これから黒幕を殴りに行こうか

 みんなと一緒になんとか修行の神殿から帰宅した翌日。

 俺は教頭先生に報告レポートを提出した後、机の上に置かれた手紙2通を発見していた。


「これは?」

「あなたたちが出発した数日後に届いていましたよ」


 フーンと頷いて、片方の送り主の名前を確認する。

 トップガン・ブレイブハートだった。


 うおおおおおおい!

 超大事なやつじゃんか!

 慌てて封を切り、中身に目を通す。


『こんにちは、トップガン・ブレイブハートでごわす』

「手紙にも呪い適応されちゃうのかよ!」


 いきなり変な文章を読まされて、思わず面食らった。


『風の噂で聞いたのでごわすが、生徒さんたちを連れて修行の神殿に行かれるということで……そう聞いた時は驚いたでごわす。無事に帰ってこれているでごわすか?』


 心配して手紙を書いてくれたのか。

 しっかしこれ、俺たちが修行の神殿に行くのをすぐ聞いてすぐ手紙書いてるな。

 マメな聖騎士だ。


『あれからおいどんも色々と調べましたが……シャロン殿のご両親においどんとの縁談を勧めている人間が分かりました。彼はおいどんの幸せのためにも、と熱心に説得してくださっておるようです』

「…………」

『ですがこれがおいどんの望むことではないとは知らんようでごわす。なので今度、直接説得するつもりでごわす。きっと分かってくれるでごわすよ』


 思わず舌打ちが漏れそうになった。

 逆にこちらが不審がられるかと思って止めていたが、ミスだった。

 彼にきちんと、目星をつけた黒幕について伝えておくべきだったようだ。


「失礼します……あ、先生。今日はエリンとクユミ、休養取るから休みたいって」


 その時、職員室に入ってきたシャロンが声をかけてきた。

 いつも通り、制服を着崩した格好である。


「ああ、了解。クユミは傷は治ってたけど消耗してたからな。受領しておくよ。エリンは?」

「縦一閃を打ちすぎて腕が折れそうだって」

「どんだけ打ったんだよあいつ」


 一応は奥義のはずなんだけどな。

 まあそういうことなら、無理してこさせることもないか。


「だから今日は私だけで、って……それ、手紙?」


 彼女にも関係のあること、ではあるか。

 勝手に見せていいものかと悩んだが、とりあえず内容だけは伝えておく。


「ブレイブハート卿からだよ。神殿に行くって聞いて、心配してくれたみたいでさ」

「ふーん」


 その名前を聞いた瞬間、彼女の表情に陰りが差した。

 んん? どうしたんだろうか。


「まあ結局移動含めるとほぼ一週間ぐらい空けてたからな。心配もするだろう。他にも色々と届いたものが溜まってるよ」


 俺は軽く笑いながら、机の上に置かれたもう1通の手紙を手に取った。

 送り主はカデンタ・オールハイム。


 重要さで言えば、こっちの方が本命だ。

 とはいえ自分から頼んだ分、驚きはしなかったけどな。


「そっちは?」

「王国の知り合いに頼んで、ブレイブハート卿が世話になってたっていう孤児院について調べてもらったんだ」

「……? なんで?」


 俺は彼女の目の前で封を切る。

 ざっと手紙の中身に目を通して、それから息を吐いた。


「まあ、クロだよなあ」

「……?」


 首を傾げるシャロンに、苦笑いを返す。


「君の縁談について、色々と分かったことがあるんだ」

「あ……それ、ちょっと話したくて来たんだ」


 声を落とす彼女の様子は、何かがあったと雄弁に告げている。

 教頭先生に視線を飛ばすと、顔を上げることもなく職員室隅の談話スペースを指し示してくれた。


「あっちに行こうか」


 うん、と頷いた彼女を連れてソファー二つが向かい合うスペースに連れていく。

 それぞれソファーに座った後、息を吐いた。


「どうした? 何かあったのか?」

「寮の方に、両親から手紙が届いていたんだけど」


 どうやら俺たちが神殿にこもっている間に、外では色々と起きていたようだ。

 彼女が差し出した手紙を手に取り、さらっと目を通す。


「ブレイブハート卿が、結婚に乗り気になったって……」

「うっわ……」


 確かにそう書いてある。

 ひ、ヒェ~~……! これ最悪の展開じゃん……!


