同胞との再会

 平日は問題なく授業を進めた。

 カリキュラムは国が指定するものではなく、俺が教頭先生に相談しつつ組んだものだが、概ねいい感じだ。


 三人とも魔力を練り上げて~魔法式に入れ込んで~とか初心者用のことをやらせても時間の無駄と言っていい。

 基礎を疎かにするやつが強くなることはないが、基礎に拘泥し続けても上達はあり得ない。

 かなり上級者向けの講義を行っているが、問題なくついてきてくれている。


『もっと容赦なくやってよかったのねえ……』


 教頭先生が悩ましげな表情を浮かべながらそんなことを言っていたのは記憶に新しい。

 俺たちクソガキサイドからすれば、普通にどんな授業でも適当にサボっていた自信はある。

 ていうかエリンたち三人が生来の才能に対して真面目さを保ちすぎなんじゃないか?


 自分が学生だった頃のことを思い出すと……正直よくもまあ教師ヅラができるな、と思わなくはない。

 実技試験の時は互いの全力をぶつけ合って校舎や山を壊した。

 用意された教科書の内容なんて理解してるか覚えてるかで、座学の間ずっと別のことをするかいないか寝てるかだった。


 最悪じゃん。

 エリンたちがそんなことしてきたら、俺は耐えられないかもしれない。

 いい子たちで本当に良かった。

 そして教頭先生、本当にすみませんでした……


 いやでも。

 思い返すと、俺以外のやつが大体主犯だったと思うんだよ。



『勇者の末裔ハルートよ、我が同胞はらからとなりてテイル王国のために働くがいい!』

『あごめん俺そういうの興味ないから』

『なんと……!? 貴様ほどの男が、理念も志もないというのか!? こうしてはおれん、その性根を叩きなおし、朝に四回昼に二回夜に三回王国万歳と讃頌するようにしなければ!』

『普通に洗脳だろ! っていうか回数がなんでなぞかけなんだよ!!』



 謎過ぎる言いがかりの直後、俺とやつの攻撃がぶつかり合い、ちゅどーんと教室を吹き飛ばしたものだ。

 はい、どう考えても威力の調整をしていない俺とあいつのどっちも悪いです。

 本当にすみませんでした。


 いやこの件は確かに俺も悪かった。

 乗せられて馬鹿なことをした記憶は、残念なことにある。

 しかし俺が関与していないやつもあるはず……!



