おいどん、襲来

 シャロンに手紙が届き、返事をしてから数日後。


「えー今日は授業見学にシャロンの婚約者に昔なりそうでならなかった人が来ます」


 朝のHRで、俺は教壇に立ち意味不明なセリフを発していた。


「シャロンの婚約者……になりそうだったけどならなかった人?」

「あ、前に聞いたことある人かな♡」


 一瞬困惑したエリンとクユミだが、すぐに得心がいったように頷く。

 三人はそれぞれの過去を共有している節があるからな。

 きっと幼いころのことも話していたんだろう。


「強い剣士って聞いてたけど、今は何してるの?」

「今はその、聖騎士になってるんだって」

「えぇ……!?」


 ひっくり返りそうになるエリンと微かに目を見開くクユミ。

 分かる。俺もそれ聞いて流石にビビり倒した。


 テイル王国が誇る王立騎士団。

 それはカデンタが隊長を務める『正律部隊テンペランス』などとは異なり、国内外の正式な場面で活動する花形である。


 その中でも選ばれた精鋭中の精鋭こそが聖騎士。

 広いテイル王国の中でも、実に二十名しか存在しない国家の切り札だ。


 先日ダンゴーンが展開した魔族用領域のいくつかも、俺やカデンタの手が回らないところは、聖騎士が出動して文字通りに粉砕したと聞いている。

 上級魔族を相手取るうえで、複数人でチームを組んだなら十分相手できるレベルだと思う。


 つーか聖騎士のこと大して知らないんだよね、ゲームでもあんまり出てこないし。

 いや数人出てきたけど……そして今日会うのは、原作にも出てきた人だけど。


「学校に来てくださるのは聖騎士が一人、トップガン・ブレイブハート卿だ。くれぐれも失礼のないようにね」


 トップガン・ブレイブハート卿。

 黒髪長髪、甘いマスクを持つ屈指の聖騎士である。

 俺の知る『2』シナリオではシャロンの婚約者でもあった。

 いくらなんでも名前がカッコよすぎるので『名前負け卿』とか呼ばれていたけどね。


 そう、原作に登場してるんだよこの人。

 婚約者候補だったと聞いた瞬間にピンと来るべきだった。


 原作のブレイブハート卿はとってもイケメンだけど性格が終わっており、だけど無駄に強いというハルートの完全上位互換な存在だった。

 いや性格終わってるから上位互換ではないんだけど。

 でもなんていうかこう、ちゃんと強いが故にタチの悪いハルートみたいな?

 ダメだ、これどうあがいても悪口になるな。


 なんかシャロンに婚約者とかいないらしいから完全に忘れていた。

 今いないのなら、これから婚約するのかなとか思ってたよ。

 まさかとうの昔に破談していたとは……もう原作ボロボロやんけ。

 どうしてくれんだよなあお前なあ!


「うひー聖騎士さんか。鎧がごっついよね。でも流石に鎧姿では来ないか」

「ん、エリンは聖騎士と会ったことがあるのか?」


 知っているような口調のエリンに問いかけると、彼女は気まずそうに頬をかく。


「あはは……えっと、ウチの一番上のお兄様と二番目のお兄様も、一応は聖騎士なんだよね」

「えっそうなんだ」

「えっそうなの!?!?」


 シャロンの驚きの声を、俺のバカデカい驚きの声がかき消した。

 そうなの!? 知らなかったんだけど!


 原作でなんか格が高そうな振る舞いはしていたんだけど、聖騎士だったの!?

 原作には、そりゃ聖騎士あんまり出てこなかったからもしかしたら二人はそうなんじゃないかっていう考察もあったけどほぼ妄想でしかなかったんだけどなあ……!


