第6話 幼馴染
「うちと石井君は元幼馴染だよ。だから、名前呼びは勘弁して欲しいな~」
おっとりした口調で、語尾を間延びさせる目の間の女子。突然現れた女子は、またもや石井と関係性がありそうだ。
「な、なあ瑞貴。流石に名字呼びは余所余所しくないかな。先週のように、下の名前で呼んでくれよ。和久君ってさ」
先ほどの颯に対する態度とは打って変わり、石井の物腰は柔らかく変化する。苦笑いを浮かべ、瑞貴に対して下手に出る。まるで颯の時とは別人のようだ。
人によって態度を劇的に変える石井の本性が、垣間見える。やはり、性悪だ。
大部分の聖堂高校の生徒が認識する石井は、偽善した姿である。普段は猫を被る。
「繰り返し言わせないで欲しい。既に元幼馴染で、友達の縁も切ってるんだよ? だから金輪際、名前呼びはNGだから」
スローでおっとりした口調ながらも、瑞貴はムッとする。明らかに怒っている様子だ。おっとりした雰囲気を放つが、感情は表に出るタイプらしい。
「そ、そんな。考え直してくれよ! 遥希も似た態度なんだよ。もう2度と話し掛けるな。絶交宣言されたんだぞ! 他にも、俺にぞっこんだった、あのギャルも俺から距離を取ってしまった。お前まで……俺を苦しめないでくれよ」
瑞貴の言葉を聞き、石井の顔色が変わる。焦りからか。徐々に顔色は赤く染まる。口調も早口になった。耳の悪い人間は聞き取れないレベルだった。
「愚かだね。でも残念ながら、うちは石井君の要望を成就できない。だって、石井君は約束を破ったんだから。うち達と交わした約束を」
瑞貴は目を細め、冷たく言い放つ。明瞭に軽蔑した目だった。視線は冷たい。
「約束? 何だそれは? 俺はそんな面倒な契りを交わした覚えはないぞ」
不思議そうに首を傾げる石井。眉をひそめ、頭を悩ませる顔を作る。それらの仕草はわざとらしく無かった。そのため、容易に演技ではなく、素だと思わせる効果があった。
どうやら石井には、全く身に覚えがないようだ。本当に記憶にないのだろう。
その証拠に、答えを探すように、交互に首を左右に傾ける。
颯には意味不明な言葉だが、どうやら2人は何かしらの約束を交わしていたらしい。
「覚えてない? あなたって人は……。もういい。今後、あなたと口を聞く予定はないから。あくまで予定だからね。石井君が天音君にちょっかいを掛ける光景を発見した時のみ、限定で言葉を交わすから」
呆れた顔で、長々と告げると、瑞貴は踵を返す。
「もう、うち教室に戻る。そろそろ休み時間終了しそうだから」
それだけ残し、不貞腐れたように、歩を進め始める。
呆然としながら、颯は瑞貴の背中を追う。その背中の距離は徐々に遠くなる。
「お、おい! ちょっ……」
石井が瑞貴の制止を試みた瞬間。休み時間の終了を告げるチャイムが誕生した。
キーンコーンカーンコーン~。
甲高く、耳鳴りを生み出す騒音が、石井の声を完全に抹消した。石井の声はチャイムの音に敗北した。
その間に、瑞貴は颯の隣のクラスに吸い込まれた。
石井はこれ以上、声を掛けるタイミングを失った。
「クソ! 」
諦めて、苛立ったように、駆け足で廊下を走り抜けた。
その走り方のフォームがぐちゃぐちゃで汚いフォームだった。ハリウッド俳優のような格好良く整った走り方ではなかった。身体と両腕が大風に吹かれたように左右に揺れ、醜いフォームだった。慌ただしいフォームだった。
石井は超絶イケメンなため、フツメンよりもダサさが際立った。
「ふっ」
石井の走り方を視認し、佇みながら、颯は思わず噴き出した。
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