『聞いてくれ我が同胞はらから、ハルート!』

『どした? 今朝校庭の形変えてたのお前? っていうかお前だろ。せんせーが殺意ガン積みでお前のこと探してたぜ』

『うわそれは聞きたくなかったな……ではない! アイアスのやつが、我らに黙って町で合コンに参加するらしいぞ!』

『ハァ!? あったまきた。おい、参加するぞ』

『そう来なくてはな、盟友ともよ! 貴様は男側、私は女側だが……』

『ああ、挟み撃ちの形になるな』

『この作戦で最も心配なのは貴様だぞ。合コン大丈夫か? 心配になるぐらい童貞だからな貴様』

『お前本当に張り倒すぞ』



 ああだめだ……これ俺から言い出しちゃってるな……

 結局合コンで俺とあいつは無双したし、最終的に店は爆発した。

 先生本当にあの頃はすみませんでした。


「センセ、お待たせっ」


 校舎やらなにやら、破壊した建造物を何回ぐらい建て直し手伝ったっけなあと死んだ目で思い返していると、名を呼ばれた。

 見れば緊張した表情の、制服姿のエリンがいた。

 平日を終えた休日だというのに、彼女は制服で、俺もまた仕事用の正装を着込んでいる。


「大丈夫、待ち合わせ時間通りだ。じゃあ行くか」

「うん……ごめんね、センセ」

「気にするな。三者面談ぐらいいつでも応じるさ」


 待ち合わせ場所は、冒険者学校から少し離れた、共同馬車の待合所。

 ここから馬車で向かう先は王都。


 王都には、エリンの現在の実家である、ソードエックス家の本邸がある。

 ……まあ今回の面会は、王城の一室を借りるらしいんだけどさ。


 俺はネクタイを緩めながら、どうしてこんな目にと嘆息しそうになるのを必死にこらえるのだった。




 ◇




 久しぶりに来た王都は、相も変わらず活気にあふれていた。

 広い通りを、馬車と通行人たちが互いを押しのけるようにして進んで行く。

 新宿とか渋谷とかを思い出す。つまりとっても嫌な気分になった。


「わ、わぁ……!」


 どうやら人混み初体験らしく、エリンは目を見開いている。

 ん? ソードエックス家の本邸があるのに、なんで王都で感動してるんだ?


 ……別邸で暮らしていたとかは普通にありそうだな。

 その辺、原作で特に聞いてないし。


「はぐれるなよ」

「わぶっ」


 エリンの肩を持って引き寄せる。

 気を抜いていたのか、彼女はもろに鼻先から俺の胸へと飛び込んでくる形になった。


「あ、ご、ごめん」

「ん、い、いいぞ」

「いやあたしと同じぐらいテンパらないでよ」


 こんなことになるとは思ってなかったんだもん……!

 頬の熱をぱたぱたと手で扇ぎ逃がしながら、俺は視線を辺りに向ける。


「ねえセンセ、王都っていつもこんなに混んでるの?」

「ああ、基本的には毎日そうだよ」

「へぇ……!」


 俺の体から離れて、エリンはあちこちをきょろきょろと見始めた。

 中でも視線が止まったのは、過ぎ行く人々が避けて通るので、川の中の小島みたいになっている露店たちだ。


「少し見ていくか?」

「いいのっ!?」


 目をキラキラと輝かせて、エリンが喜びの表情を見せた。

 時間には余裕がある。


 駆けだした彼女の後を追ってたどり着いた先、露天は雑貨を主に扱っていた。

 化粧品やら健康器具やらと共に、アクセサリー類、実用的ではないぬいぐるみなどを売っている。

 商業施設によくあるやつだなこれ……


「凄いね、統一感がないというか……これでいいんだ……」

「まあ人がよく通るからこそだよなあ」


 あれが欲しくて買いに来ました、という感じではなく。

 通り過ぎざまにふっと目についたので買いました、というのが主な購買層なんだろう。


「エリンも欲しいものがあったら言ってくれよ」

「え……さ、流石にダメじゃないかなあ、それは。シャロンとクユミにも悪いっていうか」


 この間の農作業即バラし事件が後を引いているのか、エリンの頬は引きつっていた。


「まあ、逆にさ。堂々としていればいいだろう。あの二人だっていつかは王都に連れてくる機会があるかもしれない、その時に買ってあげればいいんじゃないか?」

「……あー、うん、まあ、そうかな」


 我ながら適切な言い訳を思いついた。

 と、思っていたのだが、エリンは微かに不満の色を浮かべた後、すぐに打ち消してしまった。

 何だったんだろう。これなら三人平等でハッピーじゃないのか?


「じゃあこれと、これと……これ!」


 俺が首を傾げている間に、彼女はあっという間にお目当ての商品を絞り込んでいた。

 エリンがパパパパッと手に取ったのは、肌の保湿に使うゼリー状の化粧品がいくつかと、熊のぬいぐるみだった。

 化粧品はともかくとしてそのぬいぐるみはカバンに入るのか……?


 まあ、いいか。

 本人が欲しがってるってのが大事だしな、こういうのは。

 自分自身の欲求が、何をしたがっているのかが分からないと彼女は言っていた。


 でも目の前のぬいぐるみを可愛いと思い欲しがっているのなら。

 きっと何か、心を開く手順が一つだけでも進んだのだろう。


「可愛いな、その熊」


 俺は抱きかかえられた熊のぬいぐるみを覗き込み、薄く笑いながら言った。


「うん、ちょっとセンセみたいだな、って……」

「どこが? ちょっと……待ってくれ。俺って熊っぽいのか? ちょっと待ってくれって」


 つぶらな瞳でこちらを見上げる熊公。

 全然違うけど。こんな可愛くない。


 男だから可愛いって言われるの嫌とかそういうんじゃなくて、流石に色んな戦場を乗り越えて自分でも歴戦の猛者だという自覚はあるところに、この熊に似ているはちょっとメンタルに来る。