「信じられない。あんな風に、こっちの味方でごわすみたいな顔しておいてさ」

「……おかしいと思わないか?」

「え?」


 首を傾げる彼女に、ブレイブハート卿から俺に送られてきていた手紙をひらひらと見せる。


「俺相手にはきちんと帰ってこれるかって心配しておいて、縁談を了承するなんてさ」

「それは……結婚相手だから、じゃないの?」

「いいや、彼は縁談を回避する方向で動くと明言していた。なら、俺への手紙にも書いておかなくちゃおかしい」


 つまり俺への手紙を書いた後、彼に心変わりがあったということになる。

 どう考えたって不自然だ。


「これは多分、敵の手中に落ちたとみるべきだろうな」

「て、敵……!?」


 目を見開くシャロンに、俺はカデンタからの手紙を見せた。


「アークライト卿は覚えているか? この間顔を合わせた貴族の」

「うん、覚えてる」

「彼が経営する孤児院は、里親へと子供を引き渡す件数が安定している」


 カデンタが送ってくれたデータによれば、半年に三人のペースだ。

 半年に三人というのはあくまで平均値、四か月ぐらい見つからない時や、逆にひと月に四人五人と引き渡しが成立している場合もある。


「それは、いいことだよね」

「ああ。ギルドとの連携を打ち切られた研究機関よりも、こっちの方が向いていたんだろうな……本当に見つけているのなら」


 巧妙にやっていやがる。

 渋面を作る俺に、だんだんとシャロンの表情も暗いものに変わっていった。


「先生はもしかして、これが嘘だって思ってるの?」

「引き渡し先を見てほしい」


 ぐっと身を乗り出したシャロンの視線の先。

 俺は書面に記された引き渡し先リストを指でなぞった。


「ダミーの名義がいくつか混ぜられている。おそらく、監査官に賄賂を握らせて通したんだ」

「…………」


 子供たちは本当は里親になんて会っていない。

 そう考えるだけで最悪の結末が分かったんだろう、シャロンは唇を震わせて顔を青くした。


「そんなこと、ありえるの……?」

「生きた人間を必要とする研究なんていくらでもあるからな。大体は禁止されているけど」


 だからこそ、そんなことをしている男がシャロンとブレイブハートの縁談を推し進めている理由にも心当たりがある。


「私の、体質だよね」


 生まれつき莫大な魔力を宿しているシャロンは、単純な母胎としても、そして研究材料としても喉から手が出るほどに欲しいだろう。

 ギルドとの提携を打ち切られたというのは、彼にとっては大ダメージだったのかもしれない。


「じゃあ、ブレイブハート卿はもしかして、アークライト卿に説得されて……うん、説得じゃないってことだよね」

「ああ。洗脳されてる可能性が高い」


 恐らく、アークライトはブレイブハート卿を支配する術をあらかじめ持っていたんだ。

 彼と結婚さえさせれば、シャロンは自動的にアークライトのものになるということだろう。


 聖騎士の一席を務める男にそんなもん仕込めてる時点で凄いけどな。

 とはいえ俺の生徒の自由を侵害する行為だ、看過はできない。


 俺は息を吐いて、ソファーから立ち上がる。

 書類の山越しギリギリで見えている教頭先生に顔を向けた。


「連日すみません、シャロンを課外授業に連れて行ってもいいですか」

「構いませんよ。聖騎士との本気の戦いの見学ですか」

「洗脳されてる聖騎士が本来のスペックを発揮できるとは思えませんがね」


 肩をすくめると、教頭先生も同意見らしく苦笑いを浮かべる。

 トントン拍子に進んでいく話に、置き去りにされたシャロンが目を丸くする。


「え、ええっと?」

「アークライト卿の研究施設だろうな。そこにカチコミに行ってブレイブハート卿を取り戻し、縁談を破談にさせるぞ。ふざけたお見合いごっこは今日で終わりだ」

「ええっ!?」


 飛び上がって素っ頓狂な声を上げるシャロン。


「そ、それって私も?」

「当たり前だ。そして準備出来次第向かうぞ、先手必勝しかないからな」

「う、うーん。一理あるようなないような……」


 敵陣に切り込むのは早ければ早いほどいい。

 ケースバイケースであるという話の前提条件として、基本的に行動が遅れることは相手に選択の余地を与え、こちらのアドバンテージを削る行為なのだ。


 一にも二にも突っ込んで殲滅だ。

 突っ込んで殲滅するしかない。


「でも、私なんかじゃ先生の足手まといになるかもしれないし……」

「修行の神殿を乗り越えただろ? その成果を発揮するときは今しかない」

「乗り越えたばっかりなんだけど?」


 冷たい視線を向けてくるシャロンだが、俺は首を横に振る。


「安全は俺が確保する。修行の成果は、修行の後の戦いで実感するのが一番効果的だ」

「それはそう、かもだけど……」

「何より……君の未来は君が掴み取るべきだ」

「!!」


 俺は先生だ。

 生徒を危険な場所へと連れていくなんて、本来は論外である。


 だが彼女たちは、単に安全地帯で育て続ければいいってもんじゃない。

 本当に強い子に育てるためなら、多分、運命を決する場に居合わせる回数は多ければ多いほどいいのだ。


「俺は教師として君の命を守り、身を守り、可能性を守る。だけど守られるだけじゃなくて、自分の人生を自分で選ぶのは、それは君自身にしかできないことだ」

「……っ」


 ぎゅっと拳を握り、シャロンが瞳をさまよわせる。

 今は、頼れる級友二人はいない。

 だからこそ、殻を破るときが来たんだ。


 数秒の沈黙を挟んで、彼女がじっと視線を向けてくる。

 その両眼には決意の光が宿っていた。


「──分かった。準備するから待ってて」

「ああ」


 勢いよく駆けだしていくシャロン。

 その背中を見送った後、俺は深く息を吐いた。


 ……これ2のチュートリアルすらやってない状態で突入していいシナリオか?

 そう疑念が頭をよぎったが、俺は賢いので無視した。

 今更だろ! だったらシャロンの幸福の最大値取りに行くわオラァ!



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