第1話 吾輩、怨敵を発見する

 ――やさしの者、ここに我が友ありけり。あはれみたまへ。


「……?」

 心地よい微睡の中、ふと違和感を覚えた。どこからか入り込んだ冷たい隙間風に、毛を逆立てるように撫でられ、ふるりと身を震わせる。

 ゆるゆると意識が浮上していく。

 薄目を開ければ、頭上から差し込んだかぼそい光が顔にあたっていた。まばゆさに瞳孔を細め、犬歯をむき出しながら、大きく欠伸をする。そして、起き上がると両前足を前に背骨を伸ばした。ついでにバリバリと爪を研ぐ。

(なんだ……)

 尻を地に着けて座り直し、前足を舐める。その手を口から額、目へと往復させるうちに、瞳の調節が済んだ。耳とひげをひくつかせながら周りを見回せば、眠りつく前まで確かに寄り添っていたぬくもりがどこにもないことに気付く。

 顔をぐるりと巡らせれば、四方と天地、周囲すべてが覆われていた。つまりここは――

(――箱!)

 ……などとときめいている場合ではない。

 今度は鼻を動かし、母と弟妹たちのにおいを探す。が、やはりまったく気配を感じられなかった。


(…………なるほど、“また”人間の勝手か。時が経とうと、奴らの性は変わらぬらしい)

 赤錆色の目を光らせ、全身に憎悪を滾らせる。母も弟妹もどうしているだろう。今世の母はお世辞にも狩り上手とは言えないようだった。助けてやらねばと思っていたところだったのに。


「……っ」

 箱の外に憎しみの対象である二足歩行の生物の気配を感じ、全身の毛を逆立てる。

 頭上の隙間の光が幾条かの影によって遮られた。

(今世でこそ奴らを滅してくれる)

 赤錆の中にある黒い瞳を限界まで見開くと、尻をもぞもぞと動かして、獲物までの距離を調整する。

(今だ――)

 飛び上がりながら禍々しいほどに鋭く尖った爪を限界まで出し、渾身の一撃をその影へと繰り出した。

「うわっ」

 人の悲鳴を聞き、血が沸き立つ。


(愚か者め、まずはお前から死すがよい……っ)

「!?」

 光の中、ちょろちょろと消えたり現れたりする影に、後ろ足がむずむずと動いた。

(くらえっ)

(くっ、失敗、ならばもう一撃っ)

(はっ、どうだ、今のは当たっただろう)

(? なんだと? まだ懲りぬのか? ならばもう一撃――)


「ほんとにいた……けど、猫? 友?」

 ガザっという音と衝撃と共に、頭上の光が一気に広がった。

「みゅぎ」

 黒い人影に首根っこをむんずとつかまれて、ひょいっと身が浮き上がる。


「おまえ、手ぇピョコピョコ出してじゃれてる場合じゃないだろ? 捨てられたんだぞ?」

「!?」

 そう言って目の前で呆れたような顔をしているのは、吾輩を切り殺した怨毒骨髄の仇敵、立花将次だった。

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