第52話 2人の前でも

「あ、いた。いた。よかったよ。遥希と瑞貴の姿が見えて」


 他クラスに入り、教室全体を見渡し、石井は、遥希と瑞貴の顔を認識する。2人の存在を認知し、石井は、安堵の息を吐く。


「それにしても、遥希と瑞貴が、どうして、このクラスに。それに、聖羅も、席に座らずに、立ったままだし。それと、…。あ、天音!? 」


 遥希と瑞貴に抱きつかれ、腕に胸を押し当てられる、颯を発見し、石井は、青ざめる。

 

 強敵にビビるように、その場からズルズル後ずさる。あと少しで、廊下まであの1件から、颯に多大なる恐怖を覚えているのだろう。


「お〜。久しぶりだな。クズ野郎。それと、もう名前呼びはやめろ。本当にな。吐き気がするから」


「本当にそうだね。前も同じこと言ったのに。すっかり忘れてるみたい。バカなのかな? 」


 分かりやすく態度を激変させ、ゴミを見るような目を、石井に向ける、遥希と瑞貴。容赦の無い眼差しだ。


 颯に対する態度とは、天と地ほど差がある。明らかに、颯の前では、好印象な態度を取っていることが、分かる。


「な!? 」


 配慮の無い、遥希と瑞貴の口撃に、石井の空いた口が、塞がらない。情けなく、口が半開きの状態になる。


「なんか、クズ2号が、固まってるぞ。まあ、あんな奴は、放っておくか。私達は、楽しい楽しい颯との時間を、過ごすとしよう」


「そだね! それにしても、颯君、想像以上に筋肉質だね? 腕なんて、カチカチだよ? うち、筋肉好きだから、興奮しちゃう。もっと、堪能してもいい? 」


 つぅ〜〜っと、撫でるように、人差し指で、瑞貴は、颯の鍛え上げられた、左の上腕二頭筋を、優しくなぞる。


 くすぐったい感覚が、颯の左の腕に、伝わる。


「え? ま、まあ、腕がなら。…自由にどうぞ」


 突然の瑞貴の要望に、一瞬狼狽えながらも、拒否せずに、颯は許可を出す。


「本当に! 嬉しい!! ありがとう!! 颯くん〜〜。じゃあ、…もう……いいよね? 」


 上目遣いで、颯だけを見つめ、可愛らしい微笑みを浮かべる瑞貴。そして、合図を出すように、右目でウィンクする。


 キランッと、ウィンクした、瑞貴の右身から、多数の小さな星が、


 美少女の瑞貴の嬉しそうな笑みと、鮮やかなウィンクを受け、颯の思考が瞬時に停止する。ただ、思考停止状態で、コクコク頭だけを、縦に振る。


 瑞貴の笑顔と仕草に、心を奪われてしまった。


 それほど、おっとりした雰囲気を持つ、瑞貴からの、笑顔とウィンクのコンボは、強烈であった。


 だが、これだけで留まる瑞貴では、無かった。さらなる刺激が、颯を襲う。


「えい! 」


 颯の筋肉を堪能するために、満面の笑顔で、瑞貴は、より抱きつく腕に力を込める。ギュ〜〜っといった、効果音が、出るほどに。


「はぅ!? 」


 思わず、颯は、間抜けな声を漏らす。これまで以上に、瑞貴の豊満な胸が、押し寄せて来たためだ。


 颯の左腕を圧迫するように、これでもかと、瑞貴も、胸を押し付ける。絶対に、わざとである。


 当然、颯のあそこは、ビンビンになる。血管が浮き出るほど、カチカチで、フル勃起する。


 エロ動画を視聴しても、ここまで、あそこが、大きくなることは、無い。女性の生のおっぱいの破壊力は、絶大だ。


「は? 幼馴染の俺ですら、あのエロい瑞貴のおっぱいの感触を、味わったことないのに。…クソッ! 羨ましすぎるぜ」


 悔しそうに、顔を歪め、下品な言葉を、口にする石井。整った顔立ちが、台無しだ。


「あなたなんか、もう幼馴染じゃないからね。べーー、だ」


 不快感を隠そうともせず、両目を瞑りながら、瑞貴は、石井に向けて、舌を出す。


「お、おい! 流石に、それは考え直してくれよ。前みたいな、関係に戻らないか? でないと、俺も困るんだ」


「あぁ〜〜。この筋肉、最高だよ〜。男らしいよ〜。絶対に、あの人には、こんな筋肉無いよ。それと、颯君の逞しい腕、すごい落ち着く…」


 石井の提案を、完全にスルーし、全てを預けるように、瑞貴は、颯の左腕に、身を委ねる。


 女性特有のモチモチした肌の感触と、身体の温もりが、より颯に届く。程よく、安心する、温かさだ。


 瑞貴の身体全体とシャンプーに付いた、ストロベリーの香りは、颯の鼻の中を、くすぐる。


「うっ。負けてられん。颯! 瑞貴ばっかり構ってないで、私の相手もしてくれ! 」


 瑞貴に対抗するため、遥希も、男性を惹きつける、豊満な胸を、より颯の右腕に、押し付ける。


 そのおかげで、颯の両腕は、遥希と瑞貴の双丘に、これでもかと、挟まれる形になった。


 男にとっては、羨ましい限りである。夢のような、体験と言える。


「っ……」


 耐えられなかったのだろう。


 学生カバンを背負ったまま、席にも着かず、聖羅は、2年6組の教室を、走って退出する。


 そのまま、目的地を決めることなく、廊下を、ひたすら走り抜ける。


 聖羅の瞳からは、涙が流れ、それらは、いくつも、小雨のように、廊下に落ちる。


 気になったのか。先ほどから、顔を上げ、颯・遥希・瑞貴の間での掛け合いを、静観していた聖羅。


 どうにかして、颯と会話をするタイミングを、狙っていたかもしれない。


 しかし、不幸にも、そのようなタイミングは、生まれなかった。


 常に、遥希と瑞貴が、颯に声を掛けていた。3人以外、入り込む余地のない空間が、出来上がっていた。


 当然、聖羅の入り込む余地など、全く無かった。


 その結果、限界が訪れて、教室から、逃げ出したわけだ。


「クソ! なぜだ。…なぜ、3人は、戻ってこない。前まで、関係性は良かったのに」


 苦虫を噛み潰すような顔を作り、石井は、目の前のハーレム光景を、黙って見届けることしかできない。


 石井にとって、初めての経験だろう。屈辱に違いない。

 

「ちょっと! あんた! はるっちとみずっちの邪魔するなし」


 石井を追い掛けるように、褐色ギャルの愛海が、教室に、飛び込んできた。

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