あの日見た夢の続きを
のと
社会は夢を諦めた人もいるからこそ成り立っている
SNSで高校生にアカウントをフォローされてやや戸惑いを覚えたことで、自分がもう若くないということを実感した。
とくに公開制限をつけず毎日のようにイラストをネットの海に流しているのだから、誰に何を言われてもおかしくはないのだが、未成年からフォローされると、自分の描いた絵が今の若い子にも認められるという喜びよりも、このご時世だから面倒ごとに巻き込まれたくも巻き込みたくもないというリスク回避の感情の方が勝ってしまう。アラフォーの男が描く絵をみて楽しいのだろうかと思いながら彼女のアカウントをみると、イラストレーターを目指しているらしいその子の投稿は、希望に満ちあふれていた。夢への葛藤や不安のつぶやきにさえ感じ取れてしまう明るさに、胸がちくりと痛んだ。
胸が痛むということは、俺はまだ、漫画家になりたかったという自分の夢を清算できていないのかもしれない。SNSのプロフィール欄は、「元・漫画家志望」。元漫画家でも、漫画家志望でもなく、元漫画家志望。
もし昔の自分が今の自分をみたらどう思うのだろう。
今の仕事や生活に行き詰まると、余計にそんなことを考えて、まだ大人になりきれていない自分に苦笑してしまう。中途半端な夢や理想は足かせにしかならないことを、俺自身がよくわかっている。
幼い頃に絵を習わせてほしいと親に頼んだときは、そんなことをするくらいなら塾に行けと言われた。中学校で書いた将来の夢の作文は、書き直すよう先生に言われた。
町で一番明るい建物がパチンコ店という田舎に住んでいた俺には、美大や専門学校に進学して漫画を学ぶという選択肢が無かった。負け惜しみだと承知の上だが、片田舎に育った人間は、都会に生まれた人たちよりも学習指導要領にそったような知識教養以外の文化や多様性に触れる機会が圧倒的に少ないのだ。
せめてもの抵抗で、一人暮らしができるように県外の大学へ行き、バイト代で道具を揃えて暇さえあれば漫画を描いていた。当時は今ほどネットが身近になかったから、雑誌に自分の作品を応募することで可能性を模索していた。一度特別賞をとり、仲のいい友人に自慢したこともある。
「すごい!プロになれるよ、お前」
人からもらった、最初で最後の賞賛の言葉だった。
もしかしたらと、少し自分に自信が持てた頃、父親がアパートにやって来て、描き貯めていた絵や漫画を、全部捨ててしまった。
「就職活動に集中しないと、学費を援助してやらないぞ」
俺は描くことをやめた。大学卒業後は、地元近くの、建設機械を扱う会社に就職し、今も営業として働いている。人には言っていないが、そこからしか内定をもらえなかった。
特別賞をとったときに出版社から副賞として送られてきたコピックは、社会人になる年の春、引っ越しのタイミングで売ってしまった。
大人になった今ならわかる。創作活動で食べていくことを目指すのは、博打に近い。
才能だけでは足りない。努力だけでは認めてもらえない。運と環境にも絶対的に左右される。
オリンピックに出るようなアスリートの生い立ちをみると、プロになれる人とそうでない人とでは、生まれたときから走っているレーンが違うと思い知らされる。
先生や家族は俺のためを思って、現実と向き合うように厳しいことを言ったのだ。
無一文になってもいいという覚悟を持ってでも、好きなことを嫌いになるかもしれないというリスクを負ってでも、自分を貫いた仕事に就いている人がこの世にどれくらいいるだろう。社会は抱いた夢を叶えられなかった人の方が多い。
現状、幸いにも自分自身を養えるだけの収入はある。下には下がいると言い聞かせればそれで十分なのだが、それでもやはり考えてしまう。所帯を持っている同級生と比べ息が苦しくなる時に。世間一般から放たれる明るさによって死にたくなる時に。役職や肩書をもって活躍する知人をみて惨めになる時に。
もし、もし夢を追っていたら、俺は今頃どんな人生を歩んでいたのだろう。
そんな現実と妄想を幾度となく頭の中で繰り返したからか、ある晩、漫画家を目指し続けた世界線の自分が夢に出て来た。
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