第6話 「ゎいぅぃ、だょ」
えぇっと、どどどうすればいいんだろ、これ。
キスしてるときって、目はつむった方がいいのかな。腕はそのままなのかな、腰とか首に回した方がいいのかな?
そんなことを考えていたら君が唇を離した。
ううう、私が大胆な行動をして君がうろたえる流れが執着しすぎて、いざ自分で逆の立場に立ってみたら何もできないし何も考えられないよう……。
君は軽くうつむいて、スマホをいじっている。
【好きです、彼女になってください】
ある程度予測できたうれしい文言が、左手の箱の中でひょこっと跳ねた。
『順序が逆だよ、まったくもう』
一連の流れを振り返りながら、うん、と頷いた。
君は照れくさいのか、頭をポリポリと
『二人で恥ずかしいことをしてもいい思い出にできる、ってことにしよう』
「すぅーっ、はぁーっ」
またもや深呼吸に頼ってみる。けれど、ドキドキは収まらないみたい。
あんまり人通りがない脇道とはいえ、さすがに恥ずかしいので見つめ合うのは一旦やめてゆっくりとまた歩き出した。しばらくして、自分もお返しに何かしなきゃいけない気がして、少しムズムズといたたまれなくなる。
私は行動的だが、それでいて臆病だ。大胆な動きもよくするけれど、一方で失敗が怖くなる時もままある。自分でも矛盾しているのはわかってるけど、同時に事実だからたちが悪い。
『とにかく、第一関門は突破できたよね』
ここから先は長丁場だ。私の世界と君の世界のすり合わせ。空気の振動を「音」として捉えることができるかどうか、の違い。
時折、私たちのように耳が聞こえない人のことを同情を誘うように、かわいそうだと描かれることがある。ドラマなどでは特にそう。けれど、一人の人間としていろいろな性格を持ち合わせていて当たり前、って視点が抜けてることが多いんだよね。
でも、君は普通に私を好きになった、って思いたい。
私なんかは『そんなもん知るか』ってハチャメチャな日々を送っているしね。悲劇のヒロインなんてガラじゃないし、だからこそ君と出会えてよかったと思ってるよ。
それでも、多分普通の女の子と付き合うのとは、少し違うタイプの面倒さがあるの、君はわかってるかな? わかっててほしいけど、きっと実際に付き合ってみないとわかんないこともいっぱいあるかもね。
『まーあ? 私は? 初めての? 彼氏だし? 恋愛自体も? したことなかったし?』
ちょっと唇を尖らせながら君の方を見てみる。顔が真っ赤だ。
結局、何もかもが未知の領域だね。だったら、君と一緒に冒険しよっかな。
『それでも、多分。勇気、振り絞って告白してくれたんだよね』
ちょいちょい、とまた袖をつまんで、君の気を引く。顔はまだまだ紅潮したままだ。きっと、私もだけれど。
『君だけに手話を勉強させるのは、バランス悪いからね』
そのまま筋肉質な右腕を手繰り寄せるようにして、君の右耳に口元を近づける。
これは、私の勇気と、決意。
「ゎいぅぃ、だょ」
うまく、できたかな? 私、いくらなんでもサボりすぎが
背伸びをした体を元に戻した後、不安になって、君の方を見上げてみる。
君はちょっとだけスマホに何か打ち込んだ後、私に見せてきた。
えっと、どれどれ。
【上目づかいカワイイ】
「……!? ——っ! ——っ!!」
『……!? いやいやいや今そんなこと言われても困るってマジで心の準備してなかったしっていうか私精一杯頑張って発話したんだぞその反応適当すぎるでしょ滅茶苦茶葛藤あるんだよこっちは他人事と思ってるでしょスゲー不安だったんだから』
照れ隠しと混乱と怒りと喜びが混ざった感情を全身で表すために、まずは両手でポカポカと君を殴る。本日二度目の羞恥心限界突破だ。
ねえちょっと、何笑ってんのよう。あ、またスマホに何か打ち込んでる。
今度は、直接見せずにアプリ経由で私に伝達してきた。いまだに左手で握ったままだった端末が震える。
【俺も「大好き」だよ】
『……うん、今日は私の負けです。参りました』
スマホをカバンにしまい、左手で君の手を握る。
そのままゆっくり、駅までの道を歩くことにした。
今度のデート、楽しみだね。
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