第37話 赤鬼エティン1

 オーガと呼ばれる鬼のようなBランクモンスターがいる。

 力が強く腕のひと振りで鉄を裂き、大地を穿うがつ。

 Cランクのチームがしっかりと役割をこなし、ミスなく行動すれば何とか倒せるような非常に強力なモンスターだ。

 そして、そのオーガには亜種と呼ばれる更に強力なモンスターがいる。

 三つ首の赤いデーモン――Aランクの赤鬼エティンは、その強さからそう恐れられている。

 力、耐久力こそオーガとそう変わらないものの、奴の特筆すべき特性はその速度にある。

 速度……? つまりそういう事なのか?

 いや、今はコイツをなんとかするのが先だ。


「グルルル……」


 喉を鳴らす音が、心臓まで届くようだ。

 逃げる? いや、そもそも逃げ切れないし、こんなのが街中に放たれたらゴブリンのモンスターパレードどころではない。

 街自体が破壊されかねない。

 ならどうするか。援軍が来るまでここで足止めするしかない。

 ――っ!? き、消えた!?

 直後、俺の背に悪寒が走った。


「くっ!?」


 正面に跳ぶと同時、今の今まで俺がいた場所が爆ぜたのだ。

 目の端で捉えた振り下ろされたであろう木槌には、夥しい量の血が付着している。

 おそらくあれは漣のもの。漣はコイツにやられた。

 Fランクのインプと、同じくFランクのグレムリンの混合ダンジョンで、ランクAのモンスターがボスなんて誰が想像出来る?

 ……いや、この前のゴブリンダンジョンでは、Bランクのゴブリンジェネラルがボスだったと相田さんが言っていた。

 これまでの常識であれば、出現したモンスターの2~3段階ランクが高いモンスターがボスとして現れていたはずだ。


「くそっ、何が良い日だ! 最悪じゃないか!」


 つまり、Fランクのインプ、グレムリンが出現しているのであれば、Dランク、出て来てもCランクのボスが現れるはず……なのに!


 ――【探究】を開始します。


「やるしか……ないよな! んなっ!?」


 今度は眼前に現れるエティン。左からは既に木槌がこちらに向かっている。

 か、回避――!

 後方に跳んで辛うじてかわすも、エティンの追撃が止む事はない。

 左、右、左……こちらが反撃する余裕はない。

 スマホで援軍なんて呼べる訳がない。

 ……いや、待て? 確か声でスマホから発信させる機能があったはず。それを使えば……それを使えば、援軍が呼べ…………――、


「……な、何て言えばいいんだっけ?」

「グルァアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 まずい、完全にど忘れした。

 というか、この状況で思い出そうなんて無理がある。


「ガァ! ガァ! ガァアア!」


 やばいな、遂にフェイントを使い始めた。

 この速度で攻撃に虚が入れば、今の俺ではかわし切れない。


「俺の【探究】はどうなってるんだよ、おい!」


 ――【探究】の進捗情報。天恵【剣豪】の解析度98%。天恵【上級騎士】の解析度40%。天恵【腕力C】の解析度77%。天恵【頑強D】の解析度38%。天恵【威嚇F】の解析度92%。天恵【脚力F】の解析度75%。


「いきなり正面に……現れるんじゃねぇよ!」


 視界に表れたメッセージウィンドウに悪態を吐きながら、エティンの攻撃をかわす。

 だが、もう少しで【剣豪】が成長する。

 何とか時間を稼いでそれを待つ他ない。


「ここは……上! なっ!?」


 虚実の攻撃を読み切れなかった。

 奴は上からの攻撃で俺の後退を狙い、そこめがけて木槌を投げたのだ。最初から遠投する気まんまんだったって事だ。くそ!


「受けるしか……!」


 剣を正面に木槌の軌道を……くっ、逸らし切れない!

 直後、俺はダメージ以上の絶望を見た。

 甲高い音を発し砕ける我が剣。お値段99800円。


「ぐぁ!?」


 何とか勢いを殺したものの、俺はその衝撃により林の木に背中を打ち付けてしまう。


 ――【探究】の進捗情報。天恵【剣豪】の解析度99%。天恵【上級騎士】の解析度41%。天恵【腕力C】の解析度79%。天恵【頑強D】の解析度58%。天恵【威嚇F】の解析度93%。天恵【脚力F】の解析度78%。


「はぁはぁ……く、くそ……今、【頑強】が20%も上がったぞ……」


 何とか着地しエティンと距離をとる。

 身体に残る鈍痛……これは何とか耐えられる。

 だが、問題は別にある。武器が……ない。これは大問題だ。

 解体用のナイフを使うか? いや、一瞬で折られて終わりだ。

 受けにも使えないし、そもそも攻撃すら出来てない。

 奴の攻撃を凌げるような武器が必要だ。

 だが、こんな近くにそんな武器があるはずがない。


「はぁはぁ……待てよ?」


 俺は、ここに天才が二人いた事を思い出した。


さざなみさん……!」


 彼は武器を持っていたはずだ。

 腰に携える中級――ゴールドクラスの刀を。

 だが、彼を抱きかかえた時、彼は刀を持っていなかった。

 だとしたら刀があるのは……ポータルの中。


「違反金10万は痛いけど……命にはかえられないよな……」


 そう呟き、俺は木と木を跳躍し、ポータルの中――人生で初めてのダンジョンに侵入したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る