「な、なんでセンセがそんな驚いてるの?」

「あっ……ああ、ほら、聖騎士って会うこともあったんだけど、エリンのお兄さんたちとは会ったことがなかったからさ」


 とっさに適当な理由をでっち上げた。

 驚いた理由ではないものの、嘘は決して言っていない。

 聖騎士と顔を合わせる機会はあったし。


「あ~、それは仕方ないかなあ。お兄様たち、本当に籍を置いてるだけってカンジみたいだし?」

「えぇ……?」


 なんで護国の象徴が籍置いてるだけなんだよ……


「ま、まあともかく、ブレイブハート卿はもう少ししたら到着される予定だ。教室飾るとかした方がいいかな?」

「絶対にやめてよね」


 シャロンに半眼で睨まれ、俺は肩をすくめた。

 さすがに聖騎士相手にそんなナメたことはしない。


 ただ、結局何のために来るのか知らねえんだよな。

 嫌な予感というか確信だけはあるんだけど。

 これ絶対面倒事だよなあ。




 ◇




 そしてHRを終えた後。

 俺と三人組、そして教頭先生は正門にてブレイブハート卿を待っていた。


「あ、多分あれだね」


 近づいてくる馬の影。

 馬車を利用したのではなく、自前の馬で来たようだ。

 かなりの駿馬だなあとか思っているうちにどんどん近づいてくる。


「……あーっと?」


 目を凝らせば馬上の人影をよく見て取ることができる距離になった。

 そこで俺は隣のシャロンに顔を向けた。

 自分でも顔がバキバキに引きつっているのが分かった。


「本当に?」

「え、何……?」


 どうやらシャロンにはまだ見えていないようだ。

 しかし近づくにつれて、だんだんと俺たちの雰囲気が重いものになっていく。


「これはどういうことでしょうか……」

「あたしたちも聞きたいかも」

「流石に人違いだと信じたいかな♡」


 馬上にあるのは、分厚く丸っこく、縦には小さい影。

 なんていうかこう……お相撲さんの卵みたいな体形の男の姿だった。


 背丈は俺の肩ほどまでしかなく、生徒たちのほうが視線が近いだろう。

 球体と表現した方がいい丸々としたぽっちゃり体形。

 リーゼント、に近いのだが先端が刃物みたいに鋭くなっている謎の髪型。


「誰だよ」

「分かんない。ていうか全然会ってなかったし……でもこんなことあるの……?」


 俺の問いもシャロンの回答も、共に呆然とした声色だった。

 しかし現実は待ってくれない。

 ついに目の前までやって来た馬がゆっくりと減速し、小太り兄さんが颯爽と降りてくる。


 騎士? デカいサッカーボールじゃなくて?

 っつーかその騎士団制服どういう風になってる? 特注サイズだよね?

 もう色々と、聞きたいことが渋滞していた。


「おいどんがトップガン・ブレイブハートでごんす」


 しかも言葉が謎。ざけんな。

 剣と魔法のファンタジー世界を舐めるな。

 一人称がおいどんのやつなんていねえんだよボケ。


「……ブレイブハート卿、ですか?」

「そうでごんす」


 マジで誰。

 原作から離れすぎ。


「シャロン殿。今回はおいどんの無理を聞いてもらって感謝するでごんす」

「あ、はい……」


 にかっとシャロンに笑いかける姿は、気のいい親戚の兄ちゃんみたいだ。

 彼を凝視しながら、頭の中で疑問符があふれかえる。


 お前長身美形だけど中身クズの騎士だったよな?

 なんでいなかっぺ大将になってんの?

 どういう変化球? お前を決め球にしてメジャーに出ていいか?


「ふうん、あんたがハルートさんか」

「あ、はい」


 と、不意にブレイブハート卿が俺に顔を向けた。

 返事をすると、彼は視線を鋭いものにして、手を後ろへと回す。

 思わず身構えた刹那のことだった。


「サインください」


 聖騎士は勢いよく頭を下げて、スッと色紙を差し出してきた。

 完全に時が止まった。

 情報量が多すぎる上にノンストップで流し込まれて、エリンとシャロンはともかく、クユミ、教頭先生ですらもが完全にフリーズしている。


「え、あ、えーっと……宛名とかは」


 なんとか再起動を果たして、色紙を受け取る。


「あっ、トップガン・ブレイブハート君へでお願いします」


 自分用じゃねーか!

 無言でサラサラとサインを書いて渡すと、彼はものすごく大事そうにそれをカバンへとしまった。


「ではここで立ち話も何ですので、どうぞ中へ……馬は魔力ガイドレールで厩舎へご案内させていただきますので」

「おお、どうもありがとうございます」


 復活を果たした教頭先生が先導するのについていく形で、ブレイブハート卿は丸っこい体でてちてちと歩き始める。

 その後ろ、少し距離を開けて歩き始めると、シャロンがくいくいと袖を引いてきた。


「あの人が聖騎士っていうの、何かの嘘なんじゃないの」


 少ししゃがむと、シャロンは声を潜めて耳打ちしてくる。

 だが俺は首を横に振った。


「いや見て分かる、めちゃくちゃ強いぞあの人」

「えぇっ……!?」


 小さな動作一つ取ってもその辺の騎士とは別物だ。

 さっき色紙を取り出すとき、思わず身構えてしまった。

 完全に虚を突かれたとまでいくと言い過ぎなんだが、見通せる動きではなかった。


 動きが何から何まで合理的で、隙が見当たらない。

 この辺は騎士の性分なんだろうか。

 なんていうか……挨拶の動作と抜刀の動作の見分けがつかないんだよな。


「ちょっと……うん、正面から斬り合いたくない手合いだな」


 俺はしょせん我流剣術なので、本当に道を突き詰めていった人とは別枠にある。

 戦いとなれば勝つつもりだが、例えば竹刀を用いた試合となれば、ザンバ相手にも苦戦するだろう。


 そういう意味では、ブレイブハート卿は見た目とは裏腹に、ハッキリとその試合を避けたい相手だ。

 魔法フルで使っていいのならいいけど……いやそれは向こうもなんか使ってくるか。


「そ、そんなになの……?」

「少し見ただけだから断言はできない。でも少し見ただけでこれだから、厳密に評価していくともっと警戒度は上がると思う」


 結構まっとうに強いぞこの人。

 聖騎士って言うことは個人開発の戦闘用魔法術式を持っていてもおかしくないし。


「本日は授業の見学ということでしたが、カリキュラムの説明などのために私も付き添わせていただきます」


 校舎の入り口にたどり着いたタイミングで、教頭先生が口を開く。

 しかしその言葉に、ブレイブハート卿は首を横に振った。


「いえいえ、ただ普段通りの姿を見せてもらえれば大丈夫でごんすよ。そのために来たんですから」


 そこで彼は振り向いて俺をじっと見つめた。


「勇者の末裔……一人の騎士として尊敬はしておりますが、それはそれ、これはこれでごんす」

「……目的がはっきりあるということですか」


 じゃあ手紙に書けよと半眼になる俺に対して、ブレイブハート卿はにっと笑った。


「大層なことじゃあなかとですよ。シャロンのご両親の代わりに……シャロンが通い続けていていい場所かどうか、見定めさせてもらうだけでごわす」


 うわ出た────!!

 やっぱりこれなんじゃん!!

 ソードエックスでやったよそれもう!!


 俺がめちゃくちゃ渋い顔をする。

 もういいってそのパターン。エリンとクユミがまたかよって絶句してるからね。


 シャロンが目を鋭いものにして、何か反論しようとする。

 張本人からすれば、いまさら何をというところだろう。


 だがそれよりも先にブレイブハート卿が懐からメモ帳を取り出す。

 彼はペン先を舐めてから何か書き始めた。



「ひとまず……ハルートさんがかっこいい、100点加点でごわすな」

「いや採点甘ッッ」



 甘いマスクを失った分をここで補填してるのか?

 もしかしてこの人が代行として選ばれたの、ガチャで大当たりを引いているのか?


 俺たちはあまりに突然発生した謎過ぎるイベントを前に、そろって顔を引きつらせることしかできなかった。



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