side A age:10

今日は4年に一度の初聖水拝領の日。

大聖堂の一室で母上と弟のリクハイドと3人でメルヴィを待っているところです。父上は公務として既に主祭壇にいるためここにはいません。

9歳のメルヴィ、10歳の私、そして11歳のメルヴィの兄エーミルが初聖水拝領を行います。


「お兄様!絶対に女神像くらいの大きい光を出してくださいね!」


今回の初聖水拝領は私の付き添いで来ている5歳のリクハイドのあけすけな言葉に驚きます。


「そうなったら嬉しいけど、過去には小さい光の王子もいたと歴史の授業で習ったからなぁ。もしも私が小さい光だったとしてもリクハイドがいるからいいじゃないか」

「そんな!困る!僕はとても繊細だからきっとプレッシャーで潰されてしまいますよぉ。そうだ!僕の魔力がお兄様に渡りますように」


そう言いながらリクハイドは暖かくてフニフニとした小さい手のひらで、私の手を掴んできました。私は「自分で自分のことを繊細と言う人に本当に繊細な人はいない気がするなぁ」と言いながら、掴まれているのとは反対の手で私と同じ金色の柔らかいリクハイドの髪を撫でます。


「ふふふ。もしもお兄様の光が小さかったら、リクがプレッシャーに潰されないために弟を作りましょうって陛下に相談するから大丈夫よ」

「えっ僕、妹の方が欲しい!お母様に似たかわいい妹!」

「あらあら」


母上の言葉に浮かれたリクハイドは私の手を離して母上の方に駆け寄って行ってしまいました。魔力量の話はもう良いのでしょうか。


実は初聖水拝領をするにあたり、父上から「もしも初聖水拝領で魔力量が少ないと判明しても、立太子の条件に魔力量は考慮しない。もしかすると魔力量が少ない初めての王になるという苦しい道を歩かせる事になるかもしれないけれど許して欲しい」と言われました。これはまだリクハイドや母上は知らない、父上と私だけの秘密。


祖父である先王の時代から我が王家は、魔力量至上主義の思想を無くすことに尽力していて、魔力量が少ないけれど職務は充分こなせる騎士や官僚を積極的に採用するなどの政策を進めているのです。私も、もしも魔力量が少ない初めての王になるとしても、責務を果たす覚悟はできているつもりです。


「エーミルだ!この前みたいに肩車して!肩車!」

「わわ、リク殿下、この白い服すぐ汚れちゃうんだから気をつけてくださいっ」


メルヴィ達が到着したようです。リクハイドが誰よりも早くエーミルに気づき飛びつきました。腕白盛りのリクハイドは、やんちゃなエーミルと遊ぶのがお気に入りなのです。


私もメルヴィの元へ駆け寄ります。


「メルヴィ、白いドレスも似合うね」

「ありがとうございます。ここまで汚さないようにってすごい注意して来たので、褒めてもらえて嬉しいです。実は、お兄様が馬車を待つ少しの時間もじっとしていられないで、木登りをして白い服を汚して、それでお母様が髪の毛を逆立てるくらいに怒ってて、万一私も汚したらお母様が怖いと思って……」


ドレスの白さを褒めたんじゃないんだけどなと思いつつメルヴィのズレた返事にほっこりし、母上に優雅な挨拶をしている侯爵夫人が実はつい先ほどまで毛を逆立てるほど怒っていた姿を想像して思わず笑ってしまいます。


「ふふふ。私にはエーミルの服が汚れているとは思えないけど、侯爵夫人は厳しいな」

「違うんです。予備を3着用意してあって、まだ初聖水拝領が始まっても無いのに今お兄様が着ているのは3着目なんです。しかも!お母様ったら私のドレスも予備が3着あるって言うんですよ!お兄様と同じ扱いなんて失礼しちゃいます!」


そう言いながらメルヴィは頬を膨らませていますが、私はメルヴィのドレスの予備まで3着あることに密かに納得しました。メルヴィは乗馬やダンスなど身体を動かす事が大好きで、中でも一番好きなのがエーミルと一緒に受けている剣術の稽古なのです。周囲に文武両道と言って貰えている私が、油断をしたら負かされてしまいそうなほどの実力があります。万が一にもメルヴィに負けないため、私は無理を言って剣術の稽古の時間を増やしてもらいました。


その後はメルヴィが私の服の白さを褒めてくれたりと、楽しく賑やかに待機していました。しばらくして初聖水拝領の時間となり主祭壇に移動します。


初聖水拝領は問題なく進行し、私は歴代王と同じで女神像より大きい光でした。本日参加した子息令嬢の中で私が一番魔力量が多く、私の次はエーミル。そして、メルヴィの光はメロン位の大きさでした。実はこれは下級貴族の平均くらいの魔力量で、王族に嫁ぐには少ないと言われてしまう大きさです。でも魔力量至上主義の撤廃に邁進している父上が、魔力量を理由にメルヴィを私の婚約者から外すことはないはずです。


初聖水拝領の直前まで明るくお喋りしていたメルヴィが、今は静かに口をつぐみ俯いています。私はメルヴィの両手を取り、悲しみに揺れているオレンジ色の瞳を見つめました。


「魔道具が普及してからは個人の魔力量は戦場と初聖水拝領の時しかわからなくなったし、その魔道具も常に進化している。魔力量が少なくても知識と意欲で王宮魔導師になった人だっている。もう魔力量だけで判断する時代では無いんだ。大丈夫。魔力量に関係なくメルヴィは私の婚約者のままだし、メルヴィの魔力量が少ないからと何か言う者が出てきたら遠慮なく私に報告して欲しい」

「違うんです。実はお兄様とどっちの光が大きいか勝負をしてて、負けた方は明日のおやつを勝った方にあげないといけないんです」


やんちゃなエーミルに負けず劣らずいつも元気一杯なメルヴィが珍しく落ち込んでいたので励ましたのですが、まさか明日のおやつ無しを悲しんでいたとは!


「ぷっふふふ」

「笑うなんてひどい!……でも、励ましてもらえてとても嬉しかったです。ありがとうございます。私が用意してた言い回しと一緒だったから、本当にそう思ってもらえてるんだなって」

「用意してた?」

「だって、魔力量が少ない王子もいたと歴史の授業で習ったから……」


メルヴィはモジモジしながら小さい声で呟いていましたが、ちゃんと聞こえました。


もしも私の魔力量が少なかった時のために、励ましの言葉を考えてくれてたのか……


私がメルヴィを大切に思っているのと同じように、メルヴィも私を大切に思ってくれているのだと感じ、胸が温かくなります。


まだ、高位貴族の高齢者の中に残る魔力量至上主義の思想。私の婚約者であるがために、魔力量で差別され、傷つけられる可能性があるメルヴィ。絶対にメルヴィを守るんだ、と私は決意を新たにしました。

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