第64話 抉れる心

 帰って来て早々に、みことは驚いていた。

 救助を最後にした事を謝ったのだが、どうやら以前俺が説明した事を覚えていたようだ。

 あの初手謝罪が有効だったのかはわからないが、帰って来てからというもの、やたら機嫌が良いのは気のせいだろうか?

 家族で食事をしている中、俺は命に聞く。


「ホントに怪我とかない?」

「映画館にいただけなんだからある訳ないでしょ」


 それは確かにそうかもしれない。


「ふっ、心配性は母さん譲りだな」


 そう親父が言うので、


「心配にもなるよ。今日は本当に大変だったんだから」

「でも、玖命が倒したんだろ? こう……スパッと」


 すると、命が親父に言った。


「スパッとというか……ゴリッて感じだったよね?」

「剣を持ってたんじゃないのか?」

「たまに蹴ってた」


 へぇ、遠目だからかあの動きがわかったのか。


「そりゃ凄いな。まだ拳士の天恵は得てないんだろ?」

「うん、欲しいっちゃ欲しいけど……うーん、携帯武器でも買おうかなー」

「お兄ちゃんのお金で買えるなら買ってもいいと思うけど、高いんでしょ?」

「うん、アイアンクラスまでは魔力で硬度を補ってないからね。携帯武器なんてあってないようなもんだよ。戦闘に使えるのとなるとゴールドクラス……かな」


 言うと、命は頭を抱えた。


「ひゃ、ひゃくまんえん……」

「携帯武器は制作に時間がかかる分、ゴールドクラスの中でも高額だよ。多分200万くらい」

「うーん…………お兄ちゃん、今日のおかわり禁止」

「なぜそうなった……」

「家計からちょっと援助出来るか計算した」

「だ、大丈夫だよ。まだ買うと決まった訳じゃないし、それに今回のサハギンの報酬もあるから」

「そうなの? ふーん、いかほどで?」

「サハギンはDランクだからね。1体あたりで、小さい魔石ですら1万円を超える……かな?」


 今日ももやし炒めが美味しい。


「お兄ちゃん……あのサハギン100体近く倒してたよね……?」

「92体かな」


 自家製万能ネギを使ったネギ玉は最高だ。


「お、覚えてるの!?」

「【超集中】使ってると、意外と思考の余裕があるんだよね」

「……よし!」


 何か決断が出たのか、命が意気込む。


「お父さん、お兄ちゃん。今日は納豆を許可します」

「「馬鹿な……!?」」


 畑の肉を使わせて頂けるだと!?

 オカズが別にあるのに……!?

 俺と親父は顔を見合わせる。


「玖命、笑みが溢れてるぞ」

「何を言う親父、その笑みが血縁を証明してるぞ」


 今宵はパーティーだ!


「「ふんふんふーん♪」」


 俺と親父は、似たような鼻歌を歌いながら、納豆をかきまぜている。


「煩悩と同じ回数……108回かき混ぜる……これが父の最高の納豆だ!」

「甘いな親父、【心眼】と【超集中】を使った俺に死角はない!!」

「な!? ズルいぞ、玖命!?」


 まぁ、その二つの天恵を使ったところで味は変わらないんだが、親父をだし抜ければそれでいいのだ。


「ところでお兄ちゃんってさ」

「何だ、命?」

「彼女いないんだよね?」

「唐突に心をえぐるのはやめて欲しいんだが?」

「命、玖命をいじめるのはやめなさい」


 親父の一言の方が抉れた気がした。


「彼女、欲しい?」


 なんというテクニック……!

 命が親父を無視する事で、親父の心はもうズタズタだ。

 しかし、いきなり何て質問してくるんだ、我が妹は。


「んー……いたらいいなとは思うけど、いたらいたで構えないと思うんだよね」

 

「それはやっぱりウチの事がネックって事?」

「それもあるけど、一番は俺が天才という職に就いてるから……かな」

「ふーん……そっか」

「どうかしたの?」


 そう聞くと、命は言葉に詰まったのか、黙ってしまった。

 親父はさっきのが心にきたのか、納豆を食わずに納豆に話しかけている。可哀想に。重症だ。


「んー……一応言っておくかな」

「何が?」

「今日、明日香と玲を助けてくれたでしょ?」

「結果的には……まぁ」

「お兄ちゃんの連絡先を聞いてきたよ」

みことで止めておいてくれ」

「へぇ、可愛い女子高生からのアプローチなのに?」

「俺はまだ捕まりたくないんだ」


 言うと、命はハッとした表情を見せた。


「あー、そういった壁もあるのか。考えてなかった」

「たまに抜けてるよな、命って」

「まあそれはお父さんの血って事で」

「私の血か! そうだな! 強い絆で結ばれているよな、私とみことは! はっはっはっは!」


「お父さんの血」って言葉で息を吹き返したか、親父。


「でも、高校生でもわかりやすーい断り文句を見つけたかな。それ使わせてもらうね」

「おー、じゃんじゃん使え」


 俺がまだ高校生だったら、心が揺らいだかもしれないけどな。

 節度は守って生きたいものだ。

 まぁ、天恵を得れば、高校生から天才派遣所の登録が必須になる。

 がしかし、天才になりたくない人間がいるのも事実だ。親と協力して、出来るだけバレないようにする家庭もある。

 世界を守るために仕方ないとは思うが、家庭を守るためには世界から隠れるのも仕方ないとも思っている。

 だが、今では健康診断のタイミングに合わせて、天才派遣所の【鑑定】持ちが、中高生の天恵を調べる天恵診断なるものがある。

 こういったやり方を見ると、やはり【はぐれ】が現れる理由もわかってしまう。

 あの男……この前戦った近衛悟は、何故【はぐれ】になったんだろうか。

 そんな事を考えていたらメールが届いた。

 最近はもっぱらToKWトゥーカウしか使っていないが、メールがくるという事は……?

 やはり、天才派遣所から。


 ――伊達玖命様


 お疲れ様です。

 天才派遣所八王子支部です。


 再鑑定の準備が整いました。

 つきましては、


 6月16日14:00


 に八王子支部までいらしてください。


「ついに、俺の天恵診断か……」

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