第32話 ◆有名人

 伊達玖命きゅうめいは、世間に認知されている。

 それは、過去天恵が発現しない天才として新聞の片隅に載った事があるからだ。それは伊達本人も研究のため、自分のためという事で納得済みの事だった。

 しかし、今回は違う。

 だからこそ、相田よしみは、伊達の動画の火消しに走った。


「えぇ、ですからこの動画を全て削除依頼してください。犯人の身元特定は既に警察に連携をお願いしています。はい……はい、よろしくお願いします」


 一つの電話が終わり、相田は小さな溜め息を漏らす。

 そんな相田の目の端に、相田より大きく溜め息を漏らす男が一人。

 玖命きゅうめいは待合室の端に腰掛け、くだんの動画をじーっと見ている。


(画質は荒いけど、知ってる人が見たら絶対に俺だってわかる。最近のスマホって本当に凄いな……)


 ガクリと肩を落とす玖命の隣に、すとんと腰掛ける水谷。


「中々イイ動きじゃない」

「嫌味ですかぁ~?」

「ははは、本心だよ」

「ちゃんと外に出るまで見送るべきでした。まだまだ勉強不足ですね……」

「いや、外に見送った場合、ホブゴブリンを見失う危険性もあった。目が離せない相手がいるのであれば、玖命クンの行動は正解だよ。今回はモラルのない人間が招いた残念な結果だったって事ね」

「何で、そうもあっけらかんとしてるんですかねぇ?」


 伊達がそう言うと、水谷はニコりと笑ってから話した。


「私が、その道を通らなかったと思うの?」


 そう言われ、玖命はすっと背を伸ばした。


「世界中にモンスターが溢れ出すんだ。世界中で戦う天才が有名になるのは必然だよ。モンスターからの避難誘導もするし、それが間に合わなければ一般人の前で戦ったりもする。人の口に戸は立てられないように、そういった功績は、彼らの感想や武勇伝として世界に広がっていく」

「水谷さん……」

「勿論、そういった事があればちゃんとよしみたちが動いてくれるから、あんまり気にしない方がいい。とはいえ――」

「――とはいえ?」

「私にも連絡がきた」

「誰からです?」

「ウチの代表から」

「代表って……【大いなる鐘】の?」

「そう、高幸たかゆきから」

「何て?」

「『動画の男を知ってるか?』……だって」


 言いながら、水谷は自身のToKWトゥーカウの画面を玖命に見せたのだ。


「ちょ、ちょっと!? 何で越田こしださんが……!?」


 越田こしだ高幸たかゆき――巨大クラン【大いなる鐘】の代表であり、日本で唯一のSSSトリプルを冠したランカー。


「装備を見て低ランク、場所を見て八王子支部、私が最近八王子支部ここにいるのを知ってる高幸であれば、連絡がきたとしてもおかしくないよ」

「場所まで特定されてるんですか……?」

「動画が拡散されたとほぼ同時期にね」

「特定班……相変わらず恐ろしい……」

「それで、玖命クン」

「へ?」

「これ、私にどう返信して欲しい?」


 スマホをぷらぷらとさせながら、玖命に聞く水谷。


「それ、本人に聞きます……?」

「ははは、私なりに筋を通してるつもりなんだけどね」

「いいですよ、水谷さんの意思で返して」

「…………へぇ」

「何ですか、その意外そうな顔」

「意外だったから、だけど? ……何? その意外そうな顔」

「意外だったからですけど」


 すると、二人は見合って苦笑した。

 そして、水谷はスマホを操作し、返信ボタンをタップする。

 最後にスマホを再び玖命きゅうめいに見せ、言ったのだ。


「一応、筋は通せたかな?」


 玖命きゅうめいはスマホを覗き込むと、そこには――、


 ――知らん


 その一言だけ。

 それを見た玖命きゅうめいはくすりと笑い、水谷に言った。


「さぁ、どうでしょうね」

「あははは、そうだね」


 嬉しそうに笑う水谷。


「ところで玖命クン」

「何ですか?」

「いいスマホじゃないか」

「昨日契約したんです」

「私たちはそれなりに親交を深めたと思うんだが、玖命クンはどう思う?」

「いきなりなんです? ……まぁ、命を助けてもらいましたし、色々協力してもらってますけど……ボコボコにされた事もあったような?」

「ま、まぁ……あれは訓練だから」

「そうですけど……」

「ここに私のスマホがある」

「ありますね」

「そこに玖命クンのスマホがある」

「はぁ?」

「私たちは親交を深めた」

「まぁ」


 言葉の意図を理解しない玖命に、水谷が痺れを切らす。


「むぅ……ここまで鈍感な男も珍しいんじゃないか?」

「結構勘は良い方だと思うんですけど」

「わかったわかった、ここは私が折れよう。玖命クン」

「はい」

「連絡先の交換をしよう」


 そこまで言われ、ようやく玖命が先程の会話の意図を理解する。


「あー………………確かに鈍感だったかもしれません。すみません」

「ふふふ、勘が良いのは認めるよ」


 言いながら二人は連絡先を交換する。


「あ、そうだ、よしみにも玖命クンの連絡先を共有してもいいかな?」

「相田さんに? 電話番号とGPSの導入はお願いしましたけど?」

「鈍感だねぇ、キミは」


 水谷の呆れた物言いに、玖命は気付く。


「も、もしかして相田さんの個人携帯にっ?」

「それ以外に何があるっていうんだい?」

「そ、それは相田さんの迷惑になるんじゃ……?」

「その心配は皆無だけど、まぁ一応許可は貰うつもりだよ。玖命クンもそれでいいかな?」

「え、まぁ……相田さんがいいなら、ですけど」

「決まりだ」


 そう言って、ニヤついた水谷は相田の下まで歩いて行く。


「何であんなにニヤついてるんだろう? ん?」


 スマホの振動が、玖命に着信を知らせる。

 画面に表示された電話着信のアイコン。

 相手は――、


「まずい……」


 伊達みこと――伊達家の実権を握る者の名であった。

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