぐわぬ発言をしている。
この子の胆力にはたまに驚かされる。
しかし、この男……強いな。
「尾行だぁ!? てめぇら天才じゃねぇのか!? 名前はぁ!?」
「だ、伊達玖命です」
「川奈ららです」
男はスマホを操作し、何かを見ているようだ。
「あぁ!? EとFのチームじゃねぇかっ? 持ち場はあっちだろうが!」
お怒りご
しかし、ウチの川奈さんも負けてない。
「私にはやらなくちゃいけない事があるんです!」
その強い意思に、男も何かを感じたのか、川奈さんに聞いたのだ。
「……どうやら訳アリらしいな。よっしゃ、それなら俺様に訳を話してくんな!」
そんな男の言葉に、俺と川奈さんは見合って驚きを見せた。
そして俺たちは川奈さんの大盾に隠れ、声を落として話した。
「ど、どうします……?」
「ここにいるって事は、俺たちと同じ……いや、顔合わせの時に彼はいなかったよね?」
「はい、初めて見る方です。かなりお若いみたいですけど……私と同じくらい?」
「なら、もっと高ランクの依頼を受けてここにいる可能性が高いね。うーん……話すかどうかは川奈さんに任せるよ」
「わ、わかりました……!」
川奈さんと俺は大盾から顔を出し、男の前に立った。
そして、覚悟を決めたのか、川奈さんはその男に全てを話した。
ヤンキーの男は
「なるほどな、つまり、アンタはKWN社長の娘って訳だ……で、そのショーコは?」
「あ、えっと……これでどうですか?」
川奈さんはスマホを見せた。
俺と男はスマホを覗く。
するとそこには、水鉄砲を乱射する川奈さんと、ソレから逃げる川奈氏の動画があった。
すると俺と男は言った。
「こいつぁ、親子かもしれないが――」
「――被害者とテロリストとも言うんじゃ?」
初めて会ったはずの男と息が合った瞬間だった。
しかし、流石は川奈さんなのだろう。
「この日は父が『暑い暑い』って言うんで、母が特注した水鉄砲で父の望みを叶えるために、私が一肌脱いだんです!」
ふふんと鼻を鳴らす川奈さんは、どうしようもなくいつも通りだった。
「まぁ、社長とアンタが関係者だっつー事はわかった。そんで? 社長が何をやってるか知りたいって訳だ?」
「はいっ!」
「ほーん……ま、できねー訳じゃない。俺様が一声掛けりゃ、てめぇらの穴ぁ埋める事は可能だ。だが、キソクはキソクだ。俺様の名がキズモノになっちまうのは避けてぇ」
言うと、男は俺をじろりと見た。
「てめぇケッコーつえーだろ? お?」
「まだまだ修行中の身ですが……」
「ケンソンすんじゃねーよ。B……いや、Aランクくらいのモンスターなら倒せんじゃねーの?」
凄いな、正確に俺の実力を見抜いた。
この男……一体?
すると、川奈さんがその答え合わせをするように言った。
「伊達さんはこの前、赤鬼エティンを倒したんですよ!」
「ほー、そいつぁスゲー。なら話は早いじゃねーか」
そう言って、男は俺の肩に手を回した。
「俺様の権限でDランクの二人をここに回してやる」
「はぁ……」
「で、てめぇはそのDランク二人分の仕事をする」
「な、なるほど?」
「そうすりゃ、この嬢ちゃんの手が空くってスンポーだ」
つまり、俺が頑張れば川奈さんは本懐を遂げられると。そういう事だな?
心配そうな川奈さんを横目に、俺は男に言った。
「わかりました。川奈さんをよろしくお願いします」
「おっし! 話は決まりだ! 嬢ちゃん、よかったなぁ!?」
「あ、ありがとうございます!」
「カカカカカッ! 礼はその男に言いな! そんじゃ二人共、俺様に付いて来な!」
歩き始めた男の背を見て、俺と川奈さんは見合って笑った。
そして、俺は彼に聞いたのだ。
「あの、あなたのお名前は……?」
「ぁん? 俺様の名前だぁ?」
何で彼はこんなにガンつけるんだろうか。
「聞いて驚けぇ!!」
その声のボリュームに驚きだ。
「第二富岡中の『血みどろの翔ちゃん』と言やぁ、この俺様の事よ!!」
血みどろの翔ちゃんとの
◇◆◇ ほ ◆◇◆ そ ◇◆◇ く ◆◇◆
血みどろの翔は、壱弐参の別作『使い魔は使い魔使い』からのゲスト出演となります。
完結している作品ですし、個人的にも大好きな作品なので、気になる方は是非ご覧ください。
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