 しかしエリンは柔らかく微笑みながら、熊公相手に頬ずりするばかりだ。

 いや俺と似てるぬいぐるみに頬ずりするな。


 俺はお店に支払いを済ませながらも、エリンの頬の感触を堪能している熊公相手に、メンチを切ることしかできなかった。




 ◇




 さて、露店に立ち寄っていたらいい時間になって来た。

 目的地である王城までは、通りに沿って歩けばすぐだ。


「お城って、やっぱり通行証とかそういうのがないと入れないの?」

「そりゃな。ただ、門番に直接受付をしてもらって城に入るやり方もあるが、今回は仲介人が外で待ってくれてるよ」

「仲介人?」


 俺がソードエックス家と話すことになったこと、どこで知ったんだか。

 あいつは勝手に仲介人を名乗り上げ、あっという間に認めさせてしまった。


「まあいいやつではあるんだが……」


 と、王城すぐそばの広場に差し掛かる。

 主に家族連れの人々が笑顔で過ごす安息の場所。


 だが今は、軍服を身にまとった長身紅髪の女が鋭い眼光で佇んでいて、子供たちは親に連れられ退避していた。

 あいつ本当に……こういうところ全部だめだな……


「おーい」

「む」


 声をかけると、彼女はこちらを認めて、無表情のままずんずん近づいてきた。

 隣でドン引きしていたエリンが『やっぱこの人なんだ……』と絶望的な声を上げている。

 本当にごめん。


「エリン・ソードエックスだな?」

「は、はい」


 その女は、目と鼻の先と言うべき距離まで一気に近づいてきた。

 黒を基調した軍服が異様に似合う、刃のような雰囲気に当てられ、エリンが身を固くする。


「フム……しなやかな筋肉。卓越した動体視力。なるほどなるほど、本人らしい」


 腰まで届こうかという長い紅髪は、冬を越す動物の体毛のようにボリュームがあった。

 この髪が彼女の二つ名の由来である。


「『燃ゆる狼』がナンパかよ」


 からかいを込めて声をかけると、彼女はその紅髪をなびかせて、こちらに視線を向ける。


「久しいな、我が同胞はらから。学び舎の盟友ともよ」


 にやりと笑えば、口元に鋭い歯が露わになる。


「センセ、この人は……?」

「あーっと……」


 なんて紹介すればいいんだ。

 馬鹿正直に機密部隊の隊長ですとか言うわけにもいかんし。


「私はテイル王国軍に所属するカデンタ・オールハイムだ」


 俺が悩んでいる間に、本人がスパッと自己紹介を終えていた。

 確かに軍人相手に、どこの部隊ですかとか踏み込むことはないか。


「あ、はい……」


 軍服からして予想はついていただろうが、相手が軍人だと改めて知り、エリンが背筋を伸ばす。

 その様子を見て、赤毛の女は表情を緩めた。


「そう固くならなくていい。こう見えて、私は後輩に優しいからな」

「……こう、はい?」


 思いがけない言葉にフリーズするエリン。

 言っていなかったなと前置きをして、カデンタはぐいと俺を引き寄せ、背伸びして肩を組んできた。


「この男と私は同級生……つまりエリン殿、私は君の大先輩にあたるというわけだ」

「ちなみにこいつは校舎壊した回数第一位な」

「それを言えば教室に絞れば回数第一位は貴様だろう」


 いつも通り、いつ会っても変わらぬやり取りをするカデンタに対して。


「え……えええええええっ!? センセが女の人と密着してもキョドってない!?!?!?」


 エリンは俺と彼女を交互に見て、めっちゃくちゃ失礼な悲鳴を上げるのだった。


 カデンタはそれを聞いて爆笑した。

 絶対に許さねえ……

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