楽園へと至る道

 校外学習というのは、冒険者学校において生徒が必ず受けなければならない必須カリキュラムの一つだ。

 普段とは大きく異なる環境に身を置いて、単純に生き残っていく術を学んだり、現地の社会に馴染む方法を勉強したりするのが目的である。


 当然ながら、エリンたちは通常のカリキュラムからは逸脱した超実戦的かつ超ハイレベルな授業を受けている。他の学校の先生や生徒が見れば泡を吹いて倒れるだろう。

 しかし取らなければならない単位は、厳然として存在する。めっちゃ強くなったしやらなきゃいけないこと全部無視したけどいいよね? は通らないのである。俺も学生時代それやろうとして通らなかったし。


「――というわけで、校外学習扱いで三人連れてきた」

「君との友情は終わりだ」


 背後のエリンたちを指さして告げると、アイアスの野郎は超絶真顔で言い放った。

 まあ気持ちは分かるよ。俺も我が身可愛さに三人を突っぱねられなかったが、冷静に考えりゃ生徒を連れてくるの、途方もない裏切り行為だからな……


 とはいえ最初に俺とか人類とかを裏切ってるのは向こうだしセーフ。

 問答無用で集落を殲滅に行かないだけ良心的だと思ってほしい。


「人類に対して非敵対的な魔族の集落、かあ……」

「本当にあるのかは、疑わしいけれど……あれば大発見ではあるわね」

「ま、騙されてるだけだと思うけどね~♡」


 木々が鬱蒼と茂る道を見渡しながら、三人が好き勝手に喋っている。

 特にエリンとクユミは思うところがあるらしい。そりゃそうか、エリンは村焼かれ主人公だし、クユミもかなり魔族を嫌っている。

 二人のテンションにシャロンが若干戸惑っている様子すらあった。


「……それにしても、考えたな。なるほど、火山の麓なら人間の目を掻い潜りやすいだろう」


 アイアスに指定された地点は、国境からは遠い内地、テイル王国の南西に伸びている山脈の近くだった。

 そびえたつ巨大な活火山、フグメント山の麓へと向かうらしい。

 定期的に活動が観測されている火山なだけに、みだりに立ち入ることは禁止されている区域だ。


「ああ。彼らの体なら、ガスにも対応できるからね……って、そうじゃなくってさああああ!」


 うんうんと頷いていると、アイアスがキッと睨みつけてくる。


「どういうつもりなんだって聞いてるんだよ! 他人に話すだけじゃ飽き足らず、三人も余計なやつを連れてくるなんて!」

「俺個人の判断には限界があるからな」


 適当なことを言うも、彼の表情は険しいままだ。


「そもそもだぜ、我が親友よ。生徒を連れてこれるほど安全な場所じゃないって、分かってないのか?」

「……魔族がいるからじゃなくて、政治的な意味か」

「そうだ。この場を知っているということだけでも、大きなリスクがある」


 確かにそうかもしれない。

 だけど。


「あの子たちは……大丈夫だよ」

「自分の意思で来たから? 覚悟はできているから? どれもこれも理由として本質的には足りないと、君は、君だけは理解しているはずだが――」

「違う。俺が彼女たちを守るからだ」


 断言すれば、親友は面白いぐらいに硬直した。

 当然の話だろう、彼女たちにせがまれて俺が連れてきたのだ。ならば、全責任は俺が負う以外にありえない。

 間違っても、例えば彼女たちが魔族に加担したとか、そういう風に認識されるようなことがあってはならない。人類史上最も多くの魔族を殺してきた俺が証明する。


「……勇者の末裔、人類最強の男がそれを言うのは反則だと思うよ」

「あんまりこういう風には、肩書を使ってこなかったからさ。たまには使ってもいいだろう?」


 冒険者だった頃は、忙しすぎてそういう機会に恵まれなかったからな。

 貴族たちから金を巻き上げる時には有効活用することもあったが、基本的には未使用だった。もう少し使っておけばよかった。


「……センセ、そういうのあんま軽々しく言わない方がいいよ」


 とその時、背後から声がかけられた。

 振り返れば、三人がやや顔を赤くしてこちらをじっと見ている。

 どうしたんだと一瞬首を傾げたが、すぐに合点がいった。


「ああ……そりゃ俺もみだりに使うべきじゃないと思うけど、使うべき時はきちんと使った方がいいだろう? こういう肩書ってさ」

「先生違うわ、そこじゃないのよ」

「言語コミュニケーション能力くそざこ♡ バーカ♡」

「急に何!?」


 まったく予期しないタイミングで殴られて俺は泣いた。

 隣のアイアスすらも、ゴミを見る目を向けてきている。


「我が親友は相変わらずだな……」

「お前どういう意味だよそれ……ッ!」

「さあね」


 肩をすくめた後、アイアスは三人組へ改めて向き直った。


「さて、まあ来たからには連れていくしかないだろう。とはいえ向こうの魔族には、まだ人間に慣れていない人もいる。できれば気を遣ってあげてほしい」

「魔族のこと、人って言うんですね?」


 きょとんとした様子でエリンが尋ねると、アイアスは笑顔で頷いた。


「彼ら彼女らは、人に溶け込んで暮らしていくことを目標としているからね」

「それを本気で信じちゃってるわけなんだ~」


 クユミが急に豪速球を放り込んだ。

 胃が痛そうにシャロンが顔をしかめている。そうだよな、フラットな立場のお前からしたら、友人がいきなり他人に攻撃を仕掛けてる光景だよなこれ。


「おや、クソガキの鳴き声が何か聞こえたな。楽園には入れない生き物特有の鳴き声なんだよなあこれ」


 そしてアイアスもアイアスで、しっかりと煽り返している。

 こいつら、本当に相性が悪いな……


「お兄さんさ~、楽園が本当にあるって信じちゃってるクチなのかな~♡ 現実認識能力ざぁこ♡」

「こんのクソガキ……と言いたいところだが、まあまあ芯を食った指摘なので許してやろう、僕は寛大だからね。だがその代わりよく聞け」


 何やら思うところがあったらしく、アイアスは明確にクユミを指さした。


「いいか不協和音まみれのクソガキ、お前の歪みに歪んだ精神性には持ったないぐらいの高説なんだ、よーく聞けよ。僕は詩人だ、夢を謡うのが仕事だ。現実に疲れた人々の耳に心地よい音を送り込み、夢の世界へと誘うのが義務なんだ。そんな僕が楽園の存在を信じなくてどうするんだ?」

「め、珍しくまともなこと言ってる……!」


 エリンが驚愕に声を震わせた。

 確かに、友達の個人情報を切り売りして糊口をしのいでいた人間とは思えない、理想に燃える人間の言葉だ。

 しかし。


「それはさァ――」

「詩人は楽園を謡うだけだろ。ここが楽園だという証明がお前にできるのか?」


 クユミの言葉を遮る形で、勝手に俺の口から言葉が転がり出た。

 場にさっと沈黙が下りた。

 アイアスも、三人も、こちらをじっと見つめている。


 ……しまったな、反射的だった。

 まったくもって、理性的な思考に基づく発言からはかけ離れていた。

 俺は頭を振ってから、アイアスに頭を下げる。


「悪い。話の腰を折っちまったな」

「い、いや……むしろ、助かるよ、君が疑う側でいてくれて」


 アイアスの言葉に、俺は無言で頷いた。

 疑う側でいてくれた方が、忖度なしでの証明として助かるという意味だろう。


 だけど。

 俺はもしかしたら……疑う側であるべきだと思って疑っているのではなく。

 ただ単純に信じることができないわけでもなく。


 たた単純に――あってほしくないと思っているのかもしれない。


 ◇


 しばらく進んだ先、視界が開けると小さな集落があった。

 既に俺たちが来ることは知っていたのか、人間の見た目をした生き物たちが勢ぞろいで俺たちを出迎えている。


「ど、どうも……」


 代表者らしい雄の個体が前に出てきた。

 俺は顔に笑顔を貼り付けて、大きく頷く。


「どうもこんにちは」


 横にいたエリンたち三人がこちらをギョッと見るのが分かった。

 何だよ。俺だって敵意がないアピールぐらいできるよ。


「初めましてですね、僕はハルートといいます。アイアス君の学生時代の友人です。今回は不躾な訪問に快く応じてくださりありがとうございます。皆さんの難しい立場については理解しているつもりですので、気になることであったり、要望があれば遠慮なく言ってください」

「あ、そ、それはどうも……」


 つらつらと台詞を並べながら、魔族の体をじっと観察した。

 緊張状態なのは間違いない。だが生命の危機を感じるとかそういうのじゃない。

 どちらかといえば困惑だ。殺されるかもしれないという恐怖ではなく、『この男はなんでこんなに親切なんだ?』と戸惑っているのだろう。


 何よりも、アイアスの部屋にいた幼女魔族相手にも思ったのだが……殺気を感じない。通常の魔族は、人間を認識した瞬間に殺意が漏れ出すのが特徴だ。

 それなりに極まった上級魔族なら隠蔽することが可能だが、並みのレベルじゃ殺意や害意を垂れ流しにしているためすぐ判別できる。


 視線を巡らせて集落全体を見渡す。

 興味深そう、あるいは心配そうにこちらを見ている個体たちも同様に、一切の敵意を感じない。


 ……可能性があるとするなら、アイアスが大嘘つき野郎で実は全員人間でしたドッキリか、あるいは全員殺意を隠せる上級魔族でしたって二つの説が出てくる。

 頼むから前者であってくれ。後者は悪夢とかいうレベルじゃない。


「あなたが、勇者の末裔ハルート殿ですか……聞いていた印象とは、大きく違いますね」

「印象?」


 代表らしき個体の言葉に、首を傾げる。

 彼は苦笑いを浮かべながら、手を差し出してきた。


「いえ……我々のことを信頼していないからこそ、友好的なんでしょう。疑われるのはごもっともです、私たちが犯してきた罪を、多分この地上で、あなたが最も知っている」

「…………」

「だからこそ、もっと殺気立っておられると勘違いしていました。あなたにこうも無理な態度をさせてしまっていること、深くお詫びします。どうかこちらに滞在されている間に、少しでもあなたの懸念を解消できるといいのですが」


 じっと彼の掌を見つめた。

 毒素反応なし。魔力反応なし。仕込み武装なし。反応速度、間違いなくこちらが上。狙撃なし。周辺警戒クリア。ただ手を差し出されているだけ。


 安全だ。俺の、今までずっと頼りにしてきた直感や、今まで積み重ねてきた経験が、この手は取っていいと告げている。

 だが腕が動かない。


「……失礼。これをあなたに求めるのは、私が思っていたより酷なことだったようです」


 代表はすまなさそうに手をひっこめた。

 あ、と言葉が漏れそうになり、必死にこらえる。


 違う。俺は見極めに来たんだ。フラットな立場なら、握手ぐらいすべきだ。

 なのに体は言うことを聞かない。

 腰の剣を抜きそうになる。


「センセ」


 背を向けて歩いていく代表の姿は隙だらけだいつでも殺せるこんな楽なことはない。

 だが――


「センセ!」


 右手がぬくもりに包まれた。

 ハッと隣を見れば、エリンが俺の手を握っている。


「いこ。今、剣を抜く必要はないよ」

「……あぁ、そうだな」


 掠れた、小さな声でしか返事が出来なかった。

 俺のみっともない姿に肩をすくめて、アイアスが先に歩いていく。

 シャロンとクユミも俺を心配そうに見ながら、先に歩いていく。


「なんで……」

「え?」


 だから俺のか細い呟きは、隣に残ったエリンにだけ聞こえていた。


「どうしたの、センセ……」

「…………」


 目の前には、楽園へと至る道が拓けている。

 素晴らしいことだ。なのに。


 ……やっと分かった。

 俺は楽園の存在を心のどこかで期待する一方で。

 明確に、存在してほしくないと思っていたのだ。


 だって――なんで、今なんだ。

 もっと早ければ、犠牲なんかなかったのに。

 あれだけの数の命が奪われることも、あれだけの数の命を守れなかったことも、楽園が出来上がるためのだったとでも言うのか。



 人々が、魔族が、楽園を作ろうとしているのかもしれないのに。

 積み上げてきた経験が許す唯一の選択は、その楽園を破壊することだけだった。









■■■


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↑のページの下の方にありますが、本作の書籍が発売されます。

オーバーラップノベルス様より3月に発売される予定です。

イラスト担当は柴乃櫂人先生です!

めちゃいい感じになってます。イラスト最高です。

どうぞよろしくお願いいたします